第22話 絡まり合う感情

〈綾乃視点〉


 二人の姿を見つけたオレはそのまま近くの茂みに隠れて二人の様子を見ることにした。


「あの、来ていただいてありがとうございます」

「まぁそりゃこんな手紙をわざわざ貰ったらな。その……久しぶりだな」


 うん、この位置なら二人の声もかろうじて聞こえる。

 って、オレ何してるんだろう。こんな二人の会話を盗み聞くような真似して……こんなの生徒会長失格っていうか。

 いや、そもそもこんなのバレたら生徒会長としてとか以前に人として失格な気がする。

 罪悪感に胸が押し潰されそうになる。でもそれがわかっててもこの場を離れることができない。まるで縛り付けられたみたいにこの場所から動けない。



「わたしのことを知っててくれたんですね」

「そりゃ去年は同じクラスだったからな。まぁそんなに話す機会は無かったけど」

「そうですね。わたし、そんなに社交的なタイプじゃないので」

「それは俺も同じだけどな。そのせいでなかなか友達も増えなかったけどな。一緒に遊んだりするのなんて司くらいだ」

「司……水沢君のことですよね。そういえば二人とも去年も仲良くしてましたね。今年も同じクラスでしたっけ。羨ましいです」

「羨ましい?」

「あ、いえ。なんでもないです」


 そんなに仲が良かったわけじゃないのか。まぁ確かにオレの知る限りだと零斗が仲良くしてる女子なんていなかったし。当然と言えば当然か。

 って、なんでオレちょっと安心してるんだ?


「あのっ! ほ、本題に入っても……いいですか?」


 本題、という言葉に思わず心臓がびくりと跳ねる。それはつまりいよいよということなんだろう。

 告白。自分の想いを伝える行為。言うのは簡単だけど、零斗を呼び出すために一体どれほどの勇気を振り絞ったのかオレにはわからない。


「あ、あぁ。わかった」

「その……あんな手紙をわざわざ下駄箱に置いた時点でわかってるんじゃないかなとは思うんですけど……」


 西原さんの表情はものすごく真剣で、だからこそ想いが本物なんだってわかる。

 目が離せない。そしてとうとう彼女はその言葉を口にした。



「あなたのことが――好きですっっ!!」



 決定的なその言葉。それを聞いた瞬間、心臓がギュッと締め付けられた。鼓動が早まり、視界がグラグラと揺れる。でもそんなオレの様子に二人が気づくわけもなく、話は続く。


 「その、突然こんなこと言っても驚かれるのはわかってます。でも、冗談でもいたずらでもなんでもなくて、わたし、ほんとにあなたのことが好きなんです。一年生の時から……ずっと……」

「こんなこと言うべきじゃないのかもしれないけど……どうして俺なんだ?」

「その……白峰君覚えてないかもしれないですけど、わたし去年白峰君に助けられたんです。帰り道に柄の悪い人達に絡まれてたわたしを……」

「……あっ」

「もちろんそれだけが理由じゃないです。助けてくれたお礼を言おうと思って、ずっと機会を伺ってて。そうしてる内に気づいたら白峰君のことを目で追うようになって……気づいたら白峰君のことが好きになってました」

「そう……だったのか」

「だから、今日はあの日のお礼と……わたしの想いを伝えたくて」


 あぁ、なんてまっすぐな想い。なんて綺麗で……だからこそ羨ましい。

 羨ましい? なんで? どうしてオレはそんな想いを。

 すでに西原さんの想いは伝えられた。後は零斗がそれにどう答えるかだ。でも……断る理由が見つからない。だって彼女の想いは本物で真剣で。

 きっと零斗と西原さんはお似合いだと思う。このまま二人は付き合って……付き合って……。


「あれ?」


 気づけばオレの頬を涙が伝っていた。一度流れ始めた涙は拭っても拭っても止まることはなく。ただ一つの感情が止めどなく湧き上がってくる。

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。零斗はオレの友達なのに。零斗の隣に居たのはオレなのに!

 自分の中の仄暗い感情が止められない。彼女を、西原さんを憎いとさえ思ってしまった。

 止めないと。零斗が彼女の告白を受け入れる前に止めないと。

 オレはそんな感情に突き動かされるように立ち上がって、零斗達のいる方へ歩き出そうとした。

 でも――。


「西原さんの気持ちはわかった。嘘なんかじゃなくて、本気なんだってことも。でも……ごめん。俺は西原さんの気持ちには応えられない」


 零斗の出した答えは、オレの思っていた答えとは真反対のものだった。


「……え?」


 なんで? どうして断るの? 

 そんな疑問の答えは、すぐに零斗が教えてくれた。


「俺のことを好きだって言ってくれたのは素直に嬉しい。心からそう思ってる。俺……好きな人がいるんだ。だから今、他の人と付き合うとかそういうのは考えられない」


 頭をハンマーで殴られたかのような衝撃が走る。

 好きな人? 零斗……好きな人がいるの? だってそんなの一度も聞いたことないし、そんな素振りなんて。

 これ以上はないと思っていたほどの驚き。でもその直後に、それをさらに上回る衝撃が来るとは思ってなかった。


「……そう……ですか。そう……ですよね。突然こんなこと言って、受け入れてもらえるわけないですよね。でも……言えて、すっきりしました。あの時もお礼も言えましたし、わたしはそれで満足です」

「西原さん……本当にありがとう。正直、告白されたのなんて生まれて初めてだから、素直に嬉しかったよ」

「振った相手にそんなこと言うなんて、白峰君は思った以上に無神経な人なんですね」

「あっ、わ、悪い……」

「ふふっ、冗談ですよ。気にしてませんから。その……最後に一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「白峰君の好きな人って……桜小路さん?」

「っ、どうしてそれを」

「ずっとあなたのこと見てましたから。でもやっぱりそうなんですね」

「それは……いや、そうだな。認めるよ。俺の好きな人はこの学園の生徒会長、桜小路綾乃だ」


 ……え?

 今、零斗……なんて言った? 

 零斗の好きな人は……オレ? なんで、どうして……そんなの嘘だ。あり得ない。

 だって零斗は他の人とは違う。オレが『性転換病』の患者だってことを知ってて。だからそんなのあり得なくて。

 違う。そんなのあり得ないってわかってるのに。

 なんでこんなにオレ……ドキドキしてるの?

 さっきまでとは違う。全身の血が沸騰したんじゃないかってくらいに体が熱を帯びてるのがわかる。

 そんな動揺は体に如実に現れて。一歩後ずさってしまったオレは後ろにあった枝を踏んでしまった。

 パキッと音が鳴り、その音がオレを現実に引き戻した。


「あっ」


 音に気づいた二人がオレのいる方へと視線を向けてくる。

 まずい、バレる。

 そう思った瞬間にはもうオレは二人に背を向けて走り出していた。

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