第12話 誰かと付き合うということ
〈綾乃視点〉
晩ご飯の後、オレは自分の部屋に戻って弟の幸太と電話していた。
話す内容は最近学校でどうなのかーとか、新クラスの担任が誰で、どんな人がいるとかそんな他愛の無い話ばっかりだ。
そんな話をしてる内に、話題は今日の朝に零斗が水沢君と話していたような内容になっていった。
「それでどうなの? 中学二年生になって幸太は好きな人できたりした? クラスに可愛い子いたりしないの?」
『ぶっ!? いきなりなに聞いてきてんだよ! 飲んでたお茶吹き出しただろうが!』
「えー、もう汚いなぁ」
『誰のせいだと思ってんだ!』
「そんなに変なこと聞いたかな?」
『いきなりそんな話ぶっ込んで来るやつがいるか!』
「でも幸太ももう中学二年生だし、好きな人くらいいるかなーって。ほら、私が中学二年生の頃には付き合ってまーすみたいな人達もいたし」
『知るかそんなこと。いねーよ別に好きな奴なんて』
「ほんとにー? 由香ちゃんは?」
由香ちゃんとは幸太の幼なじみで、幸太とは一番仲の良かった女の子だ。中学生になって幸太が思春期真っ盛りって感じになっちゃったから、最近どんな関係なのかは知らないけど。
『ゆ、由香は関係ないだろうが!』
くくく、初心な奴め。その反応で由香ちゃんのことをどう思ってるか丸わかりだ。
「そっかそっかぁ。青春だねぇ」
『勝手になっとくすんな! 言っとくけど、俺は由香のことなんて別に……別になんとも思ってねぇんだからな!』
「今一瞬言い淀んだね」
『うっせぇ! そういうそっちこそどうなんだよ!』
「え? 私? 私はないない、そういうのは……だって、ねぇ?」
オレは『性転換病』だ。いくら今女の姿してたって、元は男。そんな奴がまともな恋愛できるとは思えない。
女として生きていくことを決めたからって急に恋愛対象が男になるわけじゃないし。そもそも初恋だってまだなんだ。
誰かを好きになるって言うのがどんな感覚なのか全然わからない。
『確かに綾姉さんは普通とは違うか。普通の恋愛ってのは難しいのかもな』
「そうそう。誰と付き合うことになったとしてもこの病気のことについて話さないといけないわけだし。そうなったら付き合えないって人は多いと思うよ」
実際、『性転換病』の患者の恋愛は上手くいってないことが多いらしい。恋人が『性転換病』になって別れたケースとか逆に好きになった人が『性転換病』の人でそれが理由で付き合うのをやめたとか色んな事例があるらしい。だから中には『性転換病』だってことを黙ってる人もいるみたいだけど。
オレの主治医である愛園先生は、隠すのはおすすめしないけど、もし隠すなら一生隠しきる覚悟がいるみたいなことを言ってた。
『じゃあ綾姉さんが付き合えるとしたら、『性転換病』の患者だってことを知ってもなお引かずに好きになってくれる人ってことか』
「口で言うのは簡単だけど、そんな人滅多にいないからね。友達としてならまだしも恋人にできるかっていうとまた別の話だし」
『でも綾姉さんモテるんだろ? だったら一回くらいお試しで誰かと付き合ったらいいんじゃねぇのか?』
「私がモテるって、それ誰から聞いたの?」
『朱姉さんから』
「だと思った……ま、確かに告白されることは多いけどさ。それは表の私しか見てないわけだし。そんな人と付き合っても疲れるだけでしょ。そもそも付き合うつもりなんて微塵もないけど」
オレに告白してくる奴なんて全員そうだ。完璧な生徒会長のオレしか見てない。それしか見せてないから当たり前だけど。
『まぁそうか。誰かと付き合ったりしたら考えが変わったりするんじゃないかと思ったんだけどな』
「そういう考えは不誠実だから。幸太、まさかとは思うけどそんな無責任な考え方で由香ちゃんと付き合うつもりじゃないよね」
『んなわけないだろ! 由香のことはちゃんと……って待て! なんで俺が由香と付き合うことになってんだよ! 由香のことはなんとも思ってないって言ってるだろ! あんまくだらないこと言ってると電話切るぞ!』
「ごめんごめん、もう茶化さないからさ。まぁでも実際問題、色々と中途半端な私と付き合いたいなんて人はいないと思うよ」
『どーだかな。ところでさ、俺も聞きたいことあるんだけど。その……』
幸太の声がワントーン下がる。それだけで何を聞こうとしてるのかわかってしまった。
衝動的に電話を切りそうになるのをグッと堪えて、言葉の続きを待つ。
『その、春兄とは――』
「高校入ってから連絡取ってないよ。家が近いんだから、そっちの方が良く知ってるんじゃない?」
『いや、俺も中学になってからほとんど話せてなくて。やっぱりまだ……』
「さぁね。向こうも忙しいんじゃない? 高校生だし、色々やることもあるだろうしね。私も私で生徒会長として忙しいわけだし」
『そっか。ごめん、変なこと聞いた』
「いいよ。別に気にしてないから」
嘘だ。今でもまだ心の奥底にこびりついてる。あの心底から冷えるような感覚を。
『やっぱり綾姉さんがそっちの高校に行ったのって。いや、ごめん。なんでもない』
「まぁとにかく、幸太も元気そうで良かった。また何かあったらいつでも連絡してよ」
『何かあったらな。そっちこそあんまり気張り過ぎるなよ。まぁ朱姉さんいるから大丈夫だと思うけど。じゃあな』
「うん、おやすみ幸太」
そう言って電話を切る。
幸太元気そうで良かった。あの感じだと中学生活も順調みたいだし。
勉強の方は……由香ちゃんがいるから大丈夫かな。
「急いで切ったのバレちゃったよね」
最後、自分の態度が変だったのは自覚してる。でも仕方なかった。あの時のことを思い出したくないから。
心が冷える。急に寂しくなってしまった。まるで自分が一人だけ取り残されたみたいな。そんな感覚に襲われる。
「結局オレは……私は……」
塞ぎ込みそうになったその瞬間だった。着信音が鳴り響き、驚いたオレは思わずスマホを落としそうになる。
「誰? もしかして幸太? 何か言い忘れてたことでもあったのかな」
だが、ディスプレイに表示された名前を見てオレは驚きに目を見開いた。
『白峰零斗』。そこにはそう表示されていたから。
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