第23話 告白は突然に
逃げた綾乃を追って零斗は必死に走った。
ここで綾乃と話ができなければ、綾乃が手の届かない所に行ってしまうと思ったからだ。
「って、あいつ足速すぎるだろ!」
前を走る綾乃は想像以上の足の速さで零斗との距離を離そうとしてくる。
それでも綾乃と零斗の身体能力を比べれば、さすがに零斗の方に軍配が上がる。徐々にではあるが、綾乃との距離が詰まっていた。
そしてとうとう声が届く距離にまで来た零斗は綾乃に向かって叫んだ。
「おい綾乃! なんで逃げるんだよ!」
「知らない! そっちこそなんで追いかけてくるの!」
「お前が逃げるからだろ!」
「じゃあこっちも零斗が追いかけてくるから逃げてるのっ!」
「なんだよそれはっ、あぁくそっ! ホントに速いなお前!」
だがここまで来れば零斗にも意地がある。しばらく続いた逃走劇の末、零斗は綾乃のことを捕まえるのに成功した。
「っぁ、はぁはぁはぁ……やっと……やっと捕まえたぞ綾乃……」
「はぁはぁ……っ、はぁ……なんで……そこまでして」
「当たり前……っぅ、だろうが」
乱れた呼吸を整えながら、零斗は周囲の様子を確認する。放課後という時間帯、そして部活動をしているグラウンドからは離れた位置ということも相まって幸運にも近くに人影は無かった。
ここなら話すことくらいできるだろうと、綾乃が逃げる素振りを見せないことを確認してから捕まえていた手を離す。
「お前……さっきあそこに居ただろ。俺達のこと見てたよな」
「っ! それは……」
「なんであそこに居たんだ? 俺、お前にあの場所のことは伝えて無かったよな」
「……になったから」
「え?」
「だから! 気になったからあそこに行ったの! この学園で告白に使うようなスポットなんて限られてるし。今の時期なら絶対に桜の咲いてるあそこだと思ったから」
「気になったって、なんでだよ」
「そんなのわかんないよ! でも、零斗に彼女ができるかもしれないって思ったら居ても立ってもいられなくて。ダメだってわかってた。行くべきじゃないって何度も思った! でも……それでも行かずにはいられなかったの。なんでかなんて私に聞かれたってわかんないよ!」
「綾乃……」
それは零斗が初めてみた綾乃の強い感情の発露。そして同時に気づいた。綾乃の目元が赤く腫れていることに。
「もしかして……泣いてたのか?」
「っ」
慌てて目元を隠そうとする。だがすでに遅かった。それで先ほどまで涙を流していた目を隠せるわけもなく。綾乃はただ零斗から目を逸らすことしかできなかった。
「なんでお前泣いてるんだよ」
零斗にしてみればわからないことだらけだった。何故綾乃があそこに来たのかも、そしてなぜ泣いていたのかも。だがわからないのは綾乃も同じだった。
今もまだ心の中を渦巻く様々な感情を上手く整理できていなかった。
「なんでなんて、そんなの私が知りたいよ。ただ零斗に彼女ができるかもしれないって思ったら、西原さんが零斗の彼女になるかもしれないって思ったら……急に悲しくなって。そしたら涙が止まらなくなって……」
綾乃は零斗に真っ赤になった目を向ける。その目はまるで零斗のことを睨んでいるかのようだった。
「……ねぇ、なんで断ったの? 西原さんの告白……どうして断ったの?」
「なんでって、それは……」
零斗が綾乃の告白を断った理由。それは零斗に好きな人がいるからだ。今目の前にいる綾乃のことが。そんな状態なのに、他の誰かの告白を受け入れることなどできるわけがなかった。
(でもなんでこいつ今そんなこと聞くんだよ。だってこいつは聞いてたはずだろ。俺が西原さんの告白を断った時の理由。綾乃のことが好きだって言ったのを。なのになんで今更……いや、違うか。今更なんかじゃない。あれはあくまで西原さんに向けて言った言葉だ。だったら今度はもう一度、今度はこいつに向けてちゃんと言うべきだ。俺の本当の想いを)
ここまで来て後には引けない、いや、引くわけにはいかないと思った零斗はそのまま綾乃のことをまっすぐ見つめる。
零斗の真剣な目に見つめられた綾乃は、ビクッと体を竦ませる。零斗が何を言おうとしているのかを察してしまったからだ。
「断った理由は、俺がお前のことを好きだからだよ。他の誰かじゃなく、桜小路綾乃のことが」
「あ……」
「正直こんな形で言うことになるとは思ってなかったけどな。でも、西原さんの告白を断るための嘘なんかじゃない。俺は本気でお前のことが好きだ」
零斗の目を見ればわかった。それが嘘でもなんでもなく真実の言葉だということが。
「どう……して、なんで、私なの。だって、だって零斗は知ってるでしょ! 私が、オレが『性転換病』の患者だって! 元男だって!」
「知ってる。知ってる上で言ってるんだ」
「どうして! 零斗は知ってるでしょ? ホントのオレは完全無欠の生徒会長なんかじゃないって。理想の女の子を演じることでしか表に出ることができないような奴なんだって! みんなが好きな『桜小路綾乃』はただの幻想でしかないんだって!」
「そうだな。よく知ってる。オレの知ってるお前は適当で、すぐに仕事を人に投げるし、生徒会長としての仕事だって完璧にやってるように見えて場当たり的なことも多い。その演じてる理想だってまだまだ完璧とはほど遠いしな。でも……そんなお前だからこそ俺は惹かれたのかもしれない」
「……え?」
「素のお前は目が離せなくて、気づいたら俺はいつもお前のことを目で追うようになって……好きになってた」
「っ! な、なんで好きとか、簡単に言えるの……」
「簡単に言ってるわけないだろ。こうしてる今だって冷静に喋るのに精一杯だ。心臓はバクバクだし、緊張しまくってるし、全身から汗が噴き出すんじゃないかってくらいだ。それでも今言わなきゃダメだと思ったんだ」
「あぅ……」
綾乃は顔はリンゴかと思うほどに赤くなっていた。心臓はこれ以上ないほどに早鐘を打ち、零斗の目もまともに見れなくなっていた。
「本気……なの?」
「あぁ。間違いなく本気だ。俺は本気でお前と付き合いたい。恋人になりたいと思ってる」
「こいびっ!?」
「その……急にこんなこと言って悪かった。本当ならもっとタイミングとか色々あったと思うんだが。でも、今言わなきゃダメだと思ったんだ」
動揺しているのは零斗も同じだ。まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。それでもようやく想いを伝えられたことに満足もしていた。
「いきなり答えを出せって言っても無理かもしれない。だから……待つことにする。いつになってもいい。お前が答えを出すのをずっと待ってるから」
そう言って零斗は踵を返す。伝えるべきことは伝えた。後は綾乃の出す答えを待つだけで、そのためにも今は一緒にいるべきではないと思ったのだ。
(問題は、明日から綾乃とどんな顔して会えばいいのかってことなんだけどな)
だが、そんな零斗の心配はある意味で杞憂に終わることになる。
その次の日、綾乃が学校に来ることは無かったからだ。
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