第1話 生徒会長の秘密

「お疲れ様でした会長!」

「堂々としたご挨拶、本当に感動しました!」

「私も思わず見惚れてしまったくらいです」

「ありがとう。そこまで言われるほどのことではないと思うけど」

「いえ、そんなことありません! あの挨拶はお姉さまでなければできませんっ!」

「あ、あはは……」


 新学期の挨拶と編入生の入学式が終わった綾乃は他の生徒会のメンバーに囲まれながら廊下を歩いていた。周囲にいるのは綾乃と同じ新二年生の生徒達。そして、綾乃が直々にスカウトした新一年生の生徒が数名。全員で十五名からなる生徒会だ。

 綾乃の隣にいるのは副会長の白峰零斗。零斗は他の生徒会メンバーから想定以上にもてはやされ、困った顔をしている綾乃のことを一人だけ冷めた目で見ていた。

 やる気なさげに欠伸をしながら綾乃の隣を歩く零斗のことを、一人の女生徒が見とがめる。


「ちょっと白峰先輩。副会長なんだからもっとシャキッとしてください! あなたのせいでお姉さまの名声にまで傷がついたらどうするんですか!」

「あーはいはい。悪かったよ」


 綾乃のことを『お姉さま』と慕うのは高原蘭。今年高等部の一年生となった女生徒だ。栗色のセミロングの髪と愛嬌ある顔立ちが特徴的な少女。低身長なことも相まってマスコットのような扱いを受けているが、そんな可愛らしい存在じゃないことを零斗は知っている。

 敬愛する生徒会長、綾乃が任命した副会長である零斗のことを毛嫌いしているのだ。


「高原さん、その辺りにしておいてください」

「ごめんなさいお姉さま!」

「できればそのお姉さまというのもやめて欲しいのですけど」

「それはできません!」

「あぁ、そうですか……」


 力強く断言する蘭に少しだけ遠い目をする綾乃。

 そうこうしているうちに綾乃達は生徒会室へとたどり着いた。


「それではみなさん、新学期最初の仕事お疲れ様でした。残りの仕事は私と白峰君で片付けますので、今日はここで解散としましょう」

「そんな会長!  僕達も手伝います!」

「そうですよお姉さま! 白峰先輩って頼りないですし、私達がいたほうが早く終わりますって!」


 頼りないとか本人を目の前にして言うなよ、と零斗は内心で思うが口には出さない。

 零斗は特別成績が優秀なわけではない。だというのに、綾乃に直々に選ばれた副会長に零斗のことをあまりよく思ってない生徒は多かった。

 なかには口にこそ出さないものの、零斗のことを目の敵にしている生徒までいた。

 もちろん綾乃が零斗を副会長に選んだのには理由があるのだが。


「皆さんの気持ちはありがたいですが、私と副会長にしかできない仕事もありますので。それに、白峰君は十分頼りになりますよ? 少なくとも私は頼りにしています」

「それは、でも……わかりました」


 明らかに不服そうな顔をしながらも引き下がる生徒会メンバー達。綾乃の言葉に納得したというよりは、必要以上に食い下がって綾乃の自分への心象を悪くしたくないという気持ちが働いたのだ。

 しぶしぶといった様子で帰る生徒会メンバーを見送ってから綾乃と零斗は生徒会室へと入る。

 そしてそのまま誰も入って来れないように扉にしっかりと鍵をかける。


「もう行った……かな?」


 時計の秒針が三周するほどの時間を置いてから、綾乃が零斗に問いかける。


「帰っただろ。もう足音も十分離れたみたいだしな」


 零斗が綾乃の問いかけに答えた次の瞬間、もしこの場に生徒会メンバーにいたら驚愕に目を見開くであろう行動を綾乃はとった。


「あぁああああああ、疲れたぁあああああっっ!!」


 生徒会長の椅子にドカッと大きな音を立てて座る綾乃。それは普段品行方正として知られている綾乃からは考えられない行動だった。


「でたな本性」

「なに? いいでしょ別にぃ。今この場にはオレとお前しかいないんだし」


 長い黒髪を結い上げながら綾乃は言う。これこそが綾乃の本性だ。まるで別人。綾乃の双子の妹ですと言った方がまだ信憑性があるレベルだ。

 この完璧に作りあげられた性格と、もう一つの秘密を知ってしまった時から零斗の綾乃に振り回される日々は始まったのだ。


「はぁ、でもこれで終わりじゃないんだよねぇ。まだ片付けないといけない書類がこーんなにたくさん」


 ドン、と机の上に置かれるのは大量の書類。見るだけでため息を吐きたくなるほどの量だ。


「なんでこんなにたくさんあるんだよ」

「片付けるの面倒でサボってた」

「おい!」

「まぁ半分冗談だけど。新学期ってこともあって片付けないといけないことが多いんだよ」

「なるほどな。って、それなら他の奴らにも手伝ってもらった方が良かったんじゃないのか?」

「まぁ確かにそうなんだけどさ。でもあの子達居たら全然寛げないんだから仕方ないじゃん。書類仕事してる時まで気を張りたくないし」

「確かにそうかもしれないけどなぁ。ってことはこれを俺とお前の二人で片付けるのか」

「そういうこと。零斗の分はこれ」

「はぁ……仕方ねぇ、やるか」


 文句を言っても書類が無くなるわけじゃないと、半ば諦めに近い感情を抱きながら二人は書類に手をつける。


「それにしてもなぁ、あの子達おかしいと思わない? 会長、会長ってさ。犬かってーの」

「そんだけ慕われてるってことだろ。いいじゃないか」

「それはそうなんだけどさー。オレとしてはもうちょっと気安くていいというか……あいつらオレのことになると盲目すぎるというか……」

「お前があたふたしてるのは見てて面白いけどな」

「なにそれ酷くない? ってか、零斗は馬鹿にされて悔しくないの?」

「別に、何とも思わないけど」

「んなっ!? ちょっとくらいは気にしろよ! そもそもあいつらお前のこと何も知らないくせに———って、これは違う、えと、だからその……あぁもういい!」


 何かを言いかけた綾乃だったが、顔を赤くして言うのをやめてしまう。


「っていうかさ、そもそもオレは元『男』なんだぞ?」

「まぁ、そうだな」


『性転換病』。それは十万人に一人かかるかどうかという病気。男が罹患すれば女に女が罹患すれば男になるという奇病。原因も、治療法も不明。現代医学ではどうしようもない病気だ。

 これこそが綾乃が抱える最大の秘密だった。

 綾乃は零斗にこの秘密を知られてしまったからこそ、自分の傍に置いているのだ。


「でもそれがどうしたんだ?」

「だ、だから! あんな風に言われて、慕われてもあいつらが見てるのは結局『私』であって『オレ』じゃないってことだよ。だから複雑っていうか」

「その気持ちはわからないでもないけどな」

「もっとちゃんと『私』に慣れないといけないんだけどさぁ」

「だから普段からって話だろ。さっきからずっと『オレ』って言ってるぞ」

「えぇっ!? あぁもう。お前といるとつい気が緩むんだ。私、私……これでいいだろ」

「俺は別に普段は『オレ』でもいいんじゃないかと思うけどな」

「ダメだ。そうやって気を緩ませるといつかボロがでるからな。普段からちゃんとしてないと」

「そういうもんか?」

「そういうもんだって。オレ……じゃなくて、私が『私』に慣れるためにも、頼むぞ零斗」


 そう言って綾乃は笑顔を浮かべる。それは生徒会長としてではない、素の綾乃としての屈託のない笑顔。

 そんな笑顔を向けられた零斗は一瞬ドキリと胸を高鳴らせるが、それを表に出さないようにわざとらしいため息を吐く。


「はいはい、わかってるよ」


 


 これは、なかなか素直になれない綾乃と、そんな綾乃に振り回される零斗が幸せな未来を掴む物語だ。

 

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