第4話 ちょっとした一言に弱いんです

〈綾乃視点〉


「あー、あー……ありがとう、これからもよろしく。ありがとう、これからも……よし、声はちゃんと出る。って当たり前だけど」


 なんでこんな練習をしてるのかといえば、それはもちろん零斗に礼を言うためだ。

 生徒会選挙から約半年……半年だ。この半年何度もお礼を言おうとしてきた。でも全部失敗してきた。時には高原さんに邪魔され、さらに別の時には高原さんに邪魔され……って高原さんに邪魔されてばっかだな!

 まぁ単純に言おうとしたら言葉に詰まって言えなかったってのが一番大きいんだけど……。と、とにかく! 祝辞でもなんでも事前の練習が大事ってことだ。

 練習で言えないのに本番で言えるわけがない。だからこうして事前に練習してるわけだ。


「それにしても……零斗、戻って来るの遅くないか?」


 購買に茶菓子買いに行っただけならもう戻って来ててもおかしくない。あり得るとしたら杏子さんに絡まれてるとか?

 あの人なんだかんだで零斗のこと気に入ってるっぽいしなぁ。零斗も零斗でお人好しだから、購買の準備が手伝わされてたりするかも……確か今日はまだ作業が残ってるって言ってたし。


「むぅ……」


 なんかそう考えたらモヤモヤする。なんでだ?


「お茶冷める前に帰って来いって言ったのに。仕方ない。こうなったらオレも行くとするか。零斗のことが気になるとかじゃない。ないったらない。あくまでこのままじゃお茶が冷めるのが勿体ないから。それだけだから」


 別に零斗の所に行く言い訳とかじゃない。そんなんではないから。


「よし! そうと決まればさっそく——」

「悪い、遅くなった」

「ひゃんっ!?」

「ひゃん?」

「ご、ごほんっ! そこは気にしなくていいから。それよりも何してたの? ずいぶん遅かったけど……って何その大量のお菓子」

「あぁこれな……まぁ事情は説明する。とりあえずいったん置かせてくれ」

「う、うん」


 袋に入ってる大量のお菓子を机の上に置く零斗。そしてその中身を広げていく。

 って、なんだこれ。煎餅はともかく……。


「『ロシアンシュークリーム』と『ロシアン饅頭』って、なにこれ?」

「まぁやっぱりそういう反応になるよなー。俺もそう思った」

「これもしかして杏子さんが?」

「そういうことだ。また妙な商品を発注したらしい」

「またあの人は……」


 思わず頭を抱える。また妙な商品を……。いつものことと言えばいつものことだけどさ。

 もう商品名からして嫌な予感しかしない。たまに当たりを持ってくることもあるけど、今回は確実に外れだ。

 まぁパーティーグッズ的なものとして考えたらありかもしれないけど。そんなの学校には必要ないし。これ以上はいれないように注意しとかないと。


「で、それを回収してきたんだ」

「まぁそういうことだ」

「もー、こっちだってそんなの余裕があるわけじゃないのにぃ!」


 思わず頭を掻きむしりたくなる衝動に襲われる。

 購買部であんまりに売れ残り商品を出されると困る。杏子さんには色々と(・・・)手助けしてもらってるし、できるだけ手助けもするって約束してるし。また最低限はこっちで受け持つことになりそうだ。

 なんか使えそうなイベント考えないとなぁ。


「ちなみにここにあるのはこの二種類だけど、まだいくつかあったりする」

「……もうやだぁ」

「ま、まぁなんとかなるだろ」

「それなら零斗に処理任せてもいい?」

「それは勘弁してくれ」

「情けないなぁ。まぁいいや。じゃあとりあえずそれは後で考えよう。っていうかそれで時間かかってたんだ」

「まぁそういうことだ。悪かったな」

「別にいいって。あ、言っとくけど心配とかしてないから。気になって購買に行こうとしてたとか、そんなことは絶対ないから」

「ん? あぁわかってるけど」

「……とにかくせっかく買ってきてくれたんだから食べよ。結局お茶は冷めちゃったから淹れなおそっか」


 あらためてお茶を淹れて零斗が買ってきた煎餅を皿に出す。


「どうぞ」

「おう、ありがとう」

「やっぱり熱いお茶と煎餅は落ち着くねぇ」

「おばあちゃんかよ」

「失礼な。これは日本人の心みたいなもんだよ」

「まぁわかるけどな。なんていうか落ち着く感じがするというか。あぁ、休んでるって感じだ」

「そうそう。その気持ち欲を言うと煎餅とかじゃなくてどら焼きみたいな甘い物が欲しくなるけど。頭使ったからかな?」

「甘い物ならあるぞ。この『ロシアンシュークリーム』と『ロシアン饅頭』が」

「それは無し。休み時間が一気にギャンブル漫画みたいなことになりかねないから」

「どんなデスゲーム想像してるんだよお前は。あ、そういえば購買に行った時に会ったんだけど、黄咲さんの姪が今年からあそこでバイトするんだろ?」

「あぁ、黄咲夢子さんね。話は聞いてるけど、今日から来てたんだ」

「そうそう夢子ちゃん」

「夢子?」

「あぁいや、なんかそう呼んでくれって言われたんだよ。別に断る理由もないだろ。名字で呼んでたら黄咲さんとややこしいし」

「それはわかるけど……」


 黄咲夢子。杏子さんから話は聞いてた。今年から学園に入る外部入学組で、購買でバイトさせるって。写真でしか見たことないけど、おっとりしてそうなかなり可愛い感じの子だったはず。


「あのね零斗。一応言っとくけど、生徒会役員として贔屓はダメだからね?」

「は?」

「その子が可愛いかもしれないけど。贔屓するような真似はしちゃダメだから。不公平だし、今の生徒会は可愛い子を優遇するなんて噂流されかねないし」

「いや、なんで夢子ちゃんの話から贔屓なんて話になるんだよ」

「別に。なんとなく言っとこうと思っただけ」


 ズズズッとお茶を飲みながら無理やり気持ちを落ち着ける。

 なんか夢子さんにデレデレしてる零斗を想像したら無性にイライラした。

 まだ会ったことはないけど、どういう子なのかちゃんと確かめとかないと。うん、別に他意はない。ただ杏子さんの姪なら今後も関わる機会があるだろうし。それだけだ。


「それで、この後はどうするんだ?」

「この後?」

「あぁ。もう処理しとかないといけない奴は終わったんだろ? だったらこれ以上残ってる理由もないと思うんだが」

「あー……それは……そうなんだけど……」


 そうだった。仕事もう残ってないんだ。でもまだ今日の本題は……い、今か? 今しかないのか?

 頑張れオレ。負けるなオレ。このタイミングを逃したらいよいよ言う機会がなくなる!

 「いつもありがとう」と「これからもよろしく」。ただこれだけだ。超簡単だ。小学生だって言える。

 いけ、いけっ!!


「あ、あの!」

「ん? どうした」

「あの……あの……」


 ヤバい。さっきまでお茶飲んでたのにもう喉がカラカラになってる。上手く言葉が出てこない。

 生徒会選挙の時に全員の前で演説した時だってこんなに緊張しなかったのに。


「い……い……」

「い?」

「い、今は特にすることもないし、今日はもう解散しよっか」


 あぁあああああああ!! オレの馬鹿ぁああああああああっっ!!


「まぁそりゃそうか。別に残る理由もないしな」

「うん、そうだねー……」

「なんか落ち込んでないか?」

「大丈夫。ちょっと自分の情けなさに嫌気がさしただけだから」


 あぁもうホントに。なんでオレっていつもいつも……はぁ、本当に情けないというか、意気地なしというか。


「よくわかんねぇけど。元気だせよ?」

「うん……」

「まぁでも、いざ帰るとなるとちょっともったいないな」

「もったいない?」

「こうやってのんびりできる時間なんてそうそうなかったしな。俺結構好きだし、こうやってお前と駄弁ってる時間」

「~~~~~~っっ!? なっな、ななな……」


 頭が沸騰する。上手く考えがまとまらない。

 そうして言葉に詰まってる間に、零斗はお茶を飲み終えて帰る準備を始めてた。


「よし、そんじゃ帰るか。って、どうしたんだ?」

「う、ううん。別になんでもない……あ、片づけはオレ……じゃなくて、私がやっとくから先に帰っていいよ」

「いいのか?」

「うん、大丈夫」


 というか、今は頭を整理するために一人になりたい。

 零斗の言葉に深い意味なんかないってわかってるけど、でも今のは流石に……。


「じゃあ頼んだ。あ、お菓子もいくつかは持って帰っとくな。食べれるかどうか確かめる必要があるし」

「そうだね。私も一つずつは持って帰ろうかな。あとはこの冷蔵庫に入れとこうか。また明日以降みんなでどうするか考えよう」

「おう、わかった」


 『ロシアンシュークリーム』と『ロシアン饅頭』を鞄に入れた零斗はそのまま扉の方へと向かっていく。

 そのまま出て行くかと思ったら、直前で振り返った。


「あぁ、そうだ。一つ言い忘れてた」

「なに?」

「ほら、今年はクラスも一緒だろ。生徒会でも一緒だし、去年よりももっと一緒にいる時間が増えそうだからな。これからまた改めてよろしく頼む。って、まぁそれだけだ。じゃあなまた明日」

「…………」


 今度こそ零斗は教室から出て行く。

 でも、オレの思考はフリーズしたままだった。

 思考が元にもどったのは、たっぷり五分以上経ってから。

 ボフっと音を立ててソファに倒れ込む。


「~~~~~~っ、不意打ちは卑怯だっっ!!」


 静かな部屋の中で、そんなオレの叫びだけが反響して響き渡った。

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