第26話 本当の想い
〈綾乃視点〉
「はいお水。プリンとか買ってきたけど食べる? それとも別のもの食べたい?」
「ありがと。でもとりあえずお水だけで大丈夫かな」
姉さんから水を受け取る。
はぁ、冷たい水が美味しい……。
頭もちょっとスッキリしたかも。
「ってあれ? どうして姉さんがここに居るの? 今まだ午後一時だし、仕事してる時間だよね?」
「前と一緒。午後休よ。大事な妹が体調崩してるのに呑気に仕事なんてしてられないでしょ」
「ただちょっと熱が出ただけなのに大げさな」
「大げさじゃないでしょ。綾乃が『性転換病』になった時、あたし達がどれだけびっくりしたかわかってないの?」
「あ……ごめん」
「あたしの仕事のことは心配しなくても大丈夫。ちゃんとやらなきゃいけないことはやってるから。それよりも体調はどうなの?」
「うん、もうだいぶ楽になったよ」
「でもまだ顔赤いみたいだけど」
「それは……熱のせいじゃないというか、別の理由があるというか……」
「ふーん、そうなんだぁ」
「な、なにニヤニヤしてるの!」
「だってあなたわかりやすいんだもの。そんなに顔に出る性格でちゃんと生徒会長できてるの?」
「ちゃんとできてるから! それに、生徒会長だからって顔に出しちゃいけないわけじゃないし。というかそんなに顔に出してない!」
「出してる人ほどそう言うのよ。じゃあ当ててあげましょうか?」
「なにを?」
「今の綾乃を悩ませてる原因について。もし当てれたら、ちゃんとお姉ちゃんに相談すること。いい?」
「……わかった」
こういう時、姉さんはずるいと思う。こっちが隠そうとしてることまで見通して。なんでも知ってるような顔して。でもオレはそれに甘えることしかできない。
姉さんはたぶんきっかけをくれたんだろう。オレが相談したいのに、素直に相談しないから。話すためのきっかけを。
「零斗君と何かあったんでしょ?」
「……うん」
そしてオレは話し出した。二日前に何があったのか。零斗が告白されたのを見てたこと、その後に零斗に告白されたこと。それから自分の中に澱のようにたまった様々な思いを吐き出した。
きっと取り留めの無い話だったと思う。でも姉さんはそんなオレの話を優しい顔で聞いてくれて。
「綾乃は零斗君に告白されてどう思ったの? 嫌だった?」
「嫌……じゃ、なかった。すごく、ドキドキした。心臓が爆発するんじゃないかってくらい。でもなんでドキドキしちゃうのかわからなくて」
「ホントに?」
「え?」
「ホントにわからないの? ドキドキする理由。本当はもうわかってるんでしょ?」
「それは……」
「あのね、綾乃。迷った時、悩んだ時にしちゃいけないことってわかる?」
「しちゃいけないこと?」
「簡単だよ。でも難しいことでもある。それはね、足を止めないこと。前に進むのを怖がらないこと。今の綾乃は立ち止まって、蹲って、進むのが怖くて動けなくなっちゃってる。でも、そのままじゃどんなに悩んだって答えなんかでるわけないの。まずは歩くこと。それが間違ってたっていい。ううん、間違いなんてない。進んだ道が綾乃にとってきっと糧になるから。でも……ごめんね、綾乃」
そう言って姉さんはオレのことを抱きしめた。その声は僅かに震えてた。
「ど、どうして姉さんが謝るの?」
「あたし……綾乃があの時のことで苦しんでるって気づいてたのに。わかってたのに。何もしてあげられなかった。ごめん……ごめんなさい……」
「そんな、姉さんが謝ることじゃないでしょ」
「ううん。謝らせて。もっと早く綾乃と話し合っておくべきだった。あなたが平気そうにしてたから今は大丈夫だなんて、そんな風に勝手に決めつけて。あなたが一番辛かったのに」
「姉さん……」
「あの時のあたしは仕事が忙しくて自分のことで手一杯で、苦しんでる綾乃を助けてあげられなかった。でも今度は違う。だから綾乃、我慢しなくていいの。全部あたしが受け止めてあげるから」
もしかしたらあの時のことを姉さんもずっと気にしてたのかもしれない。でもオレがちゃんと言わなかったから、姉さんも話題にしづらかったんだろう。
姉さんがオレのことをちゃんと想ってくれてた。ただそれだけのことのにどうしようもなく嬉しくて、気づけばオレは涙を流して話し始めていた。
「怖い。誰かを信じるのが怖い。裏切られるのが怖い。だから『私』になろうって思った。みんなが『私』しか知らなかったら、『オレ』が裏切られることはないんだって思ったから」
『私』と『オレ』は別の存在。そう自分に言い聞かせて、『私』でいればもう傷つくことはないって思ってた。『私』はオレが作りだした理想の存在であると同時に、『オレ』を守るための壁だった。
それなのに……。
「零斗と会って、病気のことも知られて。気づいたら零斗と一緒にいる時だけは『オレ』でいるようになってた。日に日にオレの中で零斗の存在が大きくなってた。でも……だからいつも怖かった。零斗もあいつみたいにオレのことを裏切るんじゃないかって」
「だから……零斗君のことを信じきれなかった?」
「……うん。そんなの酷いってわかってる。だけど、怖くて。だからオレは……自分の気持ちにも蓋をした」
「本当はもうずっとわかってたのね。自分が零斗君のことどう思ってるのか」
「わかってた。でもオレはそれを素直に認められなくて。ただ友達でいれればそれでいいって思い込もうとしてた。それなのに」
「零斗君から告白されて、蓋をしたはずの気持ちがあふれ出したんだ」
今ならもうはっきりわかる。オレがずっと抱えていたモヤモヤの正体がなんだったのか。なんでそんなモヤモヤをオレが抱えていたのか。
西原さんから告白されてる零斗を見て胸が張り裂けそうになったのも、断ってくれて嬉しかったのも。全部全部……。
オレが、零斗のこと……好きだからだ。
この好きは普通の好きとは違う。友達に向ける好きとは違う……特別な好き。
一度認めてしまえば、次から次へと心の底から好きが溢れ出してくる。
「誰かを信じるのは怖い。また裏切られるかもしれないから。でも、だけど……オレは、私は、それでも零斗のことを……信じたい」
それが、ずっと遠回りし続けてきたオレの出した答えだった。
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