第13話 少しでも前に進むために

〈零斗視点〉


 夜。晩ご飯を食べた後、俺は部屋に戻ってベッドで寝転んでいた。今頃ちょうど菫が風呂に入ってるだろう。

 いつもならその間に課題やってたりするんだが、今はまだ課題もないしな。完全に手持ち無沙汰だ。


「それにしても、今日は疲れたな」


 新学期になっていきなりテストなんてのはやっぱり慣れない。もう何度もやってきたことだけど、そもそも俺はテストが好きじゃないからな。

 まぁテストが好きだ、なんていう奴の方が珍しいだろうけど。


「今回はそこそこいい点数を取れるといいんだけどな。って、それは俺がどれだけ真面目に勉強してたか次第か」


 でも綾乃の奴に誘われて勉強して……あの時はかなり真面目にやってたけどな。手応えとしてはまぁまぁって感じだ。前よりも落ちてるってことはさすがにないはずだ。


「…………」


 リビングでテレビを見る気にもならねぇし、だからってスマホを弄る気分でもない。ここ最近ずっとこんな調子だ。

 ゲームしてようが何してようが、ずっと頭から離れない奴がいる。

 誰のことかなんて口にするまでもない。綾乃だ。

 何してても、どこに居ても、ふとした瞬間にあいつのことを考える自分がいる。


「重傷だなこりゃ」


 思わず自嘲する。いくら目を逸らそうとしたって、俺は俺自身の気持ちから目を逸らすことはできない。


「俺は綾乃が好きだ。ただの友人としてじゃなく、一人の異性として。~~~~~っ、何一人で寒いこと言ってんだ俺は」


 口にした途端に恥ずかしくなる。だが、どんなに恥ずかしがったところで俺の気持ちが変わるわけじゃない。この気持ちは紛れもなく本物だった。そして驚くことなかれ、これが俺の初恋でもある。

 いや、今までもほんのり好きかもな、とか好みだなって思う人はいたけど、はっきり好きだと自覚したのはこれが初めてだ。

 でもだからこそ俺はどうすることもできずにいた。

 それに俺が好きになったのは普通の女の子じゃない。あいつは……綾乃は『性転換病』に罹った元男だ。

 だからこそ色々複雑になってしまっていた。

 もし俺が綾乃が『性転換病』に罹った奴だって知らなければ素直に告白できたかもしれない。だがその場合俺はそもそも綾乃のことを好きになってなかっただろう。

 俺が好きになったのは、完全完璧な生徒会長としての綾乃じゃない。素の綾乃のことを好きになったんだ。


「今日も結局言えなかったしなぁ」


 今までにも言えるタイミングはいくらでもあった。でもその度に俺は言うことができなかった。

 綾乃が、あいつが俺に求めてるのは友人としての関係だ。クラスの友達とは違う、素の自分として接することができる友達。

 もし俺があいつに告白して、一人の異性として見ていることを知ったらきっとあいつは俺と距離を取るようになるだろう。少なくとも、今までみたいに友達として隣にいることはできなくなる。

 

「俺が今綾乃の隣にいれるのは色んな奇跡が重なった結果だからな」


 もしあの日、綾乃の秘密を知ったのが俺じゃなかったとしたら。きっと今頃綾乃の隣にいたのはそいつだっただろう。

 たらればの話はしてもしょうがないけど、そんなことを考えると胸が痛くなる。

 俺じゃなくてもよかったんだと、そう思ってしまうから。もちろん綾乃から直接言われたわけじゃないし、俺の勝手な想像なんだけどな。

 ともかく、綾乃に告白するってのは今まで築き上げてきたあいつとの関係を壊しかねないってことだ。

 

「こうやってなんだかんだ理由つけて……結局ビビってるんだろうな、俺は。あいつに正面から告白する勇気が無いってだけの話だ」


 告白しない理由、したくない理由。そんなのはいくらでも見つけられる。でもそんなのは全部言い訳だ。

 俺が前に進もうとしないための都合のいい逃げ道。

 自分の度胸の無さが原因のくせに、全部綾乃を言い訳にしている自分に心底腹が立つ。


「いつまでもこのままってわけにもいかねぇのにな」


 ビビって進まなければ俺はいつまでもこのままだ。だが、綾乃が変わらない保証はどこにもない。もしあいつの心を動かせるほどの奴が現れたら……その時俺はただ黙って見てるだけなのか?

 そんなの絶対に御免だ。俺はあいつの隣を誰にも譲るつもりはない。


「あいつは俺のこと……どう思ってるんだ?」


 ただの友達なのか、それとも少しは特別な存在として見てくれてるのか。

 実際のところは綾乃に聞かないとわからない。


「綾乃の奴、今頃何してるんだろうな。こっちの気も知らずに呑気にゲームでもしてるんじゃないだろうなあいつ」


 今の時間は八時過ぎ。まだまだ寝るって時間じゃないし、あいつも起きてるだろう。勉強してるのか、友達と話してるのか、ゲームしてるのか。

 そういや、夜に何して過ごしてるとか全然知らねぇな。まぁそんなことわざわざ話題にもしないし当然か。

 新作の協力型ゲームが発売された直後とかは夜に通信でやったりもしたが、最近はそんなこともしてないしな。


「……現状を変える……か」


 何もしなけりゃ何も変わらない。だったらまずは少しでも行動する。今俺がそのためにできるのは……。

 適当に机の上に投げてたスマホが目に入る。


「電話……してみるか? いや、電話は急過ぎか? まずはメッセージ送るとか……って、なんてメッセージ送るんだよ。『今何してるんだ?』なんて送った所でなんでそんなこと聞くんだって話だしな。電話しても同じようなもんだが。でも電話の方が話しやすい気はするんだよなぁ。いや、ビビるな俺。電話するくらいでビビってたら告白なんて夢のまた夢だ」


 そして、俺は思いきって通話のボタンを押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る