第3話 新人たちの登場
食事会と談話が終わって、ヴィットとエーファが帰る時間になった。陽もやや傾いてきたので、ティモが農作業から帰ってきた。汚れた格好のままヴィットとエーファに鉢合わせたティモは、あたふたした。
「すみません、みっともねえところを見せちまって。お帰りですか?」
「大丈夫だよ。お疲れ様」
エーファは言った。
「ふん」
ヴィットはそれだけ言った。もはやミレナたちの突拍子もない行動にあれこれ口出しするのが面倒になったらしい。
「ティモ、一緒にお見送りするべ」
「分かった、姉ちゃん」
二人は館の外に出て、待機していた馬車に二人が乗り込むところを見守った。
ピシリ、と鞭の音がして、馬が歩き出す。
「また来てなあー」
ミレナは手を振った。
「ありがとうございましたー」
ティモも手を振った。
馬車が遠ざかっていく。
「さあ、家に入るべ」
「うん」
「そろそろ小麦も収穫の時期じゃなあ」
「今年は実がよく太っとる。肥料をちゃんとやったお陰かなあ」
「収穫が済んだら農民のみんなを食事に呼ぼうなあ」
「そうじゃなあ」
そうしてミレナたちは無事に夏の収穫の時期を終えて、盛大に宴が催された。
元エルケ領だった土地を持っている農民たちは、ミレナに招待されて館にお邪魔して、たくさん料理を食べ、ワインを飲んだ。農民も料理人も掃除人もその他のお手伝いさんも、順々にねぎらわれ、みんな楽しくテーブルを囲んだ。
そして、作付けをする秋が過ぎて、寒い冬が来た。
ミレナたちは、春蒔きの大麦を準備する一方で、暖炉に火を焚いて、針仕事などの家でできる仕事をこなした。
やがて年初めになった。
正月の三日目には、アムザ大陸におわす六人の天使たちが、それぞれの国から三名の魔法兵士を選出する儀式が行われる。
去年はミレナという大物を引き当てたアルビーナに、国中の注目が集まっていた。だがアルビーナは事前に、今年はあまり期待をしすぎないようにと、注意を促していた。
「天の神様は特定の国を贔屓したりはなさらないわ。前回はたまたま運が良かっただけと考えた方がいいでしょうね」
しかし今年も幸運が訪れるのではないかと期待する人々はそれなりにいた。彼らは天の神様に一心に祈った。ペーツェル王国の安寧が保たれ、平和に日々が送れるよう、強き兵士が訪れることを。
果たして、一つの変革はあった。
選ばれた十八歳の魔法兵士三人は、いずれも貴族階級の出身ではなかった。このようなことは確かに初めてだった。
ミレナも馬車を出して、ティモと一緒に儀式を見物に来ていた。アルビーナが金色の矢を放つ様を、遠目から目を丸くして見つめる。
「わあ、あんなもんが姉ちゃんに刺さったんか。大変だったなあ」
「別に、ありゃ痛くねえぞ?」
「でもぶっ倒れたべ?」
「ちょっとびっくりしただけじゃ」
アルビーナは祭壇の上でにこにこして、人々を見渡した。
「一本目の魔法の矢。鉾たる騎士。首都バーチュに住まうイステル家が娘。その名も、マルタ・イステル」
パチパチパチパチ、拍手の嵐。
「二本目の魔法の矢。盾たる守護者。都市ルベンに住まうケーラー家が次男。その名も、デニス・ケーラー」
パチパチパチパチ、拍手の嵐。
「三本目の魔法の矢。戦士たる弓兵。都市ヘミンに住まうツェルナー家が長女。その名も、キーカ・ツェルナー」
パチパチパチパチ、拍手の嵐。そしてどよめき。
全員が都市に住まう市民階級とは、と人々は戸惑っていた。農奴の娘が抜擢された去年ほどではないが、これも非常に珍しい事態だ。
「マルタと、デニスと、キーカ」
ミレナは指折り数えた。
「この三人が私の後輩か。はあー、どんな子らかなあ」
見物を終えた人々が三三五五に祭壇の前を去っていく。彼らはみな興奮したようにおしゃべりをしている。
「貴族から一人も出んとは!」
「これでは我々貴族階級の沽券にかかわるではないか」
「しかし、人口の比率から考えるに、むしろ農奴から出た方が得心は行くぞ」
「何を言うか」
「一度は凋落した魔法部隊のことだ、新たな層からの人間が選ばれたことには、時代の変化を感じるね」
「そんなものあってたまるか。それではまるで貴族が没落しかけているかのようではないか」
「しかし実際、ルイゾン戦争で一番活躍したのは農奴の娘だぞ」
「それはそれ、これはこれだ。……」
会話を挟み聞いたミレナは、困ったように笑った。
「帰ろうか、ティモ。付き合わせて悪かったなあ」
「いんや、面白いもんが見られて良かったぞ」
「そうか、それなら良かった」
「姉ちゃんの評判もたくさん聞けたしな」
「あんなもんは尾ひれがついとる。真に受けることはねえ」
「またそんなことを言う」
さて、ペーツェルの新しい魔法兵士が決まったとなれば、他国の天使の動きも気になるところである。特に、あのシェルべ王国の天使が今度は何をするのか、情報が待たれる。ミレナのような銃士がシェルべのような軍事国家にも現れたら、それは大きな脅威になるからだ。
数日後、エルケ家の館にも情報が届いた。王宮からの使いが来たのだ。
この一年ですらすらと文字を読めるようになったミレナは、使いの持ってきた手紙を「ふむふむ」と言いながら読んだ。
「どうじゃった? 姉ちゃん」
「……他の五ヶ国も似たような状況らしい。市民階級がかなり多めだべな。そんでもって、シェルべがやっぱりなあ」
「何かあったのか」
「前の春にシェルべの天使が妙な真似をしたじゃろ。あれが何だったのか、今になって説明があったらしい。どうも、三本の矢の力を合わせて、一人の回復術士というのを作ったとか」
「……回復術士って何じゃ?」
「分からん……回復ってのはあれじゃろ、病気や怪我から治ることとかじゃろ。そのまま読めば、回復の術を使う人ってえ意味になるなあ」
「それは、……兵士なんだべか?」
「うーん、まるで軍医みたいな能力じゃな」
「ふーん。でも、例えば、敵の怪我がすぐ治っちまうとかだったら、ちょっと困るなあ」
「うーん。怪我……」
ミレナは軍医のもとに行った時のことを思い出した。あそこで治療を受けていた兵士は、決して多くはなかった。……彼らは生き残った幸運な者たちだったのだ。
「怪我が治っても、そんなに問題ねえかなあ。だって、さすがに死んだもんは蘇らんじゃろ。要は、即死させればいいんじゃ」
「……姉ちゃん、おっかねえこと言うようになったな……」
「ああ、何かごめんなあ」
「いや、いいんじゃ……。何があっても、姉ちゃんは優しいままだからなあ」
ミレナは眉尻を下げた。
「お前は本当にいい子じゃなあ、ティモ。ちょっと心配になるくらいじゃ。もう少しくらいやんちゃしてもいいんだぞ?」
あははとティモは笑った。
「やんちゃって何じゃ。子どもじゃあるまいし。俺と姉ちゃんは一つしか歳が違わねえんだぞ」
「でも、子どもの頃からお前はいい子すぎるからなあ。おまえのやんちゃといったら、勝手に鎌を持ち出して収穫を手伝おうとして、足を怪我しちまうくらいだったもんなあ」
「何回言うんじゃ、それ。似たようなことは姉ちゃんもやったろ。まだ背が小さかったくせに鍬を持ち出したりして、柄を頭にぶつけてたんこぶ作って怒られとった」
「そんなこともあったなあ。……そういう怪我を治すんなら、回復術士も悪くないが……」
ミレナは溜息をついた。
「戦争で使うなら、それは、怪我をして戦線離脱した人を治してまた前線に送り出す術ってえことになる。ちょっと気の毒じゃ」
「……そうだなあ。それに、今年は市民階級の人が多いんじゃろ。……これまで戦に関係なかった人を戦場に行かせるのも気の毒じゃ」
ティモは表情を曇らせた。
「俺は、姉ちゃんにも戦場に行って欲しくない……」
「何、今更のことじゃ。お陰で農奴の身分から解放されたんだし、気にすんな」
「うん……」
ティモはまだ暗い顔をしていた。
「天の神様も、不思議なことをなさる……」
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