第16話 特殊部隊の役割


 二十日後、ミレナたちはロゴフ王国首都のウルノに到着していた。


 ミレナたちペーツェル軍は、ロゴフ王フロル一世と、ロゴフの天使アンゼリカに挨拶をした。

 他国の天使を見るのはこれが初めてである。アンゼリカはアルビーナよりも大きくて、十四、五歳の少女に見えた。髪が白いのは同じだ。

 フロル一世も髪が白かった。こちらはぷるぷるのおじいちゃんであるからだ。


「よろしくお願いします!」

 ペーツェル軍一同は敬礼した。

「ほにゃら、ほにゃら」

 フロル一世はロゴフ語でそう言って、頷いた。


 ペーツェル王国全土がシェルべ王国の支配下に入ったことは、早馬による伝達で知らされていた。その後はアルビーナによる交渉のお陰か、今のところ市民や農奴への虐殺は防げているそうだ。しかしペーツェル人はシェルべ軍に無償で物資を提供せねばならず、税金も戦争に使うために無理矢理引き上げられた。

 国が負けるというのはこういうことかと、ミレナは思い知った。市民も農奴も、より過酷な取り立てを強いられる。


「ごめんなあティモ……姉ちゃんが不甲斐ないばっかりに、お前はもっと苦しい生活をする羽目になるのか」

 ミレナはちょっと落ち込んだ。しかしすぐに気を取り直した。

「すぐにペーツェル王国を取り戻してやらねえと。今度こそ私の力を発揮せにゃあ」


 そんなミレナたちに与えられた役割は、特殊部隊だった。ヴィットもエーファも先輩方も一緒である。


「お前たち魔法部隊は、正規の軍の中に組み込んで扱うには少々手に余る」

 ペーツェル軍の将軍、ラース・カウンは言った。

「よって臨機応変に攻撃できる特殊部隊として扱う。次の戦いで主力となるロゴフ軍側にも、この件は了承してもらった。魔法部隊は協力して作戦行動を取るように」

「はっ」

 ロゴフまで逃げ延びた魔法兵士たち三十人は、揃って敬礼した。

 ラースは重く頷き、言葉を継いだ。

「魔法部隊隊長は戦死したと聞いている。よって、我が軍の魔法部隊任命係のアルビーナ様に代わって私が、次なる隊長を指名する。ノラン・ドゥーゼ」

「はっ」

 ノランは張りのある声で答えた。ミレナの隣でヴィットが渋い顔をした。

「お前が作戦行動を取り仕切るように。ロゴフ王からはありがたく演習場を貸していただいているので、そこで訓練すること。以上、解散」

「はっ」

 みなはまた敬礼した。


「いやあ、参ったなあ」

 演習場にてそう言ったノランの顔はいつものように笑顔ではなく、本当に参っている様子だった。

「僕が特殊部隊の隊長……。指揮命令の訓練は確かに受けたけど、実戦での経験はあまりない。ラースさんは何を考えているのか」

「でもお前以外のやつはもっと経験不足だぜ」

「お前が一番ましってことじゃないか?」

「あはは、あんまり慰めにならないや……」


 そんな弱音を吐いていたノランだが、いざ訓練に入るとビシバシ行動し始めた。

 やがて新しい秩序が魔法部隊にはもたらされた。むしろ、仲間同士の絆がより深くなったようにミレナには感じられた。三十人で結束して戦に臨もうという気概があるように思う。

 ミレナも他の魔法兵士たちに、より親しみを感じるようになった。前までは貴族や富豪の出身の人々などどこか雲の上の遠い存在のように感じていたが、今はそうでもない。


 特殊部隊の基本的な作戦はこうだ。

 必中の弓矢を持つ弓兵たちは遠距離の背後から不意をつくのに適している。最初にノランをはじめとする弓兵が敵を確実に葬り、陣形を乱す。

 騎馬に乗った槍兵は機動力と突撃力に優れている。崩れた陣形に突進して半ば遊撃的に白兵戦を行い、必要に応じて退却する。

 盾兵は銃兵に付き添ってその防御に当たる。


「へっ?」

 最初にそれを聞いた時ミレナは大変驚いた。

「防御力を私にだけ割くってえことですか? そんなの申し訳ねえですよ!」

「いや、それでいいんだ」

 ノランはにこっと笑顔を向けた。

「アルビーナ様がいつもおっしゃっていただろう。君は僕らの、何倍、何十倍もの戦力になる。僕らの部隊にとっては君が主力で、それ以外の戦力はオマケに過ぎないよ。だから君の力を最大限に活かす方法を考えた。みんなと相談して決めたことだから、君が気に病む必要はない」

「ですが」

「もちろん君だけに頼っているわけじゃない。万が一君が使えなくなった場合は他の兵士でも補えるように考えてある。だが……」

 ノランはすっと真剣な表情になった。

「たとえ僕らの攻撃力が全滅したとしても、君一人が助かった方が、勝率は高い」

「……そんなあ」

「もちろん、君に加えてオマケの僕らがいた方がいいに決まっているから、それぞれ身を守る方策は考えてあるよ。弓兵はどこに配備しても矢を当てられるから、可能な限り安全な場所からの攻撃を行う。槍兵も騎馬隊のみで結成されているから速やかに退却ができる」

「……」

「銃兵には、弓兵および槍兵の攻撃により弱った敵を壊滅にまで追いやる、トドメの役割を担ってもらう。ただし退却の際、君には魔法の馬という脚が無いから、代わりに盾兵が君を保護することで時間を稼ぐ。これが僕らの出した最善の策なんだけど、どうかな?」


「……分かりました」

 ミレナは反論ができなかったので、そう答えるしかなかった。

「うん、よかった」

 ノランは再び笑った。

「じゃあ、訓練を始めるよ」


 こうして魔法部隊は作戦を滞りなく実行できるように訓練と調査を重ねた。


 弓兵は矢の威力を上げると同時に、ロゴフ軍と相談して、最適な陣地の候補地を考案する。

 槍兵は馬の練度を高め、機動力を伸ばす。また弓兵の提示した候補地からの攻撃に柔軟に対応できるよう、地形を頭に叩き込む。

 盾兵はミレナの動きを邪魔することなくミレナの身を守れるように、ミレナにつきっきりで臨機応変な防御を習得する。

 ミレナは以前アルビーナに指摘された通り、継続して弾を撃てる時間を伸ばすことに神経を注ぐ。


「敵の顔を見てはいけないよ」

 ノランが説教を垂れる。

「敵が人間だと思うと戦意が落ちる。そんなことでは戦果を上げられないよ。敵は天に仇なす悪魔だと思った方がいい。そして自分や味方を殺しに来る憎むべき相手だと。或いは訓練の時と同じ人形の的だと思うのもいいかもしれない。とにかく、人間を殺しているという感覚を捨てるんだ」

「はい……努力します」

「ああ、それでは駄目だよ。これは努力目標ではなく、必ず達成して欲しい目標だからね」

「は、はい、必ずやります」

「うん、それでいい」

 ノランはにっこりした。


 そうこうしているうちに、シェルべ王国は、ペーツェルでの地盤をある程度固めたらしい。ルイゾン率いるシェルべ軍が、ついにバーチュを発ったとの知らせが舞い込んだ。

 アルビーナが王宮の地下牢に入れられたという知らせも。


 これを聞いて多くの魔法兵士が動揺したが、ノランはそんな彼らを鼓舞した。

「アルビーナ様のためにも、我らのペーツェル王国を取り戻そう!」

「おおーっ」

 みなは声を上げた。

「おおーっ」

「ヴィット、ちゃんとノラン隊長についていくようになったね」

「むっ。上官の命令に従うのは軍人として当然の務めだ。私情を挟んでは統率力にかかわるだろう!」

「そんなに必死に言い訳せんでもいいんじゃよ」

「言い訳などではない! 正論を述べたまでだ」


 こうして一致団結した魔法特殊部隊は、翌日、一部のロゴフ軍と共に別働隊として首都ウルノを出た。


「また行軍だべかー」

「つ、疲れるよ、ね」

「魔法兵士たる者が文句を言うな」


 ロゴフ軍におけるペーツェル魔法兵士の格は決して高くない。ロゴフ軍の天使に選ばれたロゴフ魔法部隊は、宿営の際に領主の館の客室に入れたが、ミレナたちは個室ではなく、召使いたちの部屋をちょこっとずつ借りることになった。


 エーファとミレナは同じ女性の召使いの部屋にお邪魔していた。


「な、何か逆に安心するかも。王宮や客室は広すぎて落ち着かなかったから……」

「分かるなあ。こんなに贅沢していいもんだべかと、申し訳ねえ気持ちになるもんなあ」

「うん……」


 二人は召使いたちの間で悠々と睡眠を取った。


 そのように行軍は続き、十日後、軍はロゴフとペーツェル──今はシェルべ──の国境付近に到着した。

 シェルべ軍の越境を予測して、陣を張り始める。

 こうして迎え撃てば有利に戦闘を進められるだろうという、ミレナには分からない難しい計算のもと、ミレナたちは丘の向こう側に隠れることとなった。

 正規軍同士の衝突は、その丘の向こう側で起きるという想定だ。そこを特殊部隊が真横から攻撃する。


「うまくいきますように!」


 ミレナは天の神様に祈った。

 自分にペーツェル王国の運命がかかっているといっても過言ではない。仲間の命も。自分の行動次第で戦闘が動く。それを肝に銘じて、自軍に勝利をもたらすよう努力せねばなるまい。

 勝たなければ賞金はもらえないし、仲間も守れないのだから。

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