第5話 購買部の小悪魔
〈綾乃視点〉
翌朝。オレは普通の生徒よりも少しだけ早く学園へ向かっていた。
これでも生徒会長の身の上。やっとかないといけないことはいくつかある。あ、そうだ。ついでに購買にも行ってみないと。この時間ならもう杏子さんもいるだろうし。
あの意味わからないお菓子についてもちゃんと話を聞いておかないと。
「それにしても……ふぁああ……っと、いけないいけない」
思わず欠伸をしてしまって、慌てて口を押さえる。
良かった。周りに誰もいなかったか。もし見られてたら普通に恥ずかしい。というか、生徒会長としてそんな情けない姿は見せれない。
登校中だからって気を抜き過ぎたか。でもなぁ、眠いのはどうしようもない。
昨日あれから家に帰ったけど、なんか胸が変にドキドキするというか、零斗のことが頭から離れなくて。そのせいでなかなか寝れなかった。
また変な病気かと思って姉さんに相談してみてもニヤニヤするばっかりだったし。大丈夫だとか言われたけど、こっちは『性転換病』なんてものに罹ってるくらいなんだから、心配するのも無理ないと思う。
「また病院に行った時に愛園先生に相談してみるべきかな。なにか異常があったらすぐに言うようにって言われてるし」
よし決めた。今週末に病院に行く予定だし、その時に相談してみよう。
そんなことを考えてるうちに学園に着いた。すでにチラホラ登校してる生徒達を見かける。たぶん朝練の生徒達だろう。
昨日は休みだったみたいだけど、今日からもう始まってるみたいだ。
あ、そういえば外部入学生に向けた部活動紹介のパンフレット、後でちゃんと確認しとかないと。
「あ、おはようございます会長!」
「おはようございます。早朝練習ですか? 朝から精が出ますね」
「っ、ありがとうございます!」
今の生徒を皮切りに、周囲を生徒達から口々に挨拶され始める。
まったく、人気者はツラいぜ。なんてことは言ってられない。これも生徒会長の責務。
挨拶されて悪い気はしないし。多少面倒ではあるけど。
とはいえ、全員をいちいち相手にしてたらいつまでたっても校舎内に入れないので、少しだけ歩く速度を上げて、校舎内へと入った。
校舎内に入ったオレはそのままの足で先に購買へと向かう。
そこそこ遠い生徒会室に寄ってからまた購買に行くよりも、先に購買に寄った方が効率的だし。
購買にたどり着いたオレはそのまま遠慮なく中へと入る。
「おはようございます」
「あ、おはようございますぅ。でもごめんなさぁい。まだちょっと準備できてなくてぇ……って、あれ? 生徒会長さん?」
オレのことを出迎えたのは見知らぬ女生徒……いや、違う。会ったことはないけど見たことはある。杏子さんの姪だ。
「えっとあなたは……黄咲夢子さん……よね?」
「わぁっ! そうです! 知っててくれたんですねぇ」
「えぇ。一応生徒会長だから」
この言葉は嘘じゃない。全生徒はさすがに無理だけど、ある程度の生徒の顔と名前は把握してる。中等部はともかく、高等部くらいならなんとかなるはずだ。
「バイト申請してくれてたのは知ってるけど、朝から入ってたのね」
「はい。将来のために少しでも稼ぎたいですからぁ」
「将来のため……いい心がけね」
うちの学園のバイトは申請式だ。一応許可を出す形をとってる。とはいえそんなに条件は厳しくない。極端に成績が悪いとか、そんな理由でもない限り申請は通る。
一応オレが見て、先生に通す形。なんでいちいちオレを通すんだって話だけど。まぁそれも今さらな話。
確かこの子が申請に書いてたバイトしたい理由は……学費のためとかって書いてたかな。
初対面でこんなこと言うと失礼かもしれないけど、ポワポワした見た目に反して案外しっかりした子なのかもしれない。
「えっとぉ……あの」
「あぁ、ごめんなさい。杏子さんに用があるんだけど」
「お姉ちゃんですか? ちょっと待っててください」
走ってバックヤードの方へ向かう黄咲さん。
うーん、なんていうかいちいち動きが小動物っぽいというか。実に可愛らしい。
あれは無自覚に男を勘違いさせるタイプだ。偏見だけど。でもあの子がいる購買か……ただでさえ杏子さん目当てで購買に来る連中もいるのに、そこにあの子まで加わるとなったら……考えたくないなぁ。面倒なことにならないといいけど。
「おはよう綾乃ちゃん。ごめんね、ちょっと奥の方で作業しててさぁ。それで、どうかした?」
「おはようございます杏子さん。でも、どうかした? じゃありません。昨日のお菓子の件、ちゃんと説明してもらおうかと思いまして」
「あー……そのことかぁ」
「変なお菓子は入荷しないでくださいってお願いしたはずですけど。去年それで散々痛い目みたじゃないですか」
「そうなんだけど……ほら、新学期だし?」
「理由になってません」
確かに新学期は生徒達もどこか浮ついてるというか、テンションが高かったりするし、イベント事も多いから変なお菓子を入荷しても売れることは多い。売れればいいという思考ならそれでもいいかもしれないけど、学校はそうじゃない。『ロシアンシュークリーム』とか『ロシアン饅頭』を使った妙な遊びが流行っても困るんだ。
「とにかく、今回は見逃しますけど……これ以上変なもの入荷するようなら、今度から発注全部確認させてもらいますから」
「はいはい、わかったわかった」
ほんとにわかってるのかこの人は。でもこれでたまに大当たりを引くからたちが悪い。去年杏子さんが入荷した『キムチプリン』なんかは、甘さと辛さとバランスが絶妙だとかで気付けば大人気商品になった。オレもあれは結構好きだったりする。
「他には変なの入荷してないですよね?」
「してないしてない。さすがにいくつも入荷する勇気はないって」
「できれば一つも入荷しないで欲しいんですけどね」
とはいえオレも杏子さんには色々と世話になってる身だ。持ちつ持たれつ、何かあったら手伝うしかないんだけど。
「あ、そういえば黄咲さんは朝だけじゃなくて昼と放課後も入るの?」
「夢子でいいですよぉ。お姉ちゃんと同じ苗字でややこしいですし、零斗さんにもそう呼んでもらってますからぁ」
「零斗さん?」
「? どうかしましたかぁ?」
「……ううん、別に」
なんだろう。今一瞬またモヤっとした気がする。
い、いや別に零斗が誰とどう仲良くしたってオレには全然全く関係はないんだけど!
でも……。
「名前呼べるようになるまで二ヶ月かかったのに……」
「え?」
「な、なんでもないから気にしないで。それじゃあこれからバイト頑張ってね。何か悩み事があったらいつでも相談してくれていいから」
「はい、ありがとうございますぅ!」
あ、なんて眩しい笑顔……なんかこの子の笑顔見てると義務的な笑顔しか作れない自分がすごく薄汚れたものに思えてしまう。どうやったら初対面の相手にこんな笑顔向けれるんだろう。
「あ、でもそうだ。バイト頑張るのもいいけど、授業に差し支えのないようにね。杏子さんもその辺りはよろしくお願いします」
「もっちろん大丈夫だって!」
「……ホントですか?」
「ガクッ……ホントだってば。信用ないなぁ」
「冗談です。その辺りのことはちゃんと信じてますから。それじゃあ私はこれで」
これで確認したいことは一通り確認できた。まぁ心配なことも多いけど杏子さんなら大丈夫だろう。今年からは人手も増えたわけだし。それじゃあ生徒会室に向かうか。朝の内に片付けときたい仕事もあるし。
そしてオレは購買を出て生徒会室へと向かった。
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