第27話 朱音の感謝

〈零斗視点〉


 放課後になり、俺は綾乃の住むマンションへとやってきていた。


「ここが綾乃の住んでるマンションか……でかいな」


 俺は昔からずっと一軒家に住んでるから、マンションに来たことってほとんどないんだよな。


「家に遊びに行くほど仲良かった友達もいなかったしな。って、自分で言ってて悲しくなってきた」


 まさかこんなにデカいマンションだとは思ってなかったな。二十階くらいはあんじゃないのかこれ。一応入り方は藤原さんと秋本さんに聞いたけど。

 女性の二人暮らしだから、かなりセキュリティのしっかりしてるマンションに住んでるって話だ。

 ……俺が近づいただけで通報されたりしないよな。一応手土産とかも持って来てはいるんだけど。スポーツ飲料とか、プリンみたいな食べやすいものだけなんだけどな。


「えっと、確か……エントランスの機械に訪問番号を打ち込んで、呼び出しボタンを押す……だったよな」


 って、待てよ? お姉さんと二人暮らしってのは聞いたけど、そのお姉さんは社会人だって言ってたし……今、綾乃一人なんじゃないのか? 体調崩してるのは本当っぽいし、今はまだ寝てるんじゃ。

 いや、でもここまで来たんだしな……とりあえず押すだけ押してみるか。

 緊張しながら呼び出しボタンを押す。

 もし綾乃が出たらどうしようとか、そんなことを考えてると思った以上に早く応答があった。


『はい』

「あ、えっと、桜小路さんのお宅で間違いないでしょうか」


 聞いたことのない女の人の声に若干緊張してしまう。思わず敬語になってしまった。


『はい。そうですけど。えっと、君は……綾乃と同じ制服? あ、もしかしてだけど君が零斗君?』

「え? はい。そうです。俺は白峰零斗ですけど」

『あー、そっかそっか。ふぅん、なるほどね。これはいいタイミングかも』

「えっと……」

『あぁごめんね。綾乃に用があるんだよね。それじゃ開けるから入ってきて』


 彼女がそう言うと自動ドアが勝手に開いた。

 えっと、つまりこれは中に入っていいってことか。恐る恐る中へと入った俺はエレベーターに乗って綾乃の家へと向かう。

 

「たぶんさっきの人がお姉さん、なんだよな。やばい、めちゃくちゃ緊張してきたぞ」


 改めて綾乃の家の前までつくと、そのタイミングを見計らっていたかのように玄関のドアが開いた。

 そして中から出てきたのは、めちゃくちゃ美人なお姉さんだった。

 綾乃にちょっと似てる……でも綾乃よりさらに大人っぽいっていうか。化粧してたり、髪染めてたりするからそんな風に見えるのか?


「どうも綾乃のお姉ちゃんの朱音です。朱音でも朱音さんでも好きに呼んでくれていいから。よろしくね零斗君」

「えっと、それじゃあ朱音さんで」


 なんでこの人いきなりこんなフレンドリーなんだ。

 というか綾乃のお姉さんを呼び捨てにできるわけないだろ。確実に年上の人だし。

 

「とりあえず立ち話もなんだから、中に入って。ほらほら、遠慮せずにさ」


 俺が何かを言う間もなく、朱音さんは俺の手を引いて家の中へと迎え入れてくれた。

 家の中はものすごく綺麗に整頓されていて、こんな言い方したら失礼かもしれないけど思った以上に広かった。リビングのテレビなんか俺の家にあるやつよりも大きいな。この大画面でゲームしたら楽しそうだ。


「って、なにジロジロ家の中見てるんだ俺」

「ん? どうかした?」

「あ、いえ。なんでもないです」

「あははっ、そんなにかしこまることないのに。綾乃のお友達でしょ?」

「友達。はい、そうですね。友達……です」


 そうか。まだ友達なんだよな。それ以上の関係になれるのか、それとも友達ですらいられなくなるのか。なんかまた胃がキリキリしてきた。


「ふふ、はいお茶どうぞ」

「あ、お構いなく」


 綾乃が休んでるなら渡されたプリントだけ渡して帰るつもりだったんだけどな。

 とりあえず飲まないのも失礼だし、飲んで気持ちを落ち着けるか。


「あ、このお茶……いつも生徒会室で飲んでるのと同じ」

「綾乃このお茶好きだからね。飲むと気持ちが落ち着くって言ったかな」

「確かにその気持ちはわからなくもないです。えっと……俺の顔、なんかついてますか?」


 俺の向かいに座ってる朱音さんはずっと俺の顔を見てニヤニヤとしている。


「別になんでもないよー。綾乃に告白した零斗君」

「ぶっ!? ゲホッ、ゴホッ! な、なんで知って」

「さっき綾乃から聞いたの。いやぁ、零斗君も大胆なことするよね」

「綾乃から聞いたって。えっと、それじゃあ綾乃は」

「あぁ、今は寝てると思うよ。もうだいぶ体調も良くなったみたい」

「そうですか。良かった……」

「で、零斗君は綾乃のどこを好きになったの?」

「もしかして……それを聞くために俺を家の中まで入れたんですか?」

「それもある、かな」

 

 なんていうか綾乃のお姉さんだからどんな人かと思ってたけど、結構テンション高めの人なんだな。ちょっと意外だったかもしれない。


「で、お姉さんに教えて欲しいなー。綾乃のどこを好きになったのか」

「どこって言われても……」


 改めて考える。俺は綾乃のどこを好きになったのか。なぜ好きになったのか。

 もちろん好きな場所は色々ある。だけど好きな場所を問われたら。


「笑顔、かもしれません。陳腐な答えですけど。あいつの笑顔見てると、こっちまで明るくなれるんです」

「ふふ、そっか……ねぇ、零斗君」

「なんですか?」

「ありがとう。綾乃の友達になってくれて」

「え?」

「こんなこと突然言われても困るかもしれないけど、あたしね、本当に零斗君には感謝してるの。綾乃に、綾乃らしさを取り戻してくれたから」

「? どういうことですか?」

「零斗君はまだ知らないと思うけど、綾乃は中学生の時に本当に辛いことがあって。それから本心から笑うことがほとんど無くなった。家でも外でも、作ったような笑顔でいるばかりで……でもね、零斗君と出会ってからは変わったの。本当に楽しそうに笑うようになって。だからいつか会いたいって思ってたの。綾乃に笑顔を取り戻してくれた零斗君に」

「そんな言われ方をすると恥ずかしいですけど、えっと、がっかりさせましたかね?」

「ううん、全然。むしろ嬉しいの。こういう子なんだって思って。あなたになら綾乃のことを任せられるかもしれない」


 そう言うと朱音さんは俺に目を向けて言った。


「零斗君、綾乃の部屋に行ってあげてくれるかな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る