第4話 訓練の開始
「エーファ! ヴィット! それにリヌス先輩とブルーノ先輩!」
王宮に復帰したミレナは、訓練場にいる同僚二人と先輩二人のもとに駆け寄りながら手を振った。エーファは嬉しそうに、ヴィットはやや照れ臭そうにそっぽを向いて、先輩方はにこやかに、それぞれ手を振り返した。
「それからアルビーナ様! お久しぶりです!」
「全く」
アルビーナはむくれた。
「あなたが真っ先に挨拶すべきは、この私でしょ! 相変わらず礼儀がなってないんだから!」
「ああ、こりゃ、失礼しました。私ってばまた気が利かずに……」
「まあいいわ。あなたがちゃんと仕事してくれればそれで。さあ、訓練を始めましょう」
「はい」
「その前に、紹介する子たちがいたわね。あなたたち、ちょっと前の方に来なさい」
若い女の子二人と男の子一人が、新品の灰色の制服を来てミレナの前に進み出た。彼らはミレナのことをチラチラ見ながら、「ミレナさんだ!」「凄い!」「本物だ!」などと言い合っている。
「こら、新人たち。ビシッとしなさい、ビシッと。一人ずつ挨拶して!」
アルビーナに促されて、三人はミレナにまっすぐ向かい合った。
「初めまして! 私は、今年から魔法兵士の槍兵になりました、マルタ・イステルといいます。よろしくお願いします!」
「初めまして。僕は魔法兵士の盾兵になった、デニス・ケーラーです。どうぞよろしくお願い致します」
「初めまして。私は魔法兵士の弓兵になりました、キーカ・ツェルナーといいます。よろしくお願いします!」
流れるような連携で三人がすらすらと挨拶をして、一斉に頭を下げた。
「うんうん、初めまして。私は銃兵のミレナ・エルケじゃ。マルタ、デニス、キーカ、三人ともよろしくなぁ」
ミレナはにこにこして言った。三人は感激した様子で顔を見合わせた。仲が良さそうだな、とミレナは思った。
「はいはい」
アルビーナがパンパンと手を叩いた。
「今年はこの、槍兵二名、盾兵四名、弓兵一名、銃兵一名という小規模な編成で魔法部隊をやっていくわよ。お互い挨拶も済んだことだし、さっさと訓練に入りましょう。まずはミレナ」
「はい」
「あなたは訓練も久々だし、去年の戦い以降、魔法の力が著しく落ちているわね。まずはひたすら撃ちまくって、調子を元に戻しなさい」
「はい!」
「じゃあミレナはあっちで。例によって人形をたくさん用意してあるから、好きなだけ撃っていいわよ」
「ありがとうございます」
「じゃ、さっさと行ってらっしゃい」
「はぁい」
ミレナは訓練場の一角に移動して、ほぼ一年ぶりに、光る魔法のマスケット銃を出現させた。
またこれで人を殺すのかと思うと少し憂鬱な気持ちになるが、仕事なら仕方ない。ティモに豊かな生活を続けてもらうためにも、仲間の命を守るためにも、しっかり取り組まなくては。
ミレナはとりあえず試しに一発、ダーンと弾を打ち出した。木でできた人形が一体、衝撃で倒れた。
「んー、威力と的中率は問題無さそうじゃな……」
ミレナは銃を構え直す。
「問題は連射だべ。これが無ければ私は役立たずになっちまう」
深呼吸して魔力を整え、引き金を引く。
ダダダダダッ、ダダダッ。
人形が八体ほど倒れた。ミレナはいささかがっかりした。
「たったこれだけか……これは大変な訓練になりそうじゃな……」
ミレナは魔力を全身にみなぎらせては、溜まった魔力を銃に流し込み、できるだけ長く沢山の弾を出せるように、苦心した。しばらく経つと以前の感覚が戻ってきて、比較的円滑に射撃ができるようになってきた。やはり、休みが長くて、腕が鈍っていたらしい。
ミレナはなおも訓練を続けた。次第に、連射できる弾数が増えてくる。ミレナは少し安心した。自分は魔力を失ったのではなく、一時的に魔力が弱まっていただけなのだ。そういうことならどんどん撃たなくては。どんどん、どんどん。力の限り。早く、以前のような強さを取り戻したい。
「はい、ミレナ」
アルビーナが急に横から肩を叩いてきたので、ミレナは「うわあ」と言ってしまった。
「アルビーナ様、何か御用ですか」
「御用も何も、訓練の時間はおしまいよ。あなたって本当に根を詰める性格なのね」
「ありゃあ、おしまいでしたか。それじゃ、部屋に行かせてもらいます」
「そうなさい。明日も訓練だから、しっかり休むのよ」
「はぁい」
ミレナは銃を消して、ぶらぶらと王宮の中へ入って行った。荷物を置いてある自室へ向かうと、扉の前によく見知った顔の女性が立っていた。
「おお、ラウラ!」
ミレナは声を上げた。
「久しぶりじゃなあ!」
ラウラの手を取ってぶんぶんと振る。
「お久しゅうございます。お元気そうで何よりです、ミレナ様」
「うん。ラウラはどうじゃ? 元気か?」
「はい、お陰様で。本日よりまたミレナ様のお付きになれると思うと、喜ばしい思いでございます」
「そうかぁ。私はまたラウラの世話になっちまうな。よろしく頼むなぁ」
「お任せください。お疲れでしょうから、お風呂を用意しておきました。まずはお湯で汗を流して、お気を楽になさってください」
「おお、すまんなぁ。そんなら、ありがたく入らしてもらうべ」
ミレナはニッと笑うと、部屋の中の風呂場に足を踏み入れた。
***
このようにしてラウラに面倒を見てもらいながら、ミレナは日々訓練に精を出した。真面目に取り組んだ甲斐があって、ミレナは魔法兵士になりたての頃くらいの実力を取り戻していた。
「んー、もっと撃てるようになりてえなあ」
ミレナはひとりごちた。
「それこそ、ルイゾンを倒した時くらいの強さが、いつでもすぐに発揮できるようにならにゃあ、味方をみんな守るのは難しかろうなあ」
ミレナはあの戦争の時の感覚を思い出そうと努めた。
あの時──ミレナは珍しく怒っていたように思う。ミレナの仲間を壊滅させたルイゾンに対して、これまでに無いほど激しく怒ってしまって、その勢いで魔力が増強したような。
「……いつでも怒れるようにしておくのは、何か無理そうじゃな……。もっと他に良い方法はねえもんか……」
考えてもなかなか良い案は出て来ない。ミレナは諦めて、とにかく集中して練習を積むことを選んだ。数をこなせば、体もだんだん慣れてきて、もっと強くなれるかもしれない。
とはいえいつまでも一人で訓練しているわけにはいかなかった。ミレナが感覚を取り戻したことを確認したアルビーナは、ミレナに他の魔法兵士との共同訓練を命じた。
八人揃っての戦闘訓練である。
訓練場にアルビーナの叱咤の声が響く。
「キーカ! 弓兵はあなた一人なんだからしっかりして! もっとどっさり射ないと到底間に合わないわよ!」
「はい!」
「ヴィット! もっとマルタと呼吸を合わせて! 一人で突っ走っちゃ駄目よ!」
「はっ!」
「エーファはいい加減に及び腰になるのをやめなさい! デニスでさえもう少し度胸があるわよ!」
「は、はいぃ……!」
「ミレナは遠距離射撃の精度を高めなさい! 人形の急所をちゃんと狙うの!」
「はぁい!」
アルビーナは容赦が無かった。前の戦争で魔法兵士の大半を喪ったことで、焦っているらしかった。ミレナたちは毎日クタクタになるまで訓練に励んだ。
忙しく毎日を過ごし、何ヶ月かが経過した。
ミレナは未だに、個人技の成長が滞っていることに、悩んでいた。まだまだ沢山の弾を撃てるようになりたいのに、なかなかうまくいかない。
そんな折、不吉極まりない噂が王宮や町中に流れ出した。
それは、俄には信じ難い話だった。
どうやら、先の戦争でミレナが殺したはずのルイゾン・ディオールが、生き返ったらしい。
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