第7話 馬鹿な会話は意外と聞こえてる
〈零斗視点〉
朝の教室。二年生になってもこの朝のダルさだけは変わらないな。
「ふぁあああ」
思わず欠伸が出る。綾乃の奴に見られてたら確実に怒られるな。
「おっすー、零斗。早いじゃねぇか」
「おっと」
急に後ろから肩を叩かれる。
そこに居たのは見知った顔だった。
「誰かと思ったら司かよ。はぁ」
「はぁってなんだよ。ため息吐くことないだろ」
そこにいたのは髪を茶髪に染めた男子、水沢司だった。
その見た目通りチャラい系の奴ではあるけど、まぁ悪い奴じゃない。一年生の頃からの付き合いだが、なんだかんだ助けてはもらってるしな。
そういえばこいつも同じクラスだったか。また騒がしい一年になりそうだな。
「今日の実力テストだるいよなー、なんで二年生になって早々にテストなんだって話だよ」
「いきなりじゃないだろ。一応一時間目は自己紹介とかに使うらしいし。なにより今回の実力テストは国語と数学と英語の三教科だけだしな」
「それが一番嫌なんじゃねぇか」
まぁ気持ちはわからなくもない。そもそも俺だってテストなんか好きじゃないしな。とはいえ悲観するほどかと言われればそうでもないってのが正直な所だ。
「なんだよ零斗、すいぶん余裕そうだな。もしかして勉強しやがったのか?」
「ま、多少はな」
「お前が自分から勉強……いや待て! わかったぞ! 桜小路さんだな! 桜小路さんと一緒に勉強したんだろ!」
う……鋭い奴め。
確かにこいつの言う通りだ。春休みの時に綾乃から誘われて一緒にテスト勉強した。
なんでも生徒会長として情けない点数は取れないとかで。でも一人で勉強するのは嫌だからって理由で俺も巻き込まれたんだ。
最初は面倒だったが、わからないところはあいつが教えてくれたし、そのおかげでまぁまぁな点数を取れる自信はある。
「その顔は図星だな! なんて羨ましいやつだ! あの桜小路さんと一緒にテスト勉強ができるなんて! あぁ、きっとわからない所は優しく教えてくれるんだろうな。ここの解き方はこうですよ、なんて言って。自然に近づく距離、ふわりと香る花の匂い、高鳴る心臓の鼓動は止まることを知らず……あぁっ!!」
「気持ち悪いからクネクネすんなよ。ってか何想像してんだ」
「桜小路さんと一緒にテスト勉強する妄想に決まってんだろ」
「お前なぁ……というか、あいつ別に勉強の教え方は優しくないぞ」
実際教え方はかなりスパルタだったしな。間違えたら煽ってきやがるし。
「厳しいのもまぁ、それはそれでありだな」
「なんでもありかよ」
「まぁテストのことは置いといてさ、このクラス……正直滅茶苦茶当たりだと思わないか?」
「当たり?」
「見て見ろよ、女子の顔ぶれを! 『水泳部のマーメイド』こと海守流、『テニスの女王様』こと庭園遼子、『識舌の料理人』こと山幸作美、この三人が同じクラスにいるだけでも当たりなのに、それに加えて見ろ!」
司の指さす先にいたのは三人の女子。
何を話してるのかは聞こえてこないけど、やたら盛り上がってる女子集団。
「『ママになってもらいたい女子』第一位秋元いずみ、『オタクにも優しい系ギャル』第一位藤原更紗、そしてそして! 完全無欠の生徒会長にして『愛ヶ咲学園美少女ランキング』堂々の第一位、桜小路綾乃!! これだけの逸材が揃ってるんだぞ! これを奇跡と呼ばずになんと呼ぶ!」
「色々とツッコミたいことはあるけどな。まず女子しか見てねぇのかお前は」
「当たり前だろ!」
「そんなにはっきり認めんな!」
変なあだ名についても妙なランキングについても気になるけど、だがまぁ確かにこいつの言うこともわからないでもない。他の奴も女子見てソワソワしてるしな。
「あぁいいよなぁ。おれも今年こそは絶対に彼女作るんだ。ちなみに個人的な好みで言えば藤原さんが好みだったり……」
「あの子彼氏いるぞ」
「衝撃の事実!? ほ、ホントか? 嘘だったらさすがに怒るぞ!」
「いや嘘じゃないって。桜小路から聞いたことだし」
「く……桜小路さんの言うことなら嘘じゃないか……」
「なんであいつの言ったことなら素直に信じるんだよ」
ま、でもホントに綾乃が言ってたことだ。このクラスにはいないけど、別にクラスに幼なじみの彼氏がいるらしい。会ったことはないからどんな奴かは知らないけどな。
綾乃の口振りから察するに、かなりラブラブらしいから、どう足掻いても司は脈無しだろ。彼氏がいなくても司は脈無しだとは思うけどな。
「……ん?」
ふと綾乃と目が合う。
なんだ? なんか言ってんなあいつ。
口をパクパクさせて何かを言ってる。えーと、なんだ?
『聞こえてるぞ』
って、は!?
「聞こえてるって、マジかよ」
「ん? どうしたんだ?」
「いや、その、なんていうか……」
このクソ頭の悪い会話が聞かれてるとか、めちゃくちゃ恥ずいんだが。あの感じだと綾乃以外には気づかれてないか? あいつ異様に地獄耳なとこあるからな。
でもあいつに聞かれてるってのが一番問題だ。変なこと言ったら後であいつに何言われるかわかったもんじゃない。早いとこ話を切り上げねぇと。
「よくわかんねぇけど。ちなみにお前はこのクラスだったら誰が好みなんだよ」
「は!?」
こ、こいつ何言い出してんだ!
「なんでそんなこと言わなきゃいけねぇんだよ」
「別にいいだろ。隠すようなことでもねぇし」
「隠すようなことだし、わざわざ言うようなことでもねぇだろ」
「恥ずかしがることないだろ~。おれも言ったじゃねぇかよ」
「お前が勝手に言っただけだろうが」
チラッと綾乃の方へ目を向ける。
目が合った。
完全に聞いてる。聞き耳立ててやがる。
なんでこの騒がしい教室の中で俺達の会話だけを正確に聞き取れんだよと言いたいが、あいつならできても不思議じゃない。
だとしたら尚更迂闊なことは言えない。絶対にだ。
「で、どうなんだよ! 教えろって! 誰にも言わねぇから」
お前が誰にも言わなくても、もうすでに綾乃に聞かれてんだよこの会話を。
どうする。どう答えるのが正解なんだ?
司の期待するような目と、遠くにいる綾乃の視線が突き刺さる。
「とにかく、教える気はないからな。くだらないこと言ってる暇があるなら少しでも勉強してろよ」
結局俺は一番玉虫色な答えを口にした。別に正直に答える義理もないしな。
「なんだよつまんねぇなぁ。でも、確かに少しは点取らねぇといけないからな。ヤマ張って勉強しとくか」
机の上に教科書を広げて勉強し始める司。ヤマ張るのが勉強っていうのか怪しいけどな。でもこいつの勘は当たるからたちが悪い。
とりあえずこれでなんとか躱せたか。
はぁ、なんで朝からこんな疲れなきゃいけないんだ。
チラッと綾乃の方を見るとまた目が合った。そして口パクで一言。
『ヘ・タ・レ』
ってなんでそうなんだよ!
さすがに文句を言おうとしたが、その時はもうすでに綾乃は俺から視線を外しており、結局何も言えなかった。
「はぁ……お前が見てるのに言えるわけないだろ」
そんな俺の愚痴混じりの呟きは、誰にも聞かれることなく消えていった。
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