第3話 購買のお姉さん

〈零斗視点〉


 生徒会室から出た俺はそのまますぐに購買へと向かっていた。

 この学園は小等部の校舎、中等部の校舎、高等部の校舎、特別棟、そして今は部室代わりに使われてる旧校舎に第一体育館と第二体育館、それから食堂舎で構成されてる。

 正直普通の学校からしたらあり得ないくらいの規模だ。その中でも購買があるのは中等部と高等部だけ。小等部だけは給食だからな。購買の代わりに給食室がある。

 食堂舎ほどではないにしても、昼休みになると中等部も高等部も購買は人でごった返してる。

 ちなみに購買があるのは一階、そして生徒会室は一番上の四階だ。

 つまり結構距離がある。あんまり綾乃のこと待たせるとまたガミガミ言われそうだからな。できるだけ急ごう。

 俺も一年生から入った編入組だから最初の頃はずいぶん戸惑ったもんだ。

 今でこそ慣れたけどな。

 

「っと、ついたついた」


 いつもは人でごった返してる購買も今日はさすがに人の姿はない。

 でも開いてるんだよな。たぶん明日からの準備も兼ねてってことなんだろうけど。


「あ、いらっしゃーい。ごめんねぇ、まだちょっと散らかってるけど自由に見てってー」

「どうも」

「ってなんだぁ零斗君か。どうしたの? また生徒会の用事? 一応出さなきゃいけない書類とかは一通り綾乃ちゃんに渡したと思うんだけど」

「あ、いえ。今日こっちに来たのは普通に買い物です」

「そうだったの? だったら遠慮せず買ってってちょうだい。綾乃ちゃんに頼まれて、明日からの準備も兼ねて開けてたけど今日は全然お客さんこなくてさ。なんだったら財布が空になるくらい買ってちゃって」

「いや、さすがにそこまでは……」


 彼女の名前は黄咲杏子さん。見ての通り購買で働いてる人だ。まぁちょっと抜けた人だけどな。確かまだ二十代前半だったはず。黄咲さんの見た目や話しやすい性格も相まって、男女ともにかなり生徒の人気は高い人だ。

 俺も去年の間、結構世話になったしな。生徒会でも、それ以外でも。ちなみに、この学園で綾乃が『性転換病』であることを知っている数少ない人の一人だ。


「とりあえず今日は茶菓子を買いに来たんです。煎餅と……あとなんかいいのないですかね?」

「うーん、煎餅がしょっぱいものだから……甘い物の方がいいんじゃない?」

「確かに……それもそうですね。じゃあ饅頭とか——」

「これとかどう!」

「うわっ! って、な、なんですかこれ。えっと『ロシアンシュークリーム』?」

「そうなの。今年から仕入れた新商品なんだけど。こういう商品もあった方が楽しいんじゃないかと思って仕入れたんだけど」

「中に入ってるのがカラシにハバネロにワサビ……ってなんですかこれ。一応チョコとかカスタードとか抹茶とかありますけど。六個入りでこのラインナップって半分外れってことじゃないですか。せめて一個だけめちゃくちゃ辛いとかならわかりますけど」

「そうなんだよねぇ。でもそれもまた面白いかなぁと思って。一応『ロシアン饅頭』バージョンもあるけど」

「確かに何かの罰ゲームとかには使えそうですけど……なんでこれを俺に勧めるんですか」

「いやぁ、他の生徒に買ってもらう前にどっかで試してもらった方がいいかなぁと思って。さすがにシャレにならない味だと買ってもらうわけにもいかないじゃない」

「それなら自分で試してくださいよ」

「その度胸は無かった」

「無いなら発注しないでください! というか、あんまり下手な商品いれるとまた綾乃に怒られますよ?」

「そこはそれ、零斗君の方からなんとか言ってもらって」

「めちゃくちゃ他力本願じゃないですか」


 この人はたまにこうやって変な商品を仕入れる。大半は外れだけど、たまに爆発的に人気になったりするんだよな。謎過ぎる。


「ちなみにこれ以外に変な商品入れてたりはしないですよね?」


 この際確認しといた方が良さそうだ。もし見逃がして面倒なことになっても困るからな。


「えーと……『五十倍濃縮レモンどら焼き』」

「……却下」

「『激苦味覚消失ガム』」

「却下」

「『暗黒物質チョコレート』」

「却下! ってなんですかそのラインナップは!」

「ダメかぁ。面白いと思ったんだけど」

「確かに面白そうですけど……なんかもう字面から明らかにダメなやつばっかじゃないですか」

「それは私も思った」

「思ったなら発注しないでください」

「いや、でもほら、若い子ってチャレンジ精神に溢れてるからさ」

「とにかくダメですから」

「でももう届いちゃってるしなぁ……チラッ」

「そんな目で見られても……はぁ、わかりました。とりあえずある程度はこっちで受け持ちますから」

「おぉ、さすが零斗君。頼りになるねぇ。綾乃ちゃんだったからこうはいかないから」

「今度からはできるだけまともな商品の発注をお願いします。ってそうだ、こんな話してる場合じゃなかった」


 黄咲さんのせいで一瞬忘れかけてたけど、今日ここに来たのは綾乃から茶菓子を買って来るように言われたからだった。

 早く帰らないと綾乃にキレられる。


「とりあえず今日の所は煎餅とそこの『ロシアンシュークリーム』と『ロシアン饅頭』だけ買って帰ります」

「お買い上げどうも。後はいつもの通りバックヤードに保管しとくから、また声かけてね」

「はぁ……わかりました」

「それじゃあ。夢子、お会計してー」

「はぁーい」

「夢子?」


 聞きなれない名前に首をかしげていると、レジの下からひょっこりと一人の少女が姿を現した。

 おっとりとした感じの、茶髪のセミロングの少女。かなり可愛い子だ。制服のリボンの色的に今年から入ってきた子か?


「私の顔に何かついてますかぁ?」

「いや。そういうわけじゃないんだけど」


 ってあれ? この子黄咲さんにちょっと似てるような……。


「あ、そっか。零斗君は知らなかったよね。今年からこの学園に通うことになった黄咲夢子。私の姪だよ」

「姪ですか?!」

「そうそう。お姉ちゃんの子供なんだよね」

「なるほど、それで……」

「どうも初めましてぇ。私、黄咲夢子です。えーと……」

「あぁ、俺は白峰零斗。二年生だ。一応生徒会の副会長をやってる」

「生徒会の……そうなんですかぁ。あ、じゃああなたがお姉ちゃんが話してた人なんですね。学校の生徒会に弄りがいのある面白い男の子がいるって、お姉ちゃんよく言ってたから」

「……黄咲さん?」

「あ、あはは……そんなこと言ったかなぁ」

「目を逸らさないでください」

「私、この購買でバイトさせてもらうことになったんですよぉ。いるのは朝とお昼休みの忙しい時間帯、それから放課後ですねぇ。さすがに毎日じゃないですけどぉ」

「もちろんちゃんと許可は貰ってるから、安心してね」

「そっか。大変だと思うけど頑張って」

「零斗先輩もこれからどうぞよろしくお願いしますぅ。あ、私のことは夢子って呼んでください。お姉ちゃんとややこしくなっちゃうので」

「あ、それもそうか。わかった。よろしくな夢子ちゃん」

「はいっ!」


 ニコッとそれはそれは可愛らしい笑みを向けられる。

 うーん。これはあれだ。そんなことないってわかってても勘違いしそうになるな。

 こんな子が購買にいるって知れ渡ったら通い詰める男子が増えそうだ。


「あんまり夢子と仲良くしてると綾乃ちゃんに妬かれちゃうよ?」

「そんなわけないでしょう。というか、別に俺と綾乃はそういう関係じゃないですから」

「へー、ほー、ふーん」

「なんですかその反応は」

「べつにー」


 はぁ、色々と言いたいことはあるけどこれ以上遅れるわけにはいかない。

 俺は手早く会計を済ませると、買った商品を持って生徒会室へと戻るのだった。


 

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