第25話 過去のトラウマ

〈綾乃視点〉


 夢を見ていた。ずっと前の夢。オレが『性転換病』に罹ってからしばらくしてからの夢を。

 中学三年生の三学期、まさに受験目前に発症したオレはかなり大変だった。もちろん勉強なんかまともにできるわけが無かったし、日に日に変化していく自分の体が怖くて、毎日毎日鏡で自分の姿を見た。

 どんどん女らしくなっていく体、急速に伸びていく髪。顔立ちこそ元々女顔だったこともあってそこまで変わりはしなかったけどそれでも、今までの自分じゃ無くなっていく恐怖は『性転換病』になった人にしかわからないだろう。

 それでも心を折ることなく頑張ることができたのは友達が居たからだ。毎日連絡をくれた。オレが戻ってくるのを待ってるって言ってくれた。

 だからオレはオレであり続けられたんだと思う。でもだからこそオレはわかって無かったんだ。『性転換病』に罹るっていうことが、女になるっていうのがどういうことかっていうのを。

 女になっただけで、学校に戻れば前までと同じ生活が送れるようになるって思ってた。でも違った。そんな甘い話があるわけが無かった。

 最初の変化は学校に戻った時だった。

 オレが学校に戻った時、オレが『性転換病』に罹ったっていうのはすでに広まっていた。他クラスの生徒や違う学年の奴らまで、オレのことを見に来た。

 向けられた好奇の目の中には、下卑た視線も混じってた。たぶんオレの見た目が良かったからだろう。初めて向けられる性的な視線は、オレが想像していた何倍もオレの精神を疲弊させた。

 でもそれだけじゃ無かった。望んだわけでもないのに向けられるようになった男の好意の目は一部の女子達にとって不満だったらしい。結局戻ってきたオレは男子にも女子にも馴染めず宙ぶらりんな状態になってしまった。

 そして何よりもオレの心に深く傷をつけたのは、オレの原動力にもなっていた友達だった。なんとかギリギリの所で耐えていたオレに対して、オレの一番の友達が……親友だと思ってた奴に言われた一言を今でも覚えてる。


『俺はお前のことを今まで通りの友達だとは思えない』


 あの時の心の底から冷えるような感覚。あの瞬間にオレの心は完全に折れた。

 なんでも、どうしても、オレの言葉は何一つ届かなくて。オレは逃げた。

 行こうと思ってた高校に行くのも止めて、遠く離れた愛ヶ咲学園へ行くことを決めた。そこならきっと誰もオレを知る人はいないと思ったから。

 そうやって今の学園に来て、更紗やいずみと友達になって、零斗と友達になって、生徒会長にまでなった。

 そうやってずっと変わらない日々が続いていくと……そう、思ってたのに。





「ん……ここは……私の……部屋……」


 時間は……午後の一時!? 遅刻!!

 ベッドの脇に置いてあった目覚まし時計を見たオレは慌てて飛び起きた。

 でも、そこで頭がクラっとしてまたベッドに倒れ込んでしまう。


「あ……そっか。そういえば休んだんだっけ」


 昨日からずっと熱が下がらなくて、体の怠さも取れないから学校休んだんだった。

 

「あーあ。せっかく一年生の頃は皆勤だったのに、もう二日も休んじゃった。それに生徒会の仕事も溜まってるし……悪いことしちゃったな」


 不幸中の幸いだったのは、今の時期仕事がそこまで切羽詰まってないことだろう。来週に部活連合の会議があるとはいえ、その準備もあらかた終わってるし。

 

「はぁ……こんな時も学校の心配って、そうとう生徒会長に染まっちゃったなぁ」


 まだ倦怠感の残る体をベッドに沈める。そういえば、この体になってから体調崩したのって初めてかも。


「それもこれも……全部零斗のせいだ」


 零斗が西原さんに告白されて、オレが零斗に告白されたあの日。なんとかあの日の生徒会の仕事はこなしたけど、頭の中は零斗から告白されたことでいっぱいだった。零斗はサボったし。まぁ普通に来られても困ったけど。

 でもどんな風に誤魔化したかは覚えてないし、生徒会のみんなと何話したかも覚えてない。


『俺がお前のことを好きだからだよ』


 不意に脳裏を過るのは零斗から言われた告白の言葉。それを思い出すと全身が熱くなるし、ドキドキとして心臓が早鐘を打ってるのがわかる。


「本気……なんだよね」


 零斗が冗談であんなことを言う奴じゃないのはわかってる。それに、あの時の零斗すごく真剣だった。だから、本気なんだろうけど……。


「~~~~~~~~~っっ」


 ベッドの上で悶える。思い返せば思い返すほどに恥ずかしくなる。

 なんで零斗、俺に告白なんて……。

 今までにも告白されたことは何度もあった。だけどこんな感情になったことも、ドキドキしたことも無かった。だって他の奴らが見てるのは、完全無欠の生徒会長である『桜小路綾乃』だから。でも零斗は違う。零斗だけは違う。

 零斗はオレが『性転換病』だってことを知ってるのに。


「オレの……私の……気持ちは……」


 わかってるんだ。こんな気持ちになるのはその相手が零斗だからなんだって。他の誰かじゃなくて零斗だからだって。

 それが意味するのは……。


「違う。そんなわけない。そんなはずない。だってそんなのあり得ないんだから」


 早く気持ちの整理をつけないと。気持ちの整理をつけて……どうするんだ?

 零斗は返事は今すぐじゃなくていいって言ってたけど、そんなの問題の先延ばしでしかない。いつかは返事をしなきゃいけない。

 じゃないと誰に対しても失礼だから。


「あぁもう、また頭がこんがらがってきた。早く体調治さないといけないのに」


 いつまでもこんな調子ではいられない。明日は主治医の先生のところに行く日だし、少しでも体調良くしておかないと。


「……喉渇いたな」

「もう起きて大丈夫なの?」

「っ!? って、姉さん。びっくりさせないでよ」


 声のした先、オレの部屋の入り口に姉さんが立っていた。

 

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