第15話 朝寝坊した時は異常に頭が冴える

 ピピピピピピピピッ!


「ん……」


 ピピピピピピピピッ!


「うるさい……」


 ピピピピピピピピッ! ピピピピピピピピッ!


「だからうるさ……って、なんだ。目覚まし時計か……目覚まし時計!?」


 バッと飛び起きた綾乃は慌てて時間を確認する。時計の時刻は午前七時を過ぎたところだった。


「うそぉおおおおおおおおおっっ!! なんで、どうして?! っていうかなんで朝になってるの!!」


 感じていた眠気はどこへやら。綾乃の頭の中は混乱に満ちていた。

 昨夜の電話の後、ベッドに寝転んだ所までは綾乃も覚えている。だが、その後の記憶が無い。


「もしかして私……あのまま寝ちゃった?」


 自分の服装が昨日のままなのを見てサァっと血の気が引く。だが、そうして戸惑っている間にも刻一刻と時間は過ぎ去り、零斗との約束の時間は近づいてくる。


「あぁもうダメだ。細かいこと考えてる時間ないよ。朝ご飯……は食べてる時間無いし。考えろ、考えろ。現在時刻七時三分。待ち合わせの時間は七時三十分。残り二十七分、いや六分。この家から駅まで十分。つまり残された猶予は……十六分!!」


 幸いにというべきか、学校の用意はすでに終わっている。つまり最悪着替えさえ済ませれば出ることはできる。

 だが――。


「この乱れたままの髪で出るのは完璧アウト! 絶対アウト!! かくなる上は……」


 手早く歯磨きと顔洗いを済ませ、目にも留まらぬ速さで制服へと着替えた綾乃はバンッと荒々しくドアを開くと、そのままリビングの方へかけていく。


「お姉ちゃん髪のセットしてぇ~~っっ!!」


 必殺、お姉ちゃん頼り。リビングで朝ご飯を食べていた朱音に髪のセットを頼むことにしたのだ。理由は単純、朱音の方が髪のセットが上手で早いからだ。


「うわびっくりした。ずいぶん遅く起きてきたと思ったらどうしたの急に。いつも自分でセットしてるじゃない」

「今日はもう時間ないんだって! あと少ししたら家出ないといけないんだから!」

「? でも昨日夜ご飯の時に明日は何もないから朝はゆっくりでいいって言ってたでしょ?」

「あー、もう、昨日はそういったけど事情が変わったの! お願いだから~!」

「はいはい。わかったからそこ座って。朝ご飯は?」

「食べてる時間無い」

「じゃあ牛乳だけでも飲んでおきなさい」

「わかった」

「まったく綾乃は困ったことがあるとお姉ちゃんって頼ってくるんだから。高校生になってしっかりしたと思ってたのに、結局根っこは変わってないのね」

「う……それは、ごめんなさいだけど。でもお姉ちゃ……姉さんの方が髪のセットとかは上手だから」

「あ、もうお姉ちゃんって読んでくれないの?」

「言わないから!」

「残念。はい、セット終わったわよ」

「もう終わったの? ってホントだ。完璧にできてる……私ならもっと時間かかるのに」

「綾乃の髪は綺麗だから触ってて楽しいのよねー。ホントはもっと色んな髪型試して遊びたいんだけど。まぁそれはまた今度ね。お昼はどうするの? お弁当作ってないみたいだけど」

「お昼は購買で買うことにする」

「そう。じゃあはいお金。朝ご飯食べてないんだからお昼はしっかり食べなさい」

「お金はあるから大丈夫だって」

「いいから受け取る。それよりもこんな問答してる時間ないでしょ。零斗君との待ち合わせに遅れちゃうわよ?」

「あっ! もうこんな時間……って、なんで零斗と待ち合わせしてるって知ってるの!?」

「もしかして当たりだった? もしかしたらと思って適当に言ったんだけど」

「~~~~~~~っっ、姉さんなんて嫌いっ! 行ってきます!」

「はいはい、行ってらっしゃい」


 リビングから出て行く綾乃を見送る朱音はニヤニヤとしていた。


「いやぁ、青春だねぇ。ま、頑張りなさい綾乃」

 





 家を出た綾乃は、そのまま急いで駅へと向かった。

 とはいえ、朱音に髪のセットを手伝ってもらったおかげで多少の時間的余裕はできた。

 このまま行けば時間には間に合うだろうとホッと息を吐いた。


「それにしてもまさか寝坊するなんて……あー、私の馬鹿」


 いつもの綾乃ならあり得ないレベルの失態だ。ひたすら頭の中で反省を繰り返しながら綾乃は手鏡で身だしなみを確認する。


「うん、大丈夫そうかな。昨日の内に準備済ませといて良かった。もしそれもできて無かったらさすがに間に合わなかっただろうし。でも朝ご飯……少しくらい食べてくれば良かったかな」


 朝はしっかり食べるタイプである綾乃にとって、朝食抜きというのは辛いことだった。だが、これも寝坊した自分が悪いのだと言い聞かせ、空腹をグッと我慢する。

 そうこうしている内に、零斗と待ち合わせをしていた駅に着く。ちょうどラッシュの時間であることも相まって人出は多かった。


「零斗は……あ、いた!」


 駅前のモニュメントの近くに立つ零斗の姿を見つけた綾乃は小走りで駆け寄る。

 そして、ほとんど同じタイミングで零斗は駆け寄ってくる綾乃に気づいた。


「おはようございます、白峰君」

「あぁおはよう。もう生徒会長モードなのか?」

「外ではあんまりそういうこと言わないで欲しいんですけど」

「悪い悪い。つい気になってな」

「もうこの時間だとちらほら生徒の姿もありますから。外とは油断はできないってことです。家から一歩出たらもう生徒会長ですから」

「そりゃまた意識高いことで」

「……白峰君、もしかして寝不足ですか?」」


 ジッと零斗の顔を見ていた綾乃は、目の下にクマができていることに気が付いた。


「え? いや、そんなわけないだろ。ちゃんとばっちり寝てきたって」


 嘘である。前日の電話の後、綾乃と電話できた高揚感や、一緒に登校する約束などをしたことによってテンションが上がってしまい中々寝付くことができなかったのだ。


「それよりも行こうぜ」

「あ、ちょっと待ってください。ちょっとこっち向いてもらえますか」

「ん? どうかし――」


 振り返った瞬間、想像以上に近くにいた綾乃に驚く零斗。綾乃が動いた拍子に香ってきた花のような甘い匂いが零斗の鼻孔をくすぐる。そのまま綾乃は零斗に手を伸ばして――。


「あ、やっぱりネクタイ曲がってますよ。副会長なんですから、身だしなみはキチンとしてくださいね。はい、これで大丈夫です」

「…………」

「白峰君? どうかしましたか?」

「……なんでもない。ほら、行くぞ!」

「あ、白峰君? ちょっと待ってください白峰君!」


 赤くなってしまった顔を隠すために先に歩き出す零斗。

 そんな零斗の様子に気付いていない綾乃は、その後を慌てて追いかけるのだった。

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