第11話 零斗の妹

「ただいまー」

「あ、お帰りなさい兄さん」


 家に帰ってきた零斗を迎えたのは、妹の菫だった。

 パタパタとスリッパを鳴らしながら玄関までやってきた。


「ちょっと遅かったね。何かしてたの?」

「あぁ、ちょっと生徒会の用事でな。何かあったのか?」

「ううん、大丈夫。それならいいの」


 零斗と菫は兄妹ではあるが、あまり似てはいなかった。紫色の髪を背中の辺りまで伸ばしている。眠たげに細められた目の色だけは同じ黒だった。

 身内のひいき目を抜きにしても美人に育ったと零斗は思う。今年から零斗と同じ学園に通っているのだが、変な虫が近づかないかと気が気ではなかった。


「荷物持とうか?」

「そこまで気にしなくて大丈夫だ。とりあえず着替えてくる」

「わかった。それじゃあお茶の用意して待ってるから」


 そう言って菫はリビングの方へと戻っていった。その様子を見て零斗は笑みを浮かべる。


「ホント、俺にはもったいないくらいにいい妹になったもんだ」


 そんな妹に恥じないような兄になろうと思っている零斗だが、なかなかどうして現実は上手くいかない。綾乃に誘われて生徒会に入って副会長をやっているからこそなんとか面目を保てていると零斗は思っている。

 もちろん菫は零斗が生徒会に入っていようが入っていなかろうが関係ないのだが、兄心は複雑なのである。


「ま、そう考えると綾乃に感謝しないといけないことは多いな。生徒会のことにしても勉強にしても」


 零斗はそのまま部屋に戻ると手早く着替えてリビングへと戻る。菫はそのタイミングを計っていたかのように、零斗がリビングに入ってきたタイミングでお茶と茶菓子を机の上に置いた。


「紅茶だけど。良かったよね」

「あぁ、大丈夫だ」


 これも白峰兄妹の日課のようなもの。一緒にお茶を飲みながら、その日一日のことについて話し合う。両親が多忙でなかなか家に居ないからこそ、零斗はできる限り話を聞くようにしているのだ。

 そして今日の話題はもちろん菫の学校生活についてだった。

 

「クラスはどうだ? 馴染めそうか?」

「ふふ、兄さんのその質問お父さんみたい」

「う、仕方ないだろ。気になるもんは気になるんだから。特にお前は俺と同じで外部入学になるわけだしな」


 高校から入ることになる外部入学の生徒。その一人が菫だった。外部入学生だからいじめられるなどということは無いが、内部進学の生徒達はすでにグループを作っていたりする。後からそのグループに入るというのは大変なのだ。

 だからこそ内部進学生は内部進学生同士、外部入学生は外部入学生同士で集まる傾向にある。

 綾乃も零斗もなんとかしたいとは思っているからこそ、去年はいくつかのイベントを行ったりもしたのだが、その効果があったかどうかはまだ判然としていない。


「友達はできたよ」

「もうできたのか! 誰だ? どんな奴なんだ?」

「そんな食い気味にこなくても。えっと、高原さんっていう人なんだけど。教室で一人で本読んでたわたしに声をかけてくれて」

「そうか。良かったな……って、ん? 高原? そいつってもしかして下の名前蘭じゃないか?」

「そうだよ。生徒会に所属してるって言ってたからもしかして知ってるかもって思ったけど、やっぱり知ってたんだ」

「あー、そうか。あいつなのか。同じクラスだったのか」


 菫にできた友人が蘭であるという事実に驚きを隠せない零斗。菫に友人ができて嬉しい反面、なんとも言えない複雑な感情が零斗の中に渦巻いた。


「えっと、俺のことは気づいてるのか?」

「たぶん気づいてないんじゃないかな。言おうと思ったけど、タイミングを逃しちゃって」

「あいつは一気にまくし立てるように話すタイプだからな。ま、言うのはタイミングがあったらでいいんじゃないか?」

「じゃあそうする。ねぇ、さっきからわたしのことばっかり話してるけど兄さんの方はどうなの?」

「俺か? そうだな。一年生の頃は色々と苦労したけど、もう二年生だしな。クラスメイトも知った奴が多いし。そう考えたら意外と新鮮さはないかもしれないな」

「そうなんだ……ねぇ、今年は会長さんも一緒なの?」

「綾乃か? あぁ、今年は同じクラスだぞ」

「そうなんだ……」

「それがどうかしたのか?」

「ううん、兄さんからよく話は聞くけど、どんな人なのかなってすごく気になってたから。今年の入学式で見た時びっくりしちゃった。あんなに綺麗な人なんだね。クラスの男子も会長の話ですごく盛り上がってた」

「あー、そういや去年も似たようなことあったな」


 去年零斗が入学した時、他クラスであったにも関わらず綾乃の存在は伝聞してきた。

 

(あいつを初めて見た時は芸能人かと思ったくらいだしな。まさかその正体があんな奴だとは思わなかったが)


「菫から見て綾乃はどんな風な印象なんだ?」

「印象……さっきも言ったけど、すごく綺麗な人だなって。陳腐な言い方になるけど、生徒会長って感じがした」

「ま、そう見えるよな」

「兄さんは違うの?」

「違うわけじゃないんだが。近くにいるとまた違って見えるのも確かだな」

「じゃあ兄さんから見て生徒会長はどんな人なの?」

「俺から見て……か。改めて言われると難しい気もするが」


 菫に問われて零斗は考える。自分から綾乃がどう見えているのかを。

 自問自答を繰り返した後、零斗の中に残ったのは単純な答えだった。


「見てて飽きない奴だな」

「どういうこと?」

「去年あいつと会ってから、そりゃまぁ色んなことがあってな。この俺が生徒会なんてのに入ることにもなったわけだ。それまでの俺からしたらあり得ないことだろ?」

「そうだね。兄さんは生徒会って柄じゃないもの」

「でもあいつと出会って、俺の生活は刺激に溢れるようになった。他の奴から見たら完璧超人みたいに見えるのかもしれないけど、俺からしたらとんだ間違いだな。場当たり的だし、無茶ぶりしてくるし。そりゃもう大変だった」


 愚痴のようなことを言う零斗だが、その表情は不思議と綻んでいた。綾乃と一緒に駆け抜けてきた半年を思い出していたのだ。


「あいつの隣にいただけで、俺の生活は驚くぐらい変わったよ。だからこれからも、あいつの隣にいれたらいいなって、そう思ってるよ」

「兄さん……」


 その笑顔を見て菫は悟ってしまった。零斗の心が誰に向いているのかということを。


「そっか。そうなんだね兄さん」

「どうしたんだ?」

「なんでもない。ねぇ兄さん、わたし今度生徒会長に会ってみたいな」

「会いたいって、なんだよ急に」

「わたしもお話してみたいなって、そう思ったの」

「んー、まぁいいか。菫が誰かに興味を持つのも珍しいしな。また時間がとれないか綾乃に聞いとくよ」


 深く考えず、呑気にそう答える零斗。

 だが零斗は気づいていなかった。菫がどんな考えでもって綾乃に会いたいといったのかと言うことを。そして綾乃と菫の出会いが何を引き起こすかということを。

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