第8話 気になること、知りたいこと

〈綾乃視点〉


 放課後。実力テストが終わりオレと零斗はいつものように生徒会室へとやって来ていた。

 今部屋にいるのはオレと零斗だけだ。特に仕事もないし、他の役員達には事前に今日は休みだって伝えてある。そう伝えとけば誰も生徒会室には来ないだろうし。

 生徒会室に来た理由は特にない。教室とかよりも話すのにちょうど良かっただけだ。オレの家は色々あって使いたくないし、零斗の家は遠いしな。


「んーっ、さすがにいきなりテストっていうのは疲れるよねぇ」


 生徒会長にのみ座ることが許されたなんてわけじゃないけど、やたらとフカフカの椅子に座ったオレは思いっきり伸びをする。

 実力テストがあるのは前からわかってたことだけど、それでも一日テストだとさすがに疲れる。生徒会長ともなればなおさらだ。

 別に一位を取れとか言われるわけじゃないけど、やっぱり生徒会長としてそれなりの成績は求められる。具体的には一桁くらいの順位は目指そうねって感じだ。

 今回の手応えはそこそこだったから、まぁ大丈夫だとは思うけど。問題はオレじゃなく零斗の方だ。


「零斗はテストどうだったの?」

「俺にそれ聞くか?」

「聞くよ。生徒会長だもん」

「そうだな……まぁまぁって感じだよ」

「曖昧だなぁ。前回よりは上がってそう?」

「どうだろうな。微妙な気がする」

「ダメじゃん」

「自覚してる。けどしょうがないだろ。テストは嫌いなんだ」

「テストが好きな人なんてそうそういないと思うけどね。でも副会長なんだから、せめて50位以内には入っててほしいなとは思う」

「またキツイ条件を……」

「これでもだいぶ妥協してるんだけど。っていうか、そんな自信ないでーすって状態だったのに朝から女の子の話なんかしてたんだ」

「うっ……」

「あの子がいいとかこの子がいいとか、まぁ思春期だし? そういう話したい気持ちはわかるけど。でも、あぁいう話はもっと場所を選ばないと。他の子だっているんだから」

「いや、俺がしてたんじゃなくて司の奴が」

「言い訳しない。まったくもう、副会長として情けないんだから」


 オレも元男だ。可愛い女の子の話で盛り上がるのはまぁ理解できる。理解はできるけど、だからって納得はできない。水沢君はまぁそういう人だからわかるんだけど、零斗が嬉々として——少なくともオレにはそう見えた——女の子の話をしてるのを見ると……なんかこうモヤモヤするものがあるっていうか。


「なんでそんなに怒ってるんだよ」

「別に怒ってないし」

「いや怒ってるだろ」

「怒ってないっ」


 朝のモヤっとした感覚を思い出してつい言い方がきつくなる。

 ちょっと言い過ぎたか? いやでもあれは零斗が悪い。あんな話を教室で……。


『ちなみにお前はこのクラスだったら誰が好みなんだよ』


 不意に水沢君の言葉を思い出す。

 あの時は零斗の答えを聞けなかったけど……。

 チラッと零斗の方に視線を送る。零斗はすっとぼけたような顔でオレの方を見ていた。


「ん? どうした?」

「な、なんでもない。なんでもないけど……」


 確かにうちのクラスには可愛い子とか綺麗な子が多い。うちのクラスに限った話じゃないけど。今朝あった夢子ちゃんとかもそう。なんか可愛い子が多い印象がある。

 だからきっとその中の一人くらい零斗の好みの子がいるはずなわけで……。

 ズン、と胸が重くなる。知りもしないその子に零斗が笑顔を向けてるのを想像しただけなのに。

 別に零斗が誰のことを好きになったって、どんな子が好きだったってオレには関係ないことだ。オレと零斗はただの友達同士なんだから。

 でも、友達同士なら……どんな子が好きか聞いてもおかしくない……よね? うん、おかしくないはずだ。

 よ、よし。


「ね、ねぇ零斗」

「なんだ?」

「その……今朝の話のことなんだけど」

「だからそれは司の奴が」

「そこはもうどうでもいいから。それでね、好みの女の子について……話してたじゃない?」

「あ、あぁ。それが?」

「えっと……深い意味はないよ。深い意味はないんだけど……零斗ってどういう子が好きなのかなぁって」

「ぶっ! ゲホゲホッ、きゅ、急に何言い出してんだよ!」


 零斗が飲んでいたお茶を吹き出してむせる。

 自分でもおかしなことを聞いてるのはわかってる。でも、一度聞いてしまったことを無しにはできない。


「だ、だから別に深い意味はないんだって! その友達としてね。雑談的な感じで、ちょっと気になったから聞いただけで」


 自分でもわけがわからないくらい心臓がバクバクいってる。こんな話中学生の時は友達といくらでもしてきたのに。相手が零斗だって言うだけでこんなに緊張するなんて思いもしなかった。


「好きな子とか、急に聞かれてもそんなの……」

「れ、零斗にだって好きなタイプくらいあるでしょ。別に明確に誰って言う必要はないけど、こんな感じの子がタイプなんだーっていうやつ」

「それはまぁ……ってか、そんなの聞きたいか?」

「わりと興味あるけど。興味なかったらこんなこと聞かないし。でもそんなに言い難いってことは……も、もしかしてだけど、いるの? 好きな人」

「っ! はぁっ!?」

「だって、そうじゃないなら言えるでしょ? 黒髪ロングで頭が良くて胸の大きさはそこそこだけど形は良い美乳系の清楚な雰囲気を漂わせる娘が良い、とかさ」

「……なんか今めちゃくちゃ具体的な想像してなかったかお前」

「そんなこと無いよ。あくまで一例だから」

「なんかすげぇ圧を感じるんだが。でもそうだな。好きなタイプか。改めて言われると難しいというか……」


 零斗の顔を見ると、ほんとに言い難いんだってことが伝わってくる。

 まぁこういう話題が苦手な奴もいるだろうし、零斗もそのタイプなのかもしれない。

 だったら別に無理に聞き出す必要なんて……。


「ね、ねぇ」

「なんだよ」

「それじゃあ言わなくていいから一つだけ教えて欲しいんだけど」


 心臓がバクバクとこれ以上ないほどに早鐘を打つ。自分の言葉を自分で制御できない。


「零斗は私のこと――」

「お姉さま!!」

「「っ!?」」


 バンッ、と生徒会室の扉が荒々しく開かれ庶務の高原さんが部屋の中へと飛び込んできた。

 言いかけてた言葉も引っ込み、オレ達の視線は入って来た高原さんへと集中する。


「えっと、高原さん? どうかしたの? 今日は生徒会は休みだって伝えてたとはずなんですけど」

「はい! だから来ました!」

「……はい?」


 なに言ってんだこいつは。休みって言葉の意味をわかってないのか?

 計ったかのようなタイミングで入ってきた高原さんに邪魔されたせいで話が途切れたオレは若干苛立っていた。


「お姉さまはきっと生徒会室に寄って帰られるだろうと思って。あわよくばお姉さまと二人きりに♪ なんて思っていたんですけど。どうやら別の意味で来たのは正しかったみたいですね」


 オレに向けてた視線とは一転して、虫でも見るような目で高原は零斗のことを睨み付ける。

 こいつ、なんでか知らないけど零斗のこと嫌ってるんだよな。


「なんであなたがいるんですか白峰先輩!」

「なんでって言われてもな。これでも生徒会役員だし」

「今日は休みだって言われてたじゃないですか!」

「その言葉そっくりそのままお前に返すけどな」

「くぅ、ああ言えばこう言うんですから」


 当の零斗はといえばもう慣れたもんだ。高原さんはいつもこんな感じで零斗に突っかかってるし。


「…………」


 あーだこーだ言う高原さんを軽く受け流す零斗。その光景を見てるとじゃれついてくる子犬と戯れる飼い主のように見えなくもない。そんな微笑ましい光景じゃないかもしれないけど。

 でも、なんだろう。楽しそうにしてる二人を見てるとムカムカしてきた。


「あの、高原さん? 私に何か用事があったんじゃないんですか?」

「あ、そうでした! 白峰先輩なんかに構ってる暇はないんです! あの、お姉さま、もしよろしかったらこの後一緒にお茶でもしませんか? 実は最近いい喫茶店を見つけたんです。雰囲気のあるお店で、ケーキも美味しくて。きっとお姉さまも気に入ると思うんです!」


 なるほど。そういう誘いだったのか。でも、うーん……今日はちょっとそういう気分じゃないな。


「ごめんなさい。今日はこの後用事があって。また今度でいいですか?」

「そうですか……それなら仕方ないですけど。ん? 今度? 今度は一緒に行ってくれるんですか?」

「えぇ、予定が空いていればですけど」


 落ち込み顔から一転、ぱぁっと表情を明るくする高原さん。ほんとにコロコロ表情が変わるなこの子は。


「やった! デートの約束!」

「デート!?」


 どこをどうしたらそこまで話が飛躍するんだ。本格的にこの子の思考が理解できない。


「そうと決まれば今からもっとリサーチしないと。それじゃあお姉さま、と、一応白峰先輩も。今日は失礼します。お姉さま、今度絶対ですからね! 約束ですからね!」


 こっちの返事も待たずに高原さんは部屋を出て行った。なんていうかホントに嵐みたいな子だ。かき回すだけかき回して帰るとは。


「なんだったんだろう」

「あいつにしてはいつものことだろ」


 再び部屋の中はオレと零斗だけ。でもさっきの話の続きをできるような雰囲気じゃない。

 はぁ、ホントに余計なことをしてくれたっていうか。

 でもなんだろう。ちょっとだけ安心してる自分もいる。


「えーと……私達も帰ろっか」

「そうだな」


 結局、高原さんの乱入で話を続けるって雰囲気でも無くなってしまったオレ達はそのまま帰ることにしたのだった。

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