第17話 決死の戦闘

 翌日、ルイゾンたちがやってきた。程なくして、シェルべ軍とロゴフ軍、両者の正規軍同士の衝突が起こった。

 ミレナたちは丘の陰に身を潜めて、機会を窺っていた。

 そして、正規軍の前線が混戦状態になり膠着したと見るや、ノランは作戦通りに攻撃指令を出した。


「弓兵、構え! ……放て!」


 斜め後ろからの攻撃に、ばたばたと騎兵や歩兵がやられる。運良く砲兵にも矢が届いたようだ。次の砲撃までの時を稼げる。


「槍兵、今だ! 突撃っ!」


 ヴィットたちが敵の崩れた陣形に突っ込んでゆき、目にも止まらぬ速さで敵兵を突いた。

 思わぬ急襲に、シェルべ軍が撹乱される。


「よし、ミレナ、盾兵、行ってこい!」

「はいっ」


 ミレナは走り込みの成果を活かして騎兵の元まで駆けつけると、ダダダダダダダと敵兵を蹂躙し始めた。


 作戦通りだ。


 敵の一翼が大幅に削れる事態となった。


 その隙を見逃さず、ロゴフの正規軍が一気に前に出る。


「よしっ、作戦成功だ。訓練通りに撤退するぞ」


 ヴィットが馬を翻して丘の向こうにまで戻る。他の槍兵もそれに続く。

 ミレナも魔法の盾に守られながら撤退した。


「みんな、よくやったね。一人も欠けていない。見事だ。でも、休んでいる暇はないよ。次は敵の控えの軍隊と後方支援部隊を潰しにかかろう」

 ノランは言った。

「さあ、事前の打ち合わせ通り、次の場所へ!」


 丘の陰に隠れたまま、特殊部隊は移動を始める。

 だが移動中に、思わぬものと対峙することとなる。


 いち早く異変を察知した先頭のノランは、進撃を止めさせた。


「前に誰かいるな」

 そう呟く。

「まさか……ルイゾンのやつ、僕ら特殊部隊の動きを先読みしていた……?」


 だが、ノランはすぐに動揺を鎮めた。


「弓兵ーッ、前に出ろ! 構え──放てッ!!」

 ヒュウッと必中の矢が空を切って襲いかかる。

 だがその多くは鎧の甲冑に弾かれてしまった。


「なっ……、重騎兵か!!」


 どういう作戦に基づいてか、向こうから確実に魔法部隊を狙ってやってきた部隊は、攻撃の主力たる重騎兵の集団だった。


「くそっ、やつらの装備では、さすがにこちらがやや不利か……!?」


 ノランが再び指令を出す。


「弓兵、準備が出来次第、敵の顔を狙え! 頭や胸や腹は狙うなよ!」

「はっ」


 今度は何人かが顔面に魔法の矢を食らって落馬した。だがまだ二十名もの重騎兵がこちらに猛進してくる。


「くっ」


 ノランは歯を食いしばった。


「槍兵! 臆するな! 二時の方向に迂回しつつ突撃! ──ミレナと盾兵に道を作れッ!!」

「ノラン先輩!?」

「作戦は成功させてもらうよ。やつらは僕らに任せろ。ミレナ、君は盾兵と共に敵の控えの軍隊を殱滅するんだ!」

「で、でも」

「これは命令だ! 行けッ!!」


 ノランらしからぬ激しい声に、ミレナは頬をはたかれたような気持ちになった。


「はっ、はい!」

 ミレナと盾兵たちは駆け出した。


 ヴィットたちの向かった先へと、敵の重騎兵たちは誘導されていく。ミレナはようやく読めるようになった地図を頭の中に思い浮かべて、真っ直ぐに走っていく。


「ヴィット、ノラン先輩、みんな……。無事でいてくれ! 行くぞおっ!」

「はいっ!」


 エーファたちはミレナの後ろに隠れて、盾を展開しながらひた走る。


 向かった先には軽騎兵が控えていた。


「むにゃーっ!」


 何かを叫んでいる。


「すまんが正面突破じゃ! 攻撃を開始する!」


 ミレナは銃を構えるとひたすらに乱射した。

 軽騎兵は当然ながら重騎兵より装備が軽い。その分機動力が優れており、瞬く間にミレナたちに向かって来てしまう。

 だが近づいたが最期、ことごとくがミレナの銃弾の餌食になった。人も、馬も。


「よし、全員撃破! このまま突進するべ!」


 小さな丘を登ると、その向こうには……控えの軍隊が百ばかりと、支援物資の置き場と、ルイゾン・ディオールが待ち構えていた。

 ルイゾンはミレナの到着を見て目を丸くした。


「むにゃ……いや、本当に魔法兵士がここまで来るとは。驚きだ」


 ルイゾンはペーツェル語で言った。


「だが貴様らの行動は読めていた! 今頃、我が腹心の重騎兵たちが、貴様の仲間を殺していることだろう! 貴様の狼藉も、ここまでだ! むにゃ、むにゃにゃッ!」

「むにゃーっ!」


 ミレナは険しい表情で、再び銃の乱射を始めた。

「魔法兵士を侮るんじゃねぇ! 私らは強いんじゃあっ!」

 歩兵も騎兵も、ミレナの銃の前にあっけなく倒れていく。

「むにゃ……」

 ルイゾンは考え込む表情になった。

「むにゃむにゃ、むにゃ、むにゃ……」

「何ごちゃごちゃ言っとるんじゃ! 今倒してやるからそこで待っとれ!」

「いや、むにゃむにゃ」


 ルイゾンはあっさりと構えを解いた。そしてむにゃむにゃと自軍に指令を出した。

 敵軍がルイゾンを守る体制のまま撤退を始める。


「逃げるんじゃねえ! ルイゾン!」

 こっちに尻を向けた兵士を次々と撃ち抜きながらミレナは叫んだ。ははは、とルイゾンは声高に笑った。

「むにゃむにゃむにゃ」


 馬に乗ったルイゾンの逃走速度は凄まじく、あっという間にミレナの攻撃射程外に逃げられてしまった。


「くそっ! 敵の将軍を目の前にしながら、逃がしちまった!」

「ミレナっ、今はそれよりもノラン先輩たちを見に行こう!」

「そうだべな、エーファ。こいつらを皆殺しにしたら、一旦戻るべ!」


 逃げ遅れた兵士に際限なく銃弾を浴びせて辺りを無人にしてから、ミレナは走り出した。

 駆け足で戻りながら、ミレナはうっと軽い吐き気に襲われた。それを周囲に悟られないようにごくりと唾を飲む。

 戦いはまだ終わっていない。

 人を殺していると思ってはいけない──その教えを守らなくては。何としてでも。


「ノラン先輩っ、助けに戻りました……」


 ヴィットたちと重騎兵が戦っていた場所まで戻ると、そこには数十名の死体が転がっていた。

 重騎兵と馬の死体。そしてそれ以外。……内訳は、ほとんどがペーツェル軍の魔法兵士の遺体だった。

 一人生き残って六名の重騎兵と対峙していたヴィットが、こちらにちらりと目をやった。


「油断するなミレナ! 奴らの装備は最強……」


 ずんっ、とヴィットの攻撃の隙を突いて、ヴィットは脇腹に敵のサーベルの刺突を食らった。


「うぐっ」

「ヴィット!」

「僕に構うな、ミレナ……っ!」

「ぼさっとするなっ、戦えっ!」


 血みどろになって地面に伏していたノランが声を張り上げた。


「こいつらはルイゾンの腹心だ! ミレナ、気をつけて……」


 ドシャッ、と重騎兵の馬が蹄鉄でノランの頭を踏み潰した。


「ノラン先輩!」

「ミレナ、銃を構えて!」


 エーファが叱咤した。


「先輩たちの努力を無駄にするつもりっ!?」

「す、すまねえ!」


 ミレナは数歩下がって銃を持ち直した。


「ルイゾンの手下なら相手に不足はねえ! やっちまうぞ!」


 ダダダダダダダ、とミレナは残された六名の重騎兵に向かって思いっきり射撃を行なった。

 やがて相手の顔が血に染まり、馬もろとも倒れ伏した。


「はあっ、はあっ……」


 六人やっただけで、ミレナは荒い息を吐いていた。必中といっても人体に必ず当たる程度で、ミレナの腕では顔面を正確に狙うことは困難だ。全力を出すことで数をこなして何とか倒せたが……。

 確かに、重騎兵とミレナの衝突を避けて、先にミレナを控えの部隊の元へ送ったのは正しい判断だった気がする。二十人もの熟練の重騎兵に足止めされていたら、ミレナも相当消耗したはずだ。

 だが、ミレナを庇っておとりになったせいで、ノランたちが犠牲に……!


「ううう……!!」


 その時、エーファが何故か、あらぬ方向を見上げた。


「……!! 何か、嫌な予感がする……!」


 そしてミレナと己の頭上から側面にかけて、いつもより強靭な盾を張った。


「エーファ……!?」


 次の瞬間だった。


 ドオーン、という爆音がした。


「!?」


 ミレナは何が起こったのか分からず、思わず目をつぶって頭を抱えた。


 ドオーン……ドオーン……ドオーン!!


 大砲による砲撃だ、と認識できたのはその後だった。


「エーファ!?」


 エーファ以外のほとんどの盾兵は、爆発に巻き込まれていた。

 みんな、全身から真っ赤に出血している。


「先輩方っ!」


 ミレナは叫んだが、盾兵らは既に事切れていた。

 残った盾兵はエーファのほかにあと二人だけ。


「くっ……! ヴィット! ノラン先輩! みんなっ!」


 ノランは頭蓋を砕かれて絶命していた。ヴィットはまだ辛うじて息があったが、早く手当てしないと危ない。

 ミレナは顔面蒼白になった。

 ヴィットは無念そうに呟いた。


「ルイゾンの、やつめ、ミレナが、ここに戻ることを、見越して、砲撃してきやがった……!」

「ヴィット、しゃべるんじゃねえ!」

「いや、僕は……」

「お前は必ず助かる。大丈夫だヴィット! 気を強く持つんじゃ! エーファ、ヴィットを頼んだ!」

「う、うん。任せて」


 ミレナはヴィットをエーファに預けると、ふっと表情を消した。


「……。それに、しても……」


 辺りを見回す。

 敵と仲間の遺体が無残にも散乱している。


「これは……現実のことだべか? 本当に起こったことか?」

「ミレナ……」


 エーファが声をかけたが、ミレナは聞いていなかった。


「ノラン先輩も、みんなも、死んだ……? こんなことがあっていいんだべか?」

「ミレナ、ここは早く逃げないと、次に大砲が飛んできたら危ない!」

「こんな……私の仲間が、こんないきなり、あっけなく、あっさり、たくさん死んでいいはずがねえ。嫌じゃ。こんなの嘘じゃ」


 ミレナはうずくまった。


「ミレナ! 聞いてる!? 逃げるの!」

「……許さねえ……」


 次にミレナが顔を上げた時、その目には激しい炎が燃え盛っていた。

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