第9話 家の中ではだらけた姿でいるタイプ

〈綾乃視点〉

 

 家に帰りながら、生徒会室でのことを思い出す。


『零斗は私のこと――』


 あの言葉の先。オレが言おうとしてたのには……。


「っっ!!」


 カァっと頬が熱くなる。

 あの時オレは勢いに任せてなんてことを言おうとしてたんだ。

 冷静になってみれば高原さんが乱入してくれて良かったのかもしれない。じゃないとオレはあのままとんでもないことを口にしていただろうから。

 でもなんで、どうしてオレはあんなこと言おうとしたんだ。

 それは明らかに“友達”としての領分を超えた質問だ。

 でももし聞いてたら……。


「何か、変わってたのかな」


 この世界にたらればは無い。そんなのはオレが『性転換病』に罹った時に嫌ってほど思い知らされた。それでも考えずにはいられなかった。


「はぁ、やめやめ。考えたってしょうがないし。あ、そうだ。帰ったら幸太にも電話しないと。最近忙しくて電話してあげて無かったし。近況も聞いとかないと」


 幸太は三つ下の弟だ。今年で中学二年生になる。オレは訳あって一人暮らしをしてた姉さんと同居してる。忙しくてなかなか会えないから、たまには連絡してやらないとな。

 最近はちょっと反抗期に入ってるのか嫌がられることもあるけど……まぁそんな思春期の悩みもできれば相談して欲しいんだけど。

 オレの家は愛ヶ咲学園から十五分ほど歩いた場所にあるマンションだ。近くには大きなスーパーもあるし、駅も近い、セキュリティもしっかりしてるし、かなり住みやすい場所だ。

 エントランスから入ってカードでオートロックを解除してから部屋へと向かう。そのまま十階にある家へと向かった。


「……あれ? もう開いてる。もしかして姉さんがもう帰ってきてるのかな」


 玄関を開けると、案の定というか姉さんの靴があった。

 もう仕事終わってたんだ。


「ただいまーってぇ!? なんて格好してるの姉さん!!」

「んー、おはえりー」

「アイス食べながら返事しないで!」

「んぷ、もー、堅いこと言わないでよー。なんか生徒会長になってから性格まで堅くなってない?」

「姉さんが自堕落過ぎるだけだから。全くもう」


 タンクトップ姿でソファに寝そべりながらアイスを食べてる姉さん、いや愚姉。桜小路朱音。間違いなくオレと血の繋がってる姉だ。

 昔は今のオレと同じ黒髪ロングだったけど、大学に入った時にセミロングくらいの長さに切って、茶髪に染めてからはずっとそのままだ。

 自分の姉を持ち上がるのは気が引けるけど、身内のひいき目を抜きにしてもかなりの美人だと思う。まぁその美人っぷりも今のこの姿で台無しなんだけどさ。

 働いてる時のスーツ姿はカッコいいのに。


「ちゃんと服着てよ。いくら家の中だからってだらしないでしょ」

「いいじゃん女同士なんだしー。それに見られて減るようなものでもないし」

「姉さんの女子力は確実に減ってると思うけどね。まったくもう。そんな姿、もし修兄に見られたら幻滅されるよ」

「修なら大丈夫。あたしのこと愛してるし」

「それは修兄が言うことであって姉さんから言うことじゃないと思うんだけど」


 修兄というのは姉さんの恋人だ。幼なじみで、そのまま付き合いだして今に至る。ホントよく姉さんなんかと付き合えるよ。確かに姉さんは美人かもしれないけど、残念美人だし。


「ところで、なんで今日はもう帰ってるの? まさか仕事クビになったとか!?」

「そんなわけないでしょ。午後休よ午後休」

「なんだ。それならいいんだけど」


 とりあえずオレも着替えてくるか。いつまでも制服だと疲れるし。

 自分の部屋に戻ったオレはパパッと部屋着に着替える。

 

「んー、制服脱ぐと開放感あるなー、やっぱり」


 制服を着てる間は生徒会長らしくあろうとするからなのか、どうしても気疲れするし。

 動きやすい格好がいいよね、やっぱり。だからって姉さんほど着崩すつもりはないけど。


「はいこれ。綾乃も食べるでしょ」

「ありがと」


 リビングに戻ると姉さんがアイスを渡してきた。さっき姉さんが食べてたのと同じものだ。

 あ、パリパリ君だ。しかもオレの好きな味だし。


「なんかたまに食べたくなるのよねー、パリパリ君って。今日も帰りにコンビニで見かけてさ。つい買っちゃった」

「気持ちはわかるけどね。オレもたまに食べたくなるし」

「む、綾乃?」

「わ、私! これでいいでしょ」

「そうそう。家の中でもちゃんと意識しないとダメよー。そういうの外で出るんだから」

「そんな自堕落な格好してる姉さんには言われたくないけど」

「あたしのことはいいから。とりあえず座ったら?」

「むぅ……」


 言われるがままに姉さんの正面のソファに座る。そのままアイスを食べてると、不意に姉さんが口を開いた。


「で、何があったわけ?」

「え?」

「え? じゃなくて。学校で何かあったんでしょ? 顔見たらそれくらいわかるから。なんでも相談してみなさい。そうねー、綾乃に限ってテストに失敗したってことはないと思うし。友達と喧嘩したって感じでもない。となると……男ね?」

「ぶっ!? きゅ、急に何言い出すの!」

「その反応は図星ね。ホントに綾乃は昔からわかりやすいわねー」

「~~~~~っっ」


 この見透かされてる感じ、めちゃくちゃ腹が立つ。

 でも実際今オレが抱えてる悩みは零斗が原因だから、姉さんの言うこともあながち間違いじゃないのが悔しい。


「確かにオ……私の今の悩みは同級生の男の子が原因だけど。決して姉さんが思ってるようなことじゃないから」

「えー、あたしが思ってることって何よ。まだお姉ちゃん何も言ってないけど~?」

「く、こ、この……もう知らない!」

「あははは、ごめんごめん。そんなにふて腐れないで。相談に乗ってあげるって言ったのは本当だから」

「……誰にも言わない?」

「言わないって。馬鹿にしたりもしない。お姉ちゃんはいつだって綾乃の味方なんだから」

「わかった。じゃあ話す」


 そしてオレは渋々姉さんに悩みを相談した。

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