第18話 天下無双の銃士
「ルイゾンってえやつの作戦のせいで、私らの部隊はめちゃくちゃじゃ……。やつが重騎兵を寄越したせいでヴィットやノラン先輩たちは死に、やつが大砲を準備したせいで先輩たちが死んだ……」
──たとえ僕らの攻撃力が全滅したとしても、君一人が助かった方が、勝率は高い。
「私は……ノラン先輩たちの作戦を……思いを、無駄にはしねえ」
ミレナは立ち上がった。
それから、生き残った二人の盾兵を振り返る。
「すみません。これまで私は全力を出せていなかったみてえです。でもこれからはやっていけそうじゃ」
ミレナは銃を握り締めた。
「戦果を得るため……その目的は変わらんが、今はルイゾンが……敵が、すげえ憎く見える。だからもう私には何の迷いもねえ」
ミレナは束の間、天を仰いだ。そして宣言した。
「この私が、シェルべ軍を壊滅に追いやってやるべ!」
そして丘の上まで駆け上がった。
盾兵が慌ててついてきて、ミレナの前と横を守る。
「ミレナ!? ここから前線まではかなりの距離があるけど……」
「関係ねえ、エーファ。私の銃は必中じゃ。どんなに遠くの敵でもな!」
ミレナは眼下の敵軍に向かって、銃を撃ち出した。
心に一点の迷いもない集中力が、ミレナを支配していた。
それが、これまでとは比較にならないほどの、速度と威力と距離を叩き出した。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!
信じられない飛距離をもって、銃弾が敵を貫いた。
「えっ……ミレナ!? どうしたの!?」
「エーファはヴィットを軍医のとこに連れてってやれ!」
「あ、わ、分かった……!」
ミレナは引き金を引き続ける。
「そうじゃ。私が全部やっつけてやるからなあ。待っててな、ヴィット、ノラン先輩……みんな……」
大切な仲間をいちどきにまとめてやられてしまった怒りにより、何かが吹っ切れてしまったミレナは、ただただひたむきな表情で、一人丘の上を駆け、敵軍を屠った。
敵軍は背後からの謎の射撃を食らって、あっさりと総崩れになっていく。
これを好機と、ロゴフ軍が更に前に出る。
それでもミレナは攻撃の手を緩めない。かつてない強力さをもって銃撃に徹する。
前からのロゴフ軍の攻撃。後ろからのミレナの千人力の攻撃。挟み撃ちにされたシェルべ軍はみるみる死傷者を出し、その片翼は完全に崩壊した。
やがてルイゾンが撤退を指示したのだろう、シェルべ軍はロゴフ軍からもミレナからも遠ざかる方角に向けて、尻尾を巻いて逃げ出した。
──敗走する敵軍は崩れやすいと、以前、仲間から教わった。
「決して生かして逃がすもんか! ペーツェル王国を取り戻すまで、徹底的に追い詰めてやるからなあ!」
ミレナは猛然と丘を駆け下った。
敵軍は丘を乗り越え、河を乗り越え、森を迂回し、命からがらバーチュに戻ろうとする。
勢いづいたロゴフ軍は、かつてのペーツェルとの同盟を守って、シェルべ軍がペーツェルに入っても追撃をやめなかった。
シェルべからの増税を受けて損害をこうむっていたペーツェルの人々は、こぞってロゴフ軍とミレナを支援した。一方のシェルべ軍は宿を乞うことすら許されず、露天で夜を明かす日々が続いた。体力の消耗で一人、また一人と脱落者が出る。
ミレナはひねもす元気に走り続けて、敵軍を見つけ次第、容赦なく撃つことに専念した。
夜、領主の館にて眠る時以外は、目をらんらんと輝かせていた。
手には光るマスケット銃。高い殺意。ぎらりと敵を睨め付ける目つき。敵をどこまでも追い詰めるその足。
敵から噴き上がる血飛沫がミレナを怯えさせることはもうなかった。怒りがミレナを奮い立たせた。
その力はロゴフ王にも認められ、ミレナは特別に先頭を歩くことを許された。これによって敵軍は、より絶望的な撤退戦を強いられることになった。先頭に、前代未聞かつ天下無双の力を持った魔法使いがいては、みるみるうちに食い尽くされてしまう。一歩でも早くミレナから遠ざからないと、あっという間にミレナに蹂躙されてしまう。
精神的にも、これはシェルべにとってきついことだった。
そしてついにバーチュの入り口にて、ロゴフ軍はルイゾン含むシェルべ軍の主力部隊を包囲した。シェルべ国王ヴァレール十四世は万が一を考えて先に逃亡していたようだが、自軍の撤退作戦を指揮していたルイゾンはあとちょっとのところで逃げ遅れたらしい。
ミレナはその頃には無敵の戦いぶりを見せていた。騎馬兵の出番など要らぬほどに、ミレナの攻撃力は凄まじいものになっていた。
「シェルべ軍、それにルイゾン・ディオール……お前らを許さねえ」
ミレナはいよいよ気合を入れた。
もう何も怖くなかった。
「ようやくじゃ。ようやく、肝の据わったミレナ姉ちゃんが帰ってきたぞ。ここで一網打尽にしてやるべ!」
最後にして最悪の、血みどろの殲滅戦が幕を開けた。
ヴィットは救護室に寝かされている。エーファはミレナについている。
ミレナは向かう所敵なし。敵の攻撃が来る遥か前に全ての敵を撃ち殺すから、自分の身の危険もなし。あったとしてもエーファが守るから問題なし。
バーチュの城壁にある門は、シェルべ軍を拒んで固く閉ざされていたので、シェルべ軍には逃げ場もなかった。
ミレナは射撃を始めた。
敵軍があっけなくばたばたと倒されてゆく。
ほどなくしてルイゾンの顔が見えて来た。
遠くからでも分かる。今、かの勇猛果敢にして優秀な策謀家たる人物の顔は、明らかに恐怖していた。その目には怯えた光が浮かんでいた。
「私はお前を許さねえ──!!」
ミレナは叫んだ。
集中力を極限まで高めて発射された銃弾は、しっかりとルイゾンの顔を捉えた。
ルイゾンはのけぞるようにして顔から血を噴き出し、馬上から落下し、見えなくなった。
敵軍は目に見えて動揺した。武器を捨てて命乞いをする者まで現れた。
その者たちの顔を見た途端、つっとミレナの胸に痛みが走った。
「……!」
ミレナはハッとして、銃弾を撃つのをやめた。
ワッとロゴフ軍が捕虜を捕まえにかかる。あとは造作も無かった。
シェルべ軍は史上でも稀に見る事態に見舞われた。
──全滅。
ルイゾンを含めて一人残らず、死ぬか、捕獲されるか。
戦闘が終わろうとしていた。
ミレナは、銃を消して、ぶらんと手をぶらさげた。
「はあー……」
天を仰ぐ。
ワアーッという周囲の喜びの叫びは、耳に入って来なかった。
様々な思いが、訪れては去っていく。
ただ一つ胸に残るのは、虚しさだった。
これほどまでに敵味方共に犠牲を出して……それでも平然としている自分は一体何なのだろうか。
ノラン先輩。
他のみんな。
全員、最後まで立派な戦いぶりを見せた。
その犠牲はあまりにも大きく、喪失は計り知れないが……。
お陰でミレナは、彼らの遺志を継いで、戦い抜くことができた。
「もう、私は何にも撃てる気がしねえけど……」
ミレナは呟いた。
「でも、私はやったぞ。仲間の仇を討てた。ルイゾンをやっつけた。……それに、これできっとティモを自由にしてやれる……」
敵の後方支援部隊が、急いで遺体や怪我人の回収にかかる。
バーチュの城門が開けられる。
ロゴフ軍の中のペーツェル部隊が町に雪崩れ込む。
王宮のシェルべ人はみんな逃げ出していた。バーチュの町中からシェルべ人は逃げ去っていた。
地下牢からアルビーナが助け出された。彼女は、ミレナとエーファ含む生き残った四名の魔法兵士と、担架に横たわって運び込まれていくヴィットを見て、涙を浮かべた。
ミレナはぼんやりと、小さなアルビーナの抱擁を受けていた。
「アルビーナ様」
ミレナは小さな声で言った。
「私は……身近な、大切な仲間がたくさん死ぬまで、アルビーナ様のおっしゃってた『気持ちの問題』を解決できねえでいました。私が力を発揮できたのは、ノラン先輩たちが死んだ後で……。……私のせいで先輩たちは死にました。申し訳ねえことをしました……」
「いいえ、あなたのせいじゃないわ」
アルビーナが鼻声で答える。
「みんなから聞いたわ。あなたは限界を遥かに超えて戦っていたのよ。そんなことをあなたに強いたつもりはないの。それなのに……本当に、よく戦ってくれた。よく生き残ってくれたわ」
「でも……悔いが残る戦いでした。最初から私があんだけ強けりゃあ、ペーツェルは占領されずに済みました。先輩たちは死なずに済みました。ヴィットも怪我をせずに済みました……」
「そんなことを思っては駄目。あなたは疲れているのよ。働きすぎよ、あなた。少し休んで、気持ちを整理して頂戴。決して自分を責めることのないように」
「……でも」
「……いいのよ。私がいいって言ってるからいいの。誰もあなたを責めたりしない。だからあなたもあなたを責めないで」
「……はい……」
アルビーナの言葉は半分は嘘だった。「最初からあれだけの力を出していてくれれば……」と陰口を叩く者は確かにいた。でもそれはごく少数の話。
ミレナはしばらく、部屋でラウラの世話を受けながら、一人で考えたり、ラウラやエーファに相談したり、ヴィットの見舞いをしたりして、静かに過ごしていた。
やがて一月ほどが経過した。ミレナはある程度心の安定を取り戻していた。
そしてその頃、ロゴフに逃げていたヨアヒム二世が、バーチュの王宮に帰ってきた。
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