第21話 想いを伝えるということ

〈零斗視点〉


 下駄箱に入っていた手紙。最初に見た時はいたずらか何かだと思っていた。

 でも、中に書かれていた名前を見てその認識は変わった。

 西原ほたる。オレが去年同じクラスだった女子だ。印象としては真面目で、特に目立つようなことはしない人だ。

 宿題を忘れてるようなところは見たことがないし、掃除だってみんなが文句を言うなか黙々と取り組むような、そんな人だ。

 だからこのラブレターだって、いたずらで出すようなことはしないだろう。でもわからないことがあるとしたら、なんで俺なのかって話だ。

 確かに去年同じクラスだったから話す機会はあった。でも……こんな言い方するのはあれだけど、特別仲が良かったわけじゃない。だから好きになられるようなきっかけに覚えが無い。


「これでラブレターじゃなかったら笑いものだな。って、さすがにあの場所に呼び出されてそれはないか」


 歩きながら手紙に目を落とす。


『白峰零斗君へ。放課後、高等部旧校舎裏の桜の大木の裏であなたのことを待っています。西原ほたる』


 手紙の内容は簡潔で、待っていますと書かれているだけだった。だが待っていますと書かれてる場所が問題だった。

 俺でも知ってるほどに有名な告白スポットだ。その意味がわからないほど俺は鈍感じゃない。

 まぁ、違うって可能性も捨てきれないわけなんだが。いや、違うか。そうじゃなければいいのにと思ってるんだ。

 俺の答えは決まってるから。


「あぁ、胃がキリキリする。でもだからって行かないわけにもいかないしな」


 無視するなんてもっての他だ。ちゃんと行って伝えるべきだろう。

 そんなことを考えている内に、俺は待ち合わせの場所へとたどり着いた。

 そしてそこでは緊張した面持ち西原さんが待っていた。緊張してるのは俺も同じだけどな。こんな状況、生まれて初めてだ。


「あの、来ていただいてありがとうございます」

「まぁそりゃこんな手紙をわざわざ貰ったらな。その……久しぶりだな」

「わたしのことを知っててくれたんですね」

「そりゃ去年は同じクラスだったからな。まぁそんなに話す機会は無かったけど」

「そうですね。わたし、そんなに社交的なタイプじゃないので」

「それは俺も同じだけどな。そのせいでなかなか友達も増えなかったけどな。一緒に遊んだりするのなんて司くらいだ」

「司……水沢君のことですよね。そういえば二人とも去年も仲良くしてましたね。今年も同じクラスでしたっけ。羨ましいです」

「羨ましい?」

「あ、いえ。なんでもないです」

「…………」

「…………」


 緊張を紛らわせるために喋ってたけど、とうとう喋ることが無くなる。それはたぶん向こうも同じだったんだろう。気まずい沈黙が俺達の間に流れる。

 だが、そんな沈黙を破ったのは西原さんの方だった。


「あのっ! ほ、本題に入っても……いいですか?」

「あ、あぁ。わかった」

「その……あんな手紙をわざわざ下駄箱に置いた時点でわかってるんじゃないかなとは思うんですけど……」


 西原さんは顔を真っ赤にしながら、それでも俺のことまっすぐに見つめて――。



「あなたのことが――好きですっっ!!」


 普段の西原さんからは想像できないほどの大きな声で、言ってきた。

 あの手紙を貰った時点で予想はしていた。それでも実際に相手を前にして言われると、その衝撃は半端なものじゃなかった。

 ギュッと強く握りしめられた手を見ればわかる。その言葉を口にするのに、いったいどれだけの勇気が必要だったのか。


「その、突然こんなこと言っても驚かれるのはわかってます。でも、冗談でもいたずらでもなんでもなくて、わたし、ほんとにあなたのことが好きなんです。一年生の時から……ずっと……」

「こんなこと言うべきじゃないのかもしれないけど……どうして俺なんだ?」

「その……白峰君覚えてないかもしれないですけど、わたし去年白峰君に助けられたんです。帰り道に柄の悪い人達に絡まれてたわたしを……」

「……あっ」


 言われて思い出した。去年、帰りにコンビニに寄ろうとした時に女子が不良に絡まれて、見て見ぬ振りをするわけにもいかなかったから声をかけたんだ。あの時はその女子が誰かなんて気づいてなかったけど。あれ、西原さんだったのか。


「もちろんそれだけが理由じゃないです。助けてくれたお礼を言おうと思って、ずっと機会を伺ってて。そうしてる内に気づいたら白峰君のことを目で追うようになって……気づいたら白峰君のことが好きになってました」

「そう……だったのか」

「だから、今日はあの日のお礼と……わたしの想いを伝えたくて」


 伝えられるまっすぐな想いに心を打たれる。

 きっと彼女はいい子なんだろう。彼女の告白を受け入れれば……西原さんが彼女になってくれたら、きっとすごく楽しい生活を送れると思う。

 それは幸せなことなんだろう。でも……それでも俺は。


「西原さんの気持ちはわかった。嘘なんかじゃなくて、本気なんだってことも。でも――」


 目を逸らすな。ここで西原さんから目を逸らしたら、彼女の想いを無下にすることになる。逃げるな、ちゃんと伝えるんだ。


「ごめん。俺は西原さんの気持ちには応えられない」

「っ!」


 ギュッと西原さんが強くスカートを握りしめる。

 その様子に胸が痛くなる。それでも一度言ってしまったことを無かったことにはできない。


「俺のことを好きだって言ってくれたのは素直に嬉しい。心からそう思ってる」


 西原さんは偽りなく気持ちを伝えてくれた。なら俺もちゃんと伝えるべきだろう。


「俺……好きな人がいるんだ。だから今、他の人と付き合うとかそういうのは考えられない」

「……そう……ですか。そう……ですよね。突然こんなこと言って、受け入れてもらえるわけないですよね」


 西原さんは泣きそうな声で言う。でも、俺には慰める権利はない。彼女の告白を断ったのは他ならぬ俺なんだから。

 

「でも……言えて、すっきりしました。あの時もお礼も言えましたし、わたしはそれで満足です」

「西原さん……本当にありがとう。正直、告白されたのなんて生まれて初めてだから、素直に嬉しかったよ」

「振った相手にそんなこと言うなんて、白峰君は思った以上に無神経な人なんですね」

「あっ、わ、悪い……」

「ふふっ、冗談ですよ。気にしてませんから」


 それが西原さんの空元気だってことくらいは俺にだってわかる。それでも今はその優しさに甘えるしか無かった。


「その……最後に一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「白峰君の好きな人って……桜小路さん?」

「っ、どうしてそれを」

「ずっとあなたのこと見てましたから。でもやっぱりそうなんですね」

「それは……いや、そうだな。認めるよ。俺の好きな人はこの学園の生徒会長、桜小路綾乃だ」


 その時だった。

 俺の後方から、パキッと木の枝が折れるような音が聞こえた。

 ハッとして振り返った先に見えたのは、走り去って行く後ろ姿。その後ろ姿を見た瞬間に誰かわかった。俺がずっと後ろで見つめてきた姿だったからだ。


「まさか今の会話、あいつ聞いて……というか、なんでここに」


 もし今の会話が聞こえてたとしたらあいつ、俺が言ったことも聞いてたのか? ってそれめちゃくちゃヤバい状況じゃねぇか! どうする、どうしたらいいんだ。

 あまりに急なことに頭が混乱して上手く思考が整理できない。


「追いかけてあげてください!」

「え?」

「わたしは大丈夫ですから。彼女のこと追いかけてください。彼女のこと……気になるんですよね?」

「それは……でも」

「わたしのことなら気にしなくても大丈夫ですから」

「っ……ごめん! ありがとう!」


 最低なのは自覚してる。それでも今は、今だけはあいつのことを追いかけるべきだと思った。

 西原さんの言葉に背中を押された俺は、綾乃の後を追って走り出した。

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