第14話 それはきっと幸せな時間
「わっ、わっ、っと! あ、押しちゃった!」
零斗から電話がかかってきたことに驚いた綾乃は驚きのあまりスマホを落としそうになり、落としかけたスマホを掴んだ拍子に通話ボタンを押してしまった。
出てしまった以上切るわけにもいかず、無意識の内に姿勢を正していた。
「も、もしもし!」
『あー。綾乃か? 俺だけど』
「うん、零斗だよね。どうしたのこんな時間に」
必死に平静を装う綾乃だったが、突然のことを緊張して出た瞬間に声が上ずってしまっていた。だが、綾乃同様……というよりも綾乃以上に緊張していた零斗はそのことに気づいていない。
『いやまぁ、用って言うほどの用はないんだけどな』
「? じゃあなんで電話してきたの?」
今まで綾乃と零斗はゲームなどをする時を除いてほとんど電話をしたことがない。生徒会の用事であれば、大抵の場合メッセージアプリで事足りるからだ。
だからこそ突然電話してきたことに綾乃は驚いていたのだ。
一方の零斗はと言えば、勢いに任せて思い切って電話をしたはいいものの、特に理由も話題も考えていなかったせいで軽くパニックに陥っていた。
このままでは大した用事が無かったということで会話が終わってしまいかねない。そうなったが最後、零斗は用事がない限り二度と電話をかけることができなくなってしまうだろう。
今、この瞬間が千載一遇のチャンス。ここで逃げたら男が廃ると腹を括った零斗はありのままの理由を綾乃に言うことにした。
『今何してんのかなって思って電話しただけだ。迷惑だったか?』
言い方に若干棘があったのは零斗の緊張を隠すためだ。たが、当の綾乃はといえば零斗のそんな言い方などまったく気にもしていなかった。
ただ零斗が用もなく電話してくれたという事実に、綾乃はくすぐったいような感覚になり、気づけばドキドキと心臓が早鐘を打っていた。
「別に迷惑じゃない! 全然迷惑じゃ無いから!」
『そ、そうか。ならいいんだけどな。で、結局のところ今何してたんだ?』
「ほんとについさっきまで弟と電話してたんだ。ほら、前に言ったでしょ。弟がいるって」
『あー、そういえば言ってたな。確か……幸太君、だっけ?』
「そうそう! よく覚えてたね。その幸太が今年から中学二年生になったからさ。今年は年末年始も家に帰ってなくてしばらく会えて無かったから、最近どうしてるのかなーと思って」
『中学二年生かー。色々と難しそうな年頃だな』
「ホントそれだよ。反抗期なのか中々近況とか答えてくれなくて。もっと頼って欲しいんだけどね、私としては」
『そりゃ難しいだろ。とりあえず今はそっと見守っといてやれよ』
「うーん、その方がいいのかなぁ。あ、そういえば零斗の妹は今年からうちに入学したんだよね」
『あぁ、俺らと同じで外部入学だな』
「確か一年三組だっけ。高原さんと同じクラスだよね」
『お前、なんでそんなこと知ってんだよ』
「別に理由があるわけじゃないけど。ただ一年生のクラス名簿に目を通してる時に白峰菫っていう名前があったから。この子が零斗の妹なのかなーって思って」
『その記憶力、俺にわけてくれ』
「努力して」
『俺の一番嫌いな言葉だ』
「若い内からそんなんじゃダメだって」
気づけば互いに緊張は解け、いつも生徒会室で話している時と同じ空気に戻っていた。
あのテストは難しかったとか、夜ご飯には何を食べたとか、そんな他愛のない話ばかり。
だが、今の二人にはそんな会話が何よりも楽しかった。
「あははっ、何それ。だからあの時水沢君あんなことしてたんだ」
『あのなぁ今だからそんな風に笑えるけど、あの時はホントに大変だったんだぞ。司も変なとこで度胸があるというか』
「うーん、水沢君って残念なイケメンって感じだよね。黙ってたらモテそうな感じするけど。黙ってたら」
『黙ってたらを強調するな。まぁ言わんとすることはわかるけどな』
「実際、一年生の頃、水沢君って結構告白されてなかった?」
『あー、実際何人かと付き合ったみたいだけどな。すぐに性格バレて振られてたけどな』
「そのせいで女遊びが激しいみたいな噂が立っていつの間にか誰とも付き合えなくなっちゃったんだよね」
『自業自得……って言っていいのかはわからないけどな。本人曰く真面目に付き合ってたそうだからな』
「そういう所も含めて残念なんだねぇ、水沢君って」
『今年ことはちゃんとした彼女作るって息巻いてたぞ』
「それなのに朝の教室であんな話してたら意味ないと思うけど」
『それは本人に直接言ってやってくれ。お前が言ったらさすがに効果がありそうだ』
「うーん、まぁ機会があったらね。ところで……さ」
『なんだ?』
「零斗は興味ないの? 彼女作るのとか」
『はぁ?! なんで俺の話になるんだよ!』
「び、びっくりした。急に大きな声出さないでよ」
『あ、悪い。でも俺は彼女とか……まぁ興味無いわけじゃないけどな』
ここで無いと言い切ってしまうとそれはそれで嘘になると思った零斗は若干言葉を濁しながら答える。
だが、そんな零斗の答えを聞いた綾乃はなぜかもやもやとした感情が湧いてしまっていた。
「彼女作ってもいいけど、生徒会の仕事を疎かにしちゃダメだからね」
『するわけないだろ。というか、なんか怒ってないか?』
「別に怒ってない。でも……」
彼女作りたいってことは好きな人がいるの? そう聞こうとした綾乃だったが、なぜかその言葉を口にすることはできなかった。
そう聞いて肯定されることが怖かったのだ。
「なんでもない」
『? まぁいいけど。あぁ、そういえば思い出した。菫がお前に会いたいって言ってたんだよ』
「妹さんが? どうして?」
『いや、理由は知らねぇけどな。それでまた会える時間がないか聞いとくって言っちゃったんだけど、どっか時間取れるか?』
「来週からは部活連が始まるから……今週中なら大丈夫だよ」
『そうか。じゃあそう伝えとく。っと、気づいたらもう一時間以上話し込んでたのか』
「あ、ほんとだ。もうこんな時間」
気づけば時間は午後十時を過ぎていた。綾乃の体感としてはまだ三十分も経っていないくらいだった。
『これ以上は迷惑だな。そろそろ切るか』
「え、でも、えっと……」
まだ話し足りない。そんな気持ちで思わず引き留めそうになる綾乃だったが、確かに零斗の言う通りこれ以上は迷惑になる時間帯だった。
「そう……だね。私もまだお風呂にもまだ入ってないし」
『俺もだ。明日の準備もしないといけないしな』
「うん、それじゃあ――」
『なぁ綾乃。最後にもう一個だけいいか?』
「なに?」
電話を切ろうとした綾乃に、零斗は最後の勇気を振り絞って提案した。
『明日一緒に、学校行かねぇか?』
「っ!!」
そう提案した時、零斗はこれ以上ないほどに緊張していた。だが、言われた綾乃の驚きはその比ではない。
『あ、いや、もし無理だってなら別にいいんだけどな』
「無理じゃない! 全然無理じゃないから! 明日一緒に行こう!」
『お、おう。わかった。じゃあ七時半くらいに駅に集合でいいか?』
「うん、それで大丈夫。それじゃあ……お休み、零斗。また明日ね」
『あぁお休み。また明日』
そう言って電話を切った綾乃は、そのままベッドに倒れ込む。
胸に手を当てて見れば、自分でも驚くほど早く心臓が脈打っていた。
「なんでこんなにドキドキするんだろ。顔も熱いし……風邪でも引いたかな。今日はお風呂に入るのやめといた方がいいかも。あっ、でも明日は零斗と一緒に学校に行くしお、風呂に入らないのはさすがに無し。絶対無し」
深く深呼吸する綾乃。その胸中は暖かさに満ちていた。心の底で感じていた冷たさすら今はもう欠片も残っていない。
「明日……楽しみだな」
そう言って綾乃はスマホをギュッと抱きしめた。
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