第19話 念願の褒美


「そなたの軍功は聞き及んでおる」


 ヨアヒム二世は、ミレナの前でそうのたまった。


「そなたの規格外の魔法のお陰で、シェルべ軍が全滅したのだと、誰もが口を揃えて言うておる」


「では……」


 ミレナは穏やかな目でヨアヒムを見た。その目はもうぎらついてはいなかった。魂が抜けたように過ごした一ヶ月間で、ミレナは平常心を取り戻し、ただただ穏和で、しかし芯の強い、一人の娘に戻っていた。


「そなたの望み通り、褒美をやろう。二百万ペドルでどうかね」

「二百万……!」

「何ぞ不満か?」

「いえ、充分です。ありがとうございます」

「また、バーチュ近郊に二万ペールの土地を与えよう。屋敷も用意させる。休暇はそこで弟と共に平穏に暮らすが良い」

「……? 土地、と申しますと」

「軍人に土地を与えるのは何も特別なことではあるまい?」

「そうなんだべか……。その、そこにいる農奴も私のもんになるんですか」

「そうなるな」

「そうですか……重ね重ね、ありがとうございます」

「それに伴い、そなたには苗字が授けられる。今後はミレナ・ヴァン・エルケ、もしくは縮めてミレナ・エルケと名乗るが良い」

「苗字が……? 分かりました、そうします」

「以上だ。下がるが良い」

「はい」


 ミレナは少し口角を上げて、謁見の間を去った。


 そわそわと待っていたラウラとエーファに結果を伝える。


「それは! たいそうなご褒美をもらわれましたね。ミレナ様のご活躍を思えばもっともらわれてもよろしいかと思われますが」

「う、うん……。もっと女王様みたいな生活を送っても許されると私も思うよ」

「いんや、私の夢は叶った」


 ミレナは静かに首を振る。


「これでティモの身柄を買い上げられる。ティモに豊かな暮らしをさせられる。それに加えて、私のもんになった農奴は幸運じゃ。私は農奴を酷使するような真似はしねえからな。すぐに無償で解放してやろう」

「ミレナ……」

「ミレナ様」

「だから、私は満足じゃ」


 ミレナはへらっと笑った。


 それからアルビーナの元に向かった。


 アルビーナは誰もいなくなった演習場でぽつんと寂しそうに立っていた。この天使は、最近はそうしていることが多い。


「アルビーナ様」

「あら、ミレナ。褒美は言い渡されたのね」

「はい。アルビーナ様のお陰です」

「まあね。でも、半分以上はあなたの実力よ」

「……その、力も、半分くらい失っちまいましたけど……」


 ミレナは先日のようには戦えなくなっていた。


 銃は取り出せるが、普通のマスケット銃とほとんど変わらない性能で、せいぜい撃てても二、三発が限度になっていた。

 ただ、調子が悪かったのは最初のうちだけで、徐々に撃てる数は増えた。このまま頑張って訓練をすれば、先日のようにとはいかずとも、充分に天下無双の働きができるまで魔力が回復するだろう。

 それでも、彼女にはまず充分な褒美と休息を与えるべきである。その後、彼女を復帰させるべきかは、彼女の魔力の回復度も見つつ、王宮で検討する。そして彼女が復帰するまでは、そのまま何もせずとも暮らしていけるように、配慮してやる。それがヨアヒム様の示せる最低限の敬意ではないか──と、アルビーナは進言した。

 すっかりアルビーナに対して頭の上がらなくなったヨアヒムは、これを承諾した。

 そしてミレナは、就任してから半年足らずで、年単位の大型の休暇をもらった。

 せっかく天から特別な力を与えられたのに、とミレナは少し後ろめたく思っている。


「気にすることじゃないわ」


 アルビーナは爽やかに笑った。


「きっと天は、今回の襲来に備えて、あなたに力を与えたもうたのよ。あなたは立派に役目を果たしたというわけ。だから、己を誇りなさい。それに一度力を失くしたといっても、あなたならすぐに取り戻せるわよ。自信を持って!」

「……分かりました」


 ミレナは素直に頷いた。


「それじゃあ今日は、これで失礼します。……王宮を出る日には、またご挨拶に伺いますんで」

「分かったわ」

「失礼します」


 ミレナは一人で部屋に戻った。

 ふかふかのベッドにばたんと仰向けになった。

 そして、「ふっふふん」と鼻歌を口ずさみ、穏やかに笑んだのだった。



 ***


 ミレナは、ラウラ、エーファ、ヴィット、アルビーナ、その他のみんなに挨拶を済ませると、馬車で王宮を辞し、一旦ティモを迎えに上がった。領主のダーフィト・ブレッカーに百万ペドルを叩きつけてティモを買い上げる。そこからまた馬車にティモを乗せてバーチュ近郊を目指した。


「ほれ、ティモ、見えてきたぞ。あれが私たちの新しいおうちじゃ!」


 ミレナは馬車の中から外を指差し、隣にいるティモの肩を叩いた。


「あれが? あんなにでっけえのがか?」


 ティモは目を丸くした。


「そうじゃ! あったかくてうまい食事にありつけて、ふかふかのベッドで眠れて、それに風呂にも入れる。理想のおうちじゃ!」

「お風呂? お風呂って姉ちゃんが前に言ってたあれか?」

「そうじゃ! お湯に浸かるんじゃ。夢みたいな気持ちになれるぞ!」

「わあ……」

「ヨアヒム様には召使いもつけてもらったんじゃがな、姉ちゃんは召使いにも贅沢な暮らしをさせるぞ。それから農民もおうちに招いて、立派な飯を食わせてやるんじゃ。どうじゃ? 素敵な計画じゃろ?」

「うん、すげえいいな、それ」


 ティモは目を輝かせる。


「みんなが幸せになれるんが一番じゃ」

「そうじゃろ、そうじゃろ。ティモは優しいなあ」

「何言っとるんじゃ。姉ちゃんが一番優しいくせにな」

「そうか……そう言ってくれるか。ありがとうなあ」


 ミレナはティモの頭を撫でた。ティモは照れ隠しに頭を守ってみせた。


「や、やめてくれ、姉ちゃん」

「さあ、そんなことを言っているうちにもう着くぞ。馬車ってのは速いなあ」

「……そうだなあ」


 馬車が止まった。御者の手を取ってミレナが先に降りる。ミレナのまとった上等なスカートがふわりと風に舞った。

 ミレナはティモに手を差し出した。ティモがその手を取って馬車を降りた。


 後ろではたくさんの荷物を積んだ荷馬車から、上質な食べ物やら布やら家具やら必要なものがどんどん運び出されてゆく。


「姉ちゃん、あれ手伝わねえでいいのか」

「手伝わん方がいいなあ。みんな、お金をもらって働いとるから、私らが邪魔したら悪い」

「そういうもんなのか」

「そういうもんじゃ」


 ミレナは新しい丈夫な靴でトタトタと屋敷の石段を上がると、大きく手を広げてティモを招き入れた。


「さあ、ティモ。ここが私らの家じゃ」


 ミレナはにこにこしていた。


「ここで、農民のみんなと一緒に畑を耕しながら、召使いのみんなと一緒に飯を作りながら、姉ちゃんと一緒に楽しく暮らしていこう。町でも農地でも好きなところに出かけよう。そんでお互い幸せになろう。な、ティモ」


 ティモは束の間、唇を噛み締めたが、すぐにこくんと頷いた。


「うん。姉ちゃん」


 二人は仲良く、新しい家の中に踏み入った。




                     ──第一部 おわり






***

作者註


ここまでお読みくださり誠にありがとうございます。

これにて一旦おしまいです。

第二部に関しましては鋭意執筆中ですので、少々お待ちいただければ幸いです。

引き続き応援よろしくお願いします。

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