第1章 素直になれない生徒会長

第2話 食べ物の恨み?

〈零斗視点〉


 愛ヶ咲学園で絶対的な人気を誇る生徒会長、桜小路綾乃。

 完全無欠の生徒会長として生徒達から絶大な人気を誇る彼女は今——。


「やっと終わったぁああああああ……」


 生徒会室の机の上で突っ伏していた。

 その横にはさっきまで格闘してた書類が積み上げられてる。全部片づけるのに二時間かかった。

 今の時間は……三時か。まぁまぁいい時間だな。

 

「零斗ぉ、お茶ぁ」

「はいはい。わかったよ。ってか、それくらい自分でやれよな」

「やだ」

「やだじゃねぇよ」

「今日は朝から忙しかったんだから別にいいじゃん。新学期の挨拶してさ、編入生の案内してさ、それからこの書類整理だよ? いっぱい頑張ったんだから」

「まぁ確かにずいぶん忙しそうだったな」

「他人事みたいに言うな!」


 生徒会長——綾乃はぷんすかと怒って子供みたいにだんだん机を叩く。

 こうして見てるとさっきまで堂々と演説してた奴とどういつ人物だとは思えねぇよな。

 まぁ紛れもなく同一人物なんだがな。表の方じゃかなり猫被ってるが。

 

「いいよね零斗は。生徒会長じゃないから前に立つ必要もなくてさ」

「副会長も副会長で大変だぞ。お前ほどじゃないけど人前に出る機会はそれなりにあるんだ」

「あー、そういえば今日も編入生の挨拶の時にちょっとやってもらったっけ。でもでも、やっぱり一番忙しいのは生徒会長だから」

「別にそこを否定する気はないけどな。というか、そんなに忙しいなら他の奴らにももっと仕事手伝わせりゃいいのに」

「ダメ。他の人たちにもそれなりに仕事振ってるし、まだ慣れてないうちに他の仕事まで任せられない」

「そのためにお前が無理してちゃ意味ないだろ」

「でも零斗が助けてくれるでしょ?」

「っ……はぁ……まぁ、副会長だからな」


 この笑顔だ。どうにもこの笑顔を向けられると何も言えなくなる。

 情けないっつーかなんつーか。


「ほら、お茶だ。緑茶でいいだろ」

「うん♪ 緑茶ならー、ここにしまってあるお煎餅をーっと……あれ? 確かここにお煎餅入れといたはずなんだけど……んー?」

「あ……」


 やべぇ。そういえば確かそこにしまってあった煎餅を一昨日蘭に食わせた気がする。

 「先輩、私お菓子食べたいです!」とか言ってうるさいからつい……この間綾乃が買って置いてたの知ってたからな。また後で買い直すつもりだったんだが……まさかこんなに早いタイミングでバレるなんて。

 そして、そんな俺の反応を見逃すほど綾乃は鈍くなかった。


「……もしかして、勝手に食べた? オレの煎餅」


 鋭く光るその目は嘘を吐くことを許さないと暗に告げていた。もしここで嘘吐いたら酷い目に合うのは確実だろうな。


「ま、また『オレ』って言ってるぞ?」

「今はそういうのいいから。で? どうなの?」

「あー……はい。食べました」

「…………」

「悪い! すぐに買って返そうと思ってたんだが、いや、そうじゃなくても勝手に食べるべきじゃなかったし、もし食べたなら隠さずにすぐに言うべきだった」


 とりあえず頭を下げる。今回に関しては悪いのは完全にこっちだからな。

 怒られるにせよなんにせよ、判断は綾乃次第だ。


「……わかった。とりあえず反省はしてるみたいだし、あんまり強くは言わないけど……けど! 人のもの勝手に食べるとか、ホントにダメだから!」

「それはもうおっしゃる通りで……」

「わかってるならさっさと買ってきて! 今日は購買開いてるはずだから。煎餅と、お茶に合いそうなお菓子もね。今回はそれでとりあえず許してあげる」

「わ、わかった」


 ここは変に口を挟まずに言うこと聞いとくか。


「お茶が冷める前にね!」

「お、おう!」


 急かす綾乃の言葉に背を押されて、俺は購買へと急ぐのだった。






□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


〈綾乃視点〉


「っ、あぁああああああ、またやっちゃったぁあああああっ!」


 零斗が生徒会室から出て行ったのを確認したオレは思いっきり頭を抱える。

 胸の中にあるのは後悔ばかりだ。


「なんであんな言い方……別に煎餅くらいどうってことないのに」


 確かに黙って煎餅を取られてたことは腹が立つ。でもそんなに怒るようなことじゃない。だってそもそも零斗と二人で食べようと思って買ってたやつなんだから。


「でも……」


 ふと想像してしまった。

 どんな状況で零斗がこのお菓子を取ったのかと。

 零斗の性格上、食べたいから勝手にとったとは考えずらい。あるとしたら他の誰か……高原さん当たりに茶菓子として出した可能性だ。というかそれが一番あり得そうだ。

 あの子は零斗に無茶ばっかり言うから。だいたい怒らない零斗も零斗だ。だからあの子も調子に乗って……きっと今回もそうやって無茶ぶりされてオレがしまってたお茶菓子を出したんだろう。


「むぅ……」


 思わず眉間にしわが寄る。

 そこのソファで二人並んで、たぶん今日みたいに零斗がお茶を用意して……その光景を想像するとちょっとだけ胸がモヤモヤする。

 だからついあんなキツイ言い方しちゃって……。


「あぁダメだ。やっぱりなんかおかしい」


 去年の暮れあたりから零斗のことを考えるとどうにも胸の奥あたりに変な感覚がするっていうか……。

 なんでだろ。


「煎餅食べられたくらい、次からはちゃんと言ってね、くらいで終わらせればいいのに。あんなキツイ言い方したら零斗に嫌われる」


 零斗に嫌われることを想像したら胸の奥がキュッとなる。

 だ、大丈夫だ! あいつはそんなに狭量じゃないし。こんなくらいで嫌われるなんてことはない……はず。


「……早く戻ってこないかな」


 自分から追い出しといてどんな言い草だって話だけど。そもそも今日零斗以外のことを返したのはちゃんと目的があってのことだ。


「今日こそちゃんと言うんだ。今までのお礼と、これからもよろしくって」


 それが今日の目的。出会ってから今まで、散々オレの都合で振り回してきたから。まぁ今さらだけど……ちゃんと一回お礼は言っとかないと。

 だからわざと仕事を残して、零斗と二人になれるようにしたのに。

 それなのに……。


「どうしてこうなっちゃうかなぁ。いや諦めるな。まだチャンスはある。零斗が戻ってきたら……言うぞ!」


 心にそう強く誓って、オレは零斗が戻って来るのを待った。

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