第19話 敵を知り己を知れば百戦殆からず

〈綾乃視点〉


「えっと……確かこのクラスだったよね」


 授業と授業の合間の休み時間。オレは零斗にラブレターを渡したと思われる女の子のいるクラスまで来ていた。

 どうやって調べたのかと言えば、更紗の人脈だ。更紗曰く『あたしが本気になればこの学園の中で調べられないことなんてない』とのことだ。

 更紗、恐ろしい子。とはいえ、今回ばかりは更紗の情報収集能力に助けられた。


「二年五組の西原ほたるさん。去年零斗と同じクラスだったらしいけど」


 手元にある更紗がくれた資料に目を落とす。そこには零斗にラブレターを渡したと思われる人物についての詳細な情報が書かれていた。誕生日から家族構成、それに得意な教科とか前のテストの順位まで。正直怖いくらいだ。

 そこまでする必要は無いって言ったんだけど、更紗は『敵を知り己を知れば百戦殆からず』なんてどこぞの孫子のようなことを言い出して。

 別に敵ってわけじゃないんだけど……まぁ貰ったものは活用させてもらうとしよう。


「特に目立つような子じゃ無いけど……」


 昼休みのこの時間。他のみんなはお弁当食べたり色んなことしてるけど、西原さんは一人でお弁当を食べてる。この資料にも友達は狭く深くなタイプって書かれてるし、基本は一人で行動する子なんだろう。


「こうして見てるとホントに普通の子なんだけど……ホントにこの子が零斗にラブレターを?」


 だがそこで再び更紗の言葉を思い出す。


『いい綾乃。こういう大人しい子ほど動く時は大胆に動くもの。油断してるとあっという間に持っていかれちゃうから気をつけないとダメなの。私も透と付き合う前の時にそりゃもう苦労を――』


 この後、更紗が幼なじみと付き合うまでにどれほど苦労したかを語られたけど、長かったから割愛するとして。とにかく更紗が言いたいのは甘く見るなってことなんだろう。

 教室の外から西原さんのことを見る。


「……来たはいいけど、ここからどうしたらいいんだろう。話しかける……わけにはいかないし。理由が無いし」


 オレは一組で西原さんは五組。隣のクラスなら合同授業とかもあったからそれを理由にできたかもしれないけど、さすがにクラスが離れすぎてる。

 というかそもそもオレは、彼女のことを知ってどうしたいんだ?

 オレと零斗はただの友達で、生徒会長と副会長で……ただそれだけでしかなくて。

 だから、オレには彼女を止める権利も理由も……無い。零斗が彼女を受け入れたとしても、オレには何も言う資格なんて無い。


「ん? もしかして桜小路さんか? どうしてそんな所で陰に隠れて教室の中覗いてるんだ?」

「っ!」


 急に声を掛けられて驚きのあまり軽く飛び跳ねてしまう。でも今の低い声には聞き覚えがあった。

 振り返るとそこに居たのは見上げるほど大きい熊のような男子。


「あ、久瀬君。お久しぶりですね」

「あぁ、久しぶりだな」


 久瀬透。更紗の幼なじみ君だ。つまり彼氏ってことだけど。そうか、久瀬君も五組だったっけ。


「そういえば桜小路さんは、今年も更紗と同じクラスなんだよな」

「えぇそうですよ。久瀬君は同じクラスになれなくて残念でしたね」

「いや、そうでもない」

「そうなんですか? てっきり同じクラスの方が良かったのかと」

「行きや帰りは一緒だし、休みの日も一緒にいる。俺の部活の方にも顔を出してくるしな。クラスが一緒じゃなくても案外どうとでもなる。あいつは俺と同じクラスになれなくて悔し泣きしてたな」

「そうなんですか? それは知りませんでした。ふふっ、本当に仲良しですねお二人は。羨ましいくらいです」


 リア充爆発しろ。とまでは言わないけど、よく人前でここまで堂々と惚気られるもんだ。更紗もそうだけど久瀬君も大概だな。


「更紗は迷惑かけてないか?」

「えぇ、大丈夫です。むしろこっちが助けられることもあるくらいで」

「そうか。なら良かった。何かあったらいつでも言ってくれ」

「わかりました。それじゃあ何かあれば久瀬君にお伝えしますね」

「それで、結局このクラスに何か用でもあったのか?」

「いえ、用があったというほどでは……」


 いや、でもこれはチャンスなのかもしれない。久瀬君が西原さんと同じクラスだったのは幸いだった。


「あの、西原さんのことをご存じですか? このクラスにいる……」

「西原? すまない、まだクラスメイトの名前を覚えきれてなくてな。どいつのことだ?」

「えっと、彼女です。窓際の席にいる、後ろから二列目の」

「……あぁ。彼女か。彼女がどうかしたのか?」

「その、実は生徒会のことで用事がありまして。ですが他クラスには私も入りづらくて。呼んできていただいてもいいですか?」

「桜小路さんでもどういうこと気にするんだな。わかった、そのくらいならお安いご用だ。ちょっと待っててくれ」


 そう言うと久瀬君は教室の中へ入っていく。もちろん生徒会の用事なんて嘘だ。とっさにそんな嘘ついちゃったけど……ヤバいどうしよう。

 何か、何か考えろ。オレが彼女のことを呼んでも不自然じゃ無い理由を。

 必死に頭を回転させて理由を考える。

 更紗が調べてくれた情報と、オレが持つ生徒会の情報。この二つを掛け合わせて……これだっ!


「連れてきたぞ」

「ありがとうございます久瀬君」

「あ、あの……わたしに用って、なんですか?」


 この子が西原さん……長い前髪で隠れてるけど、この子かなり可愛いな。あれだ、更紗が派手な可愛さだとすればこの子はいずみと同じ表に出ない、出さない可愛さというか。

 よくある他の人は知らないけど自分だけはこの子の良さを知ってる、みたいな感じで男子を勘違いさせるタイプ。この子に頼られたらコロッといく奴は多そうだ。


「あの、桜小路さん?」

「あぁすみません。実はあなたの所属している文芸部のことで話がありまして。文芸部の活動内容についての再確認をしておきたいんです。来週に部活連合の会議がありますので、その前に。確か文芸部は三年生の方がいないので、西原さんが今年から部長でしたよね? 放課後時間はありますか?」

「はい、そうですけど。その……今日じゃなきゃダメですか? 今日はどうしても外せない大事な用があって……」


 その西原さんの反応を見て確信した。零斗にラブレターを渡したのはこの子だ。今までは半信半疑だったけど、もう間違いない。

 放課後……か。あの手紙の内容は結局わからずじまいだけど、放課後にどこかに零斗を呼び出した感じかな。


「……わかりました。もともと急ぐ用事でも無かったので大丈夫です。お昼休みなのにわざわざありがとうございました」

「いえ、そ、それじゃあわたしはこれで」


 そのまま西原さんは教室の中へと戻っていく。結局最後までオレと目を合わせてくれなかったな。


「……西原さんと何かあったのか?」

「え? どうしてですか?」

「いや、西原と話してる時の桜小路さんの雰囲気がどこかピリついてるように見えたからな。更紗が不機嫌な時とよく似てる」

「そんなことはないんですけど……」


 ピリついてる? オレが? 

 そんなことないはずなのに。


「もしかして桜小路さん……」

「な、なんですか?」

「お腹が空いてるんだな」

「……はい?」

「まだお昼休みも始まったばかりだ。用事を先に済ませようとしてお昼を食べてないんだろう。それに顔色を見てたらわかる。桜小路さん、朝ご飯食べてないな。もしかしてダイエットか? 更紗もたまにやってるからな。だが朝食を抜くようなダイエットは関心しないぞ」

「あの、朝食は確かに食べてないですけど、別にダイエットというわけでは……」

「ダイエットしたいならご飯を抜くよりも運動するべきだ。じゃないと力が出ないぞ。もし良かったらこれを食ってくれ。俺が購買で買ったパンだ。あぁ俺なら大丈夫だ、更紗がくれた弁当があるからな」

「三段弁当!? ではなくてですね、その、こんなにいっぱいパンを貰っても食べきれないのですけど……あの、久瀬君?」

「じゃあ、しっかり食べるんだぞ。それじゃあまた」


 結局久瀬君は購買で買ってきたという大量のパンを押しつけて教室の中へと戻っていってしまった。


「ど、どうしよう……このパン。突き返すのもなんか失礼だし。というかあの感じだと受け取ってくれなさそうだし」


 ちょうどそのタイミングでオレのお腹が鳴る。確かに朝から何も食べてないオレの体は限界を訴えていた。


「この時間から購買に行ってもろくなの残ってないだろうし。食堂も埋まってる可能性が高い……仕方ない、お礼はまたするとして今日は久瀬君の好意に甘えるとしよう」


 結局オレは空腹に勝つことができず、久瀬君から貰ったパンを持って教室へと戻るのだった。

 

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