第20話 わからないことだらけ

〈綾乃視点〉


 放課後。

 結局ラブレターのことが気になって午後の授業には身が入らなかった。

 たぶん、予想通りだとこの後……いや、とりあえず生徒会室に向かうとしよう。今日は来週の部活連合の会議に向けてやっておかないといけないことがあるし。

 オレは鞄を持って水沢君と話してる零斗の元へ向かう。


「白峰君、生徒会室に行きますか?」

「悪い。ちょっと用事があるから後から行く。先に行っててくれるか?」

「……そうですか。わかりました。それじゃあまた後で」

「あぁ、後でな」


 そう言うと零斗は鞄を持って足早に教室を出ていってしまう。


「あ、おい零斗! えーと……良かったのか桜小路さん。生徒会の仕事があったんじゃ」

「別に時間厳守で集まらないといけないわけじゃありませんから。用事あるなら仕方在りません」

「そ、そうか。えーと、それじゃあ俺はこれで」

「……なんで少し怖がってるの?」


 ビクビクとした様子で教室を出て行った水沢君の様子に首を傾げる。別に俺、何もしてないはずなんだけど。


「そりゃそんなにピリついてる人がいたら怖いに決まってるでしょ」

「え?」

「綾乃ちゃん気づいていないの? 去年の生徒会選挙の前も似たような雰囲気だったけど、その時よりも怖い雰囲気だし」

「うそ、私……そんな雰囲気だった?」

「午後の授業の時とか酷かったよ。表向きの態度が普通だから気づいた人は少ないだろうけど、直接話したらねぇ。ちょっと鋭い人ならすぐに気づくと思うよ」


 そこまでか。全然気づいてなかった。オレはいつも通り過ごしてたつもりだったのに。更紗といずみに言われるってことはたぶん本当なんだろうと思う。


「まぁ理由は聞かなくてもわかるけどさ。気になるんでしょ、白峰君のこと」

「それは……でも私は」

「でもとかそういうのいいから。気になるなら今行かないと、後悔するだけだよ?」

「そうだよ綾乃ちゃん。思い切っていかないと」

「この学園で告白できるようなスポットなんて限られてるし、どこかは検討着いてるんでしょ?」

「それは確かにわかるけど。でも、いいのかな? そんな邪魔するような真似しちゃって」

「あーもうじれったい! いいからさっさと行く! ほら、走った走った!」

「は、はいっ!」

「じゃあ頑張ってね綾乃」


 更紗の言葉に背中を押されて教室を出る。向かうのは生徒会室じゃなく、零斗が行ったであろう場所。

 この学園には有名な告白スポットがある。高等部の敷地内にある巨大な桜の木。この学園の創設当時からあると噂されている木だ。そこで告白し、実れば二人は一生の愛が約束されるなんて言い伝えがある。

 もちろんそんなのは眉唾だし、色んな話に尾ひれがついた結果今の話になったんだろうけど。でも、そんな話をオレでも知ってるくらいには有名な場所だ。

 みんながスマホを持つようになってからは、昔ほど利用されることはなくなったらしいけど。今でも一世一代の告白をする時には使う人もいるらしい。

 西原さんの性格を考えたら、そういう伝説みたいなの好きでもおかしくない。

 もしかしたらそこで零斗が西原さんに告白されてるかもしれない。そう思うと心臓がキュッとなって、呼吸が乱れそうになる。

 もし零斗が彼女の告白を受け入れたら。零斗に彼女ができてしまったら。今日一日それしか考えられなくて、授業に全く身が入らなかった。

 

「こんなの……初めてだ」


 わからない。どうしてオレがこんなに苛立ってるのか。

 わからない。どうしてオレはこんなに怖がってるのか。

 わからない。どうしてオレはこんなに……西原さんを羨ましがってるのか。


「わからないことだらけだ……」


 でもわかってることだってある。本当はこんなことするべきじゃないって。

 更紗達は後悔しないために行くべきだって言うけど、今オレがしようとしてるのは明らかに西原さんの邪魔だ。

 そもそも後悔ってなんだろう。もし行かなかったらオレは何を後悔するんだろう。


「…………」


 そんなことを考えてる間にもオレの足は件の場所へと向かう。近づけば近づくほどに心臓が早鐘を打つ。

 行くなとオレの理性的な部分は言う。今ここで行かなきゃダメだとオレの本能が叫ぶ。

 そして――。


「あ、居た……」


 何一つ自分のことがわからないままに、オレはたどり着いてしまった。

 桜の大木の下。桜の舞い散る中に零斗と西原さんは居た。






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 綾乃が去った後の教室で更紗といずみは話していた。


「ようは自覚の問題だと思うんだよね」

「自覚の問題?」

「そうそう。去年から二人のこと見てたらわかると思うんだけど、あれはもう完全に好き合ってるじゃん。白峰君はちゃんと自覚してるけど、綾乃の方はねー」

「綾乃ちゃん、自分に向けられる好意の感情に鈍いもんね」

「そこが可愛い所でもあるんだけどね。でも見てるこっちとしてはもどかしい部分もあるっていうか」


 去年綾乃と知り合ってから、更紗といずみは綾乃のモテっぷりをまざまざと見せつけられてきた。だが綾乃はどんな人のどんなアピールにも気づくことなく、全てをスルーしていた。

 だが、そんな中でも零斗と一緒にいる時だけは事情が違った。他の人には見せないような反応をしていたのだ。


「自分にも他人にも鈍感っていうか。最初の頃はわざとかと思ってたけど、あれで素なんだもんねぇ」

「でも良かったのかな、こんな強引なやり方で。あの二人にはあの二人のペースがあったかもしれないのに」

「確かにそうかもしれないけど、どのみち白峰君は近いうちに動いてたと思うけどね。今回のはあくまできっかけにしかならないと思うよ。その結果がどう転ぶかはわからないけどさ」

「……でもわたし心配なんだよね」

「心配? 白峰君が今回の告白を受け入れるかもしれないってこと?」

「そうじゃなくて、綾乃ちゃんのこと。今日一日ずっと見てて思ったけど、綾乃ちゃん……どこか様子が変だったっていうか」


 二人は綾乃が『性転換病』の患者だということを知らない。だからこそ零斗と綾乃の関係を普通の男女の問題だと捉えていたのだ。


「そう言われると確かに……でも考えすぎじゃない? っと、ごめんいずみ。あたしもう透のところに行かないと」

「あ、うん。それじゃあまた明日ね」


 スマホで時間を見た更紗は慌てた様子で教室を出て行く。


「綾乃ちゃん……大丈夫かな」


 一人教室に残ったいずみは、不安そうな顔で小さく呟くのだった。

 

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