第16話 少しだけ素直になって

「それにしても、こうして白峰君と一緒に登校するのは初めてですね」

「あー、そう言われればそうだな。でも仕方ないだろ。俺は電車通いだし、お前は徒歩通学だしな」

「でも駅からは徒歩ですし、一緒に行こうと思えば行けたじゃないですか。今日みたいに」

「まぁそれもそうなんだが……ってか、さっきからなんかテンション高くないか?」

「そうですか? 私は普通ですけど。ふふっ♪」

「いや明らかに上機嫌だろ……」

 

 ずっと近くで綾乃を見てきた零斗にはわかった。今の綾乃が鼻歌を歌い出してもおかしくないほどに上機嫌だと言うことだ。何がそんなに楽しいのか、さっきからずっとニコニコとしている。

 もちろん零斗がこの時間を楽しんでいないというわけではないが、周囲の目が気になっていたのも確かだ。


「ねぇ、あれって生徒会長よね。隣の男の人は誰なのかしら」

「もしかして彼氏とか?」

「うそっ、マジで!?」

「そうじゃないとわざわざ一緒に登校したりしなくない?」

「えー、もしマジなら大ニュースじゃん!」


 二人の女子生徒がそんな会話をしているのが聞こえてくる。だがその二人だけではない。近くを行く他の生徒達も似たり寄ったりな会話をしていた。男子達からは妬みの視線が、女子達からは好奇の視線が零斗に突き刺さる。

 それだけ綾乃が有名人で人気者ということなのだが、一緒にいる零斗としてはなかなか落ち着かない気分だった。生徒会の仕事以外でここまで注目されたのは初めてだったからだ。


「綾乃、お前いつもこんなに注目されながら登校してるのか?」

「うーん、さすがにここまで見られるのは珍しいですけど。まぁ似たり寄ったりですかね。いつもは一人ですけど、今日は白峰君が一緒ですから。それが珍しいんでしょうね」

「珍しいってだけじゃない気もするけどな。明らかに妬みの視線が混じってやがる」

「そうですか? まぁでもそうだとしても気にしちゃいけませんよ。他人は他人。他の人にどう見られてるかなんて一々気にしてたらキリがありませんから。大事なのは誰に、どう見られたいかってことです」


 その言葉に零斗はハッとする。確かに今の零斗は、周囲の目を気にするばかりでせっかくの綾乃との時間を純粋に楽しむことができていなかった。

 生徒会長として常に目立つ立場であり続けたからこその言葉。だからこそ綾乃の言葉は零斗の胸にストンと落ちた。


「……そうだな。確かに周りのことなんてしょうがないか」

「そういうことです。せっかくの機会なんですから、楽しく登校しないと損ですよ。もしそれでも周囲の目が気になるなら、私のことだけ見てればいいんです。なんて、それはさすがにじょうだ――」

「わかった、そうする」

「へ?」


 ジッとの綾乃のことを見つめる零斗。その目に見つめられた途端、綾乃はカァっと頬が熱くなるような感覚を覚えた。

 昨夜電話していた時と同じように、いや、それ以上に胸が高鳴り、それなのに零斗から目が離せない。


「えっと、あの、白峰君? 冗談ですからね? そんなに見られると、その、さすがに恥ずかしいんですけど」

「周囲の目は気にしないんじゃなかったのか?」

「揚げ足取るようなこと言わないでください! それに白峰君は……他の人とは違いますから」

「……ぷっ、くくく。あはははははっ!」

「わ、笑わないでくださいっ、もしかして今のわざとやりましたね!」

「悪かったって。そんなに怒るなよ」

「もう、知りません!」


 ぷいっとそっぽを向く綾乃。

 だが本気で怒っているわけじゃないことは零斗にもわかっていた。

 その証拠に、綾乃は零斗の隣から離れようとはしなかった。


「お前の反応が面白くてついな」

「意地悪なのは好きじゃありません」

「だから悪かったって」

「次に同じようなことしたら生徒会の仕事三倍にしますから」

「それはマジで勘弁してくれ」


 そうして二人で並んで愛ヶ咲学園に向かっていると、桜並木の道へと差し掛かる。

 愛ヶ咲学園の周辺は桜の名所として有名だ。大量のソメイヨシノが植えられているのだ。この桜並木を見るために遠方からやってくる人もいるほどだ。


「最近忙しくて、ゆっくり見る暇もありませんでしたけど……今年も綺麗に咲きましたね。例年よりは少し遅めの開花になるかもしれないって言われてたので心配してたんですけど」

「あぁホントにな。去年の入学式の時、この桜並木を見た時は圧倒されたもんな」

「うん、私も。あの時はこれからのことでいっぱいいっぱいで桜を楽しむ余裕なんて無かったですけど」

「だよな。あの時はまさか生徒会に入って、しかも副会長になるなんて夢にも思ってなかったけどな」

「あ、奇遇ですね。私も生徒会長になれるとは思ってなかったです。それに去年は一人でした」


 風に揺れて桜が舞い散るどこか幻想的な風景。そんな非日常的な風景と、生徒会長としての仮面を被っているおかげだろうか、綾乃はいつもは言えない素直な想いを口にした。


「でも今年はあなたが一緒です」

「っ!」

「去年の私は一人で、友達も居なくて、ずっと不安で……でも、あなたと知り合って私の生活は変わりました。もちろん良い方向に。だから私、これでもあなたにすごく感謝してるんですよ。って、どうしたんですか白峰君。顔が赤いですよ?」

「お前、よくそんな小っ恥ずかしいことを……」

「さっきの仕返しです。私だってすごく恥ずかしかったんですからね」


 あくまで仕返しなのだと言い張る綾乃だが、その頬は少しだけ赤くなっていた。


「あのなぁ……って、じゃあさっきの言葉どこまでが本気だったんだよ」

「さぁ、どこまででしょうね」

「はぁ!?」

「意地悪する人には秘密です♪」


 そう言って浮かべた笑みは生徒会長としてのものではなく、素の綾乃としての笑みで。

 だが零斗のその笑顔がいつも以上に綺麗に見えて、強く印象に残ったのだった。

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