第10話 答えの見つけ方
ガチャリと玄関の開く音がして、朱音は綾乃が帰って来たことに気づいた。
そしてふと自分の姿を見る。ソファに寝転がったような姿勢で、短パンにタンクトップというおおよそちゃんとしてるとは言えない姿。
絶対に怒る。綾乃は怒る。瞬時にそう悟った朱音だったが、すぐにまぁいいかと諦めた。
諦めも時として大事なのだ。決して面倒くさかったとか、そんな理由ではない。
「ただいまーってぇ!? なんて格好してるの姉さん!!」
「んー、おはえりー」
ほれ見たことかと、思い通りの反応をした綾乃に内心ほくそ笑む。本当に反応が読みやすいというか、わかりやすい子だと朱音は思っていた。
学園では完全無欠の生徒会長としてやっていても、朱音にとっては一人の可愛い妹でしかないのだ。
「アイス食べながら返事しないで!」
「んぷ、もー、堅いこと言わないでよー。なんか生徒会長になってから性格まで堅くなってない?」
「姉さんが自堕落過ぎるだけだから。全くもう。ちゃんと服着てよ。いくら家の中だからってだらしないでしょ」
「いいじゃん女同士なんだしー。それに見られて減るようなものでもないし」
「姉さんの女子力は確実に減ってると思うけどね。まったくもう。そんな姿、もし修兄に見られたら幻滅されるよ」
「修なら大丈夫。あたしのこと愛してるし」
「それは修兄が言うことであって姉さんから言うことじゃないと思うんだけど」
「ところで、なんで今日はもう帰ってるの? まさか仕事クビになったとか!?」
「そんなわけないでしょ。午後休よ午後休」
「なんだ。それならいいんだけど」
綾乃も本気で言ったわけじゃない。朱音の優秀さや外面の良さは知っていたからだ。
そのまま綾乃はリビングを出て行く。
着替えたらすぐに戻ってくるだろうと思った朱音は事前に買っておいた綾乃用のアイスを冷凍庫から持って来た。
そして、それからほとんど間を置かずに綾乃が戻って来た。来ているのは朱音が綾乃に買い与えたルームウェアだ。ふわもこ素材の可愛らしいさを全面に押し出した服。完全に朱音の趣味だ。
最初こそ綾乃は嫌がっていたが、着心地が良かったのは今ではもう何も言わなくなった。
「はいこれ。綾乃も食べるでしょ」
「ありがと」
「なんかたまに食べたくなるのよねー、パリパリ君って。今日も帰りにコンビニで見かけてさ。つい買っちゃった」
パリパリ君は昔から綾乃の好きだったアイスだ。よく一緒にコンビニに行くとねだられた。今でもたまに買って帰ってこっそり食べてるのを朱音は知っている。
「気持ちはわかるけどね。オレもたまに食べたくなるし」
「む、綾乃?」
パリパリ君が嬉しかったのか、ポロッと『オレ』と言ってしまった綾乃に注意を飛ばす。
しまった、という顔をした綾乃は慌てて言い直した。
「わ、私! これでいいでしょ」
「そうそう。家の中でもちゃんと意識しないとダメよー。そういうの外で出るんだから」
普段はゆるゆるな朱音も、そこだけは厳しい。綾乃が女として生きていくと決めた以上、その手助けをするのが姉としての役目だ。だから綾乃がおおよそ女の子らしくないことをした時は注意するようにしていた。
「そんな自堕落な格好してる姉さんには言われたくないけど」
「あたしのことはいいから。とりあえず座ったら?」
「むぅ……」
ソファに座ってアイスを食べ始める綾乃。この姿を写真に収めて売れば金になるのでは? などと益体の無いことを考えながら朱音はいつ切り出そうかと考えていた本題に入る。
「で、何があったわけ?」
「え?」
きょとんとした顔をする綾乃だが、朱音にはわかっていた。綾乃の表情を見ればすぐにわかるのだ。伊達にずっと姉をしてきたわけではない。
「え? じゃなくて。学校で何かあったんでしょ? 顔見たらそれくらいわかるから。なんでも相談してみなさい。そうねー、綾乃に限ってテストに失敗したってことはないと思うし。友達と喧嘩したって感じでもない。となると……男ね?」
「ぶっ!? きゅ、急に何言い出すの!」
「その反応は図星ね。ホントに綾乃は昔からわかりやすいわねー」
「~~~~~っっ」
顔を真っ赤にして俯く綾乃。思わず抱きしめたくなるほど可愛かった。が、しかしそんな気持ちはグッと堪えて朱音は続きを促す。
「確かにオ……私の今の悩みは同級生の男の子が原因だけど。決して姉さんが思ってるようなことじゃないから」
「えー、あたしが思ってることって何よ。まだお姉ちゃん何も言ってないけど~?」
「く、こ、この……もう知らない!」
「あははは、ごめんごめん。そんなにふて腐れないで。相談に乗ってあげるって言ったのは本当だから」
「……誰にも言わない?」
「言わないって。馬鹿にしたりもしない。お姉ちゃんはいつだって綾乃の味方なんだから」
「わかった。じゃあ話す」
もじもじと指先を弄りながら綾乃は話し始めた。
「えっと……同じ生徒会の人なんだけど……」
「あぁ、零斗君ね」
「なんでわかるの!」
「だって綾乃、いつもその人のことばっかり話すじゃない。今日は零斗と何したー、これしたーって。なるほど、やっぱり今回も零斗君なんだ」
いつもいつも零斗の話ばかりされるので、気づけば会ったこともないのに朱音は零斗について詳しくなってしまっていた。
「で、その零斗君がどうしたの?」
「その……別に零斗に何かされたとかってわけじゃないんだけど。なんかこう、もやもやすると言うか」
「もやもや?」
「うん。なんでかはわからないんだけど」
「どういう時にもやもやするの?」
「どういう時? どういう時なんだろ……うーん……今日もやもやしたのは、零斗が友達とどんな子が好みかって話をしてる時だったかも」
「そっかそっか。なるほどねー」
「どうしてかわかる?」
「そうねー。わからなくもないんだけど……」
朱音は綾乃のその気持ちに思い当たる節はあった。綾乃の求める答えを教えるのは簡単だろう。だが、それでは綾乃のためにはならないと朱音は判断した。
大事なのは自分で気づき、知ることだ。
「ふふっ」
思わず朱音は笑みを浮かべ、そして同時に零斗に感謝していた。
綾乃に確かな変化をもたらしてくれた零斗に。
「その答えは自分で知るべきかもね」
「なにそれ。せっかく相談したのにそれじゃ意味ないし」
「意味ないってことはないでしょ。あたしは綾乃の成長を感じれて嬉しかったよ」
「悩みを相談しただけなのに成長とか、意味わかんない」
「怒らない怒らない。そうね、あたしから一つ言えることがあるなら……ちゃんと向き合うことかな」
「向き合う? 零斗と?」
「そう。そのもやもやの答えも、零斗君と一緒に居たらいつかわかるようになると思うよ」
「そう……なのかな」
「お姉ちゃんの言うことを信じなさいって」
「……わかった」
「素直でよろしい。ねぇねぇ、今度その零斗君連れてきてよ。お姉ちゃんも会ってみたい」
「えぇ!? 絶対やだ!!」
「なんでよー。いいじゃない。綾乃のお友達に会ってみたいだもん。いずみちゃんとか更紗ちゃんには会わせてくれたじゃない」
「それはそれ。零斗と会わせるのはまた話が違うって!」
「ケチ~。まぁそれじゃあ、連れてくるのは綾乃の気が向いたらってことで」
「連れて来ないから!」
結局、胸中に湧く『もやもや』の答えを得ることはできなかった綾乃だったが、その答えに気づく日はそう遠くない未来にまで迫っていることはまだ知らなかった。
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