第11話 勝利の凱旋
「ね、ご覧になったでしょう? ヨアヒム様」
「……」
「農奴の娘と侮っておられたようですが、天は本当にミレナに力を与えたもうたのですよ」
「……ふむう」
すっかり気分が良くなったミレナは、ペーツェル国王ヨアヒム二世がおわす天幕にお邪魔して、跪いていた。アルビーナが得意げにミレナのことを自慢するので、ミレナは恐縮していた。
「あの大国シェルべを相手に容易く勝てたのも、ミレナのお陰。本当に彼女はよくやってくれましたよね、陛下?」
「……確かに認めざるを得んな。天の神のお力を」
「そうでしょうとも!」
「仕方ない。ミレナ、そなたには褒賞をとらせよう」
「わあ、本当ですか」
ミレナは目をきらきらさせてヨアヒムを見た。
「いくらいただけますでしょうか」
「それは我一人で即断できるものではない。協議して決める。それまで待てい」
「分かりました。よろしくお願いします」
「良かったわね、ミレナ」
「はい、アルビーナ様」
ミレナは嬉しさに胸を弾ませながら天幕を辞した。
これで目標に一歩近づいた。戦った甲斐があるというものだ。
「待ってろよ、ティモ。姉ちゃんが今に助けてやるからな」
もしティモを農奴の身分から解放できたら、とミレナは妄想した。
自分の賃金で都市に家を借りて、ひとまずはそこに住まわせよう。ミレナが王宮から得ている賃金があれば、食うには困らないはずだ。それでももし何か仕事がしたいというようなら、ミレナの伝手で王宮に雇ってもらうのも良いかもしれない。そうしたらもっと裕福な暮らしをさせてやれるぞ。
「んっふっふー」
ミレナはご機嫌に鼻歌を歌った。
「ところでミレナ」
アルビーナが突然目の前に着地したので、ミレナは腰を抜かしそうになった。
「わあっ、アルビーナ様。いきなり飛んでこねえでください」
「飛ぶも飛ばぬも私の勝手よ。ヨアヒム様の手前ああ言ったけど、ミレナ、あなた戦闘直後にぶっ倒れたんですって?」
「あ、はい。人を殺しすぎて、具合が悪くなっちまって」
「戦闘時の射撃の継続時間も訓練時より短かったわね?」
「はい……」
「ふうん」
アルビーナはふわりと浮き上がった。
「あなた、まだまだやれるんじゃない」
「そ、そうですね……」
「ま、気持ちの問題よね、そこは。ちゃんと覚悟し直しなさいね。弟のためにも、仲間のためにも」
「はい……」
ミレナはいくらかしゅんとなった。
仲間のためにも、という言葉が妙に胸に刺さった。
戦いを通して、ミレナにはこれまで以上に、仲間意識というものが芽生えていた。同期のヴィットやエーファはもちろん、魔法部隊の先輩方に対しても、そういったものは生まれていた。だから、自分がもっと気持ちを強く持つだけで、仲間の命が救われる……そう指摘されたような気がして、ミレナは悩ましく思ったのだった。
さて、敵軍を本来の国境付近まで押し戻すのは容易かった。
敗走する敵軍を追撃するのは容易いのだと、ミレナは先輩兵士に教わった。
そうでなくても、ペーツェル王国軍の謎の魔法兵力に恐れをなしたシェルべ王は、自軍に素早い退却を指示。シェルべ軍は国元まで逃げ帰った。
そこでミレナたちは、九日ほどをかけて首都バーチュに凱旋した。
早馬が新人魔法兵士の活躍を知らせていたので、ミレナたちは注目の的だった。物好きな市民たちが魔法部隊の最後列にいる者を一目見ようと集まっていた。拍手を送る者もあった。
「なんか照れちまうなあ」
「そ、そうだね」
「しゃんとしないか。みっともない」
王宮に着いて、ようやく解散の流れとなる。ミレナが自分の部屋の前まで行くと、そこにはラウラが待っていた。
「ミレナ様」
「おんやあ、ラウラ、待っててくれたんか」
「無事にご帰還なされたこと、嬉しく思います。本当に、よくぞご無事で」
「大袈裟じゃ。戦争って言っても、思ってたより大したことはなかったからなあ」
「左様ですか。さすがはミレナ様です。……お疲れのところ申し訳ございませんでした。どうぞお休みになられてください」
「おお、ありがとうなあ」
「何かご入用のものがあれば遠慮なくおっしゃってください」
「うんにゃ、大丈夫じゃ」
ミレナはラウラに笑いかけて、部屋に入った。
その後、お風呂に入って行軍の疲れを癒したミレナは、勝利を祝う祝宴に呼ばれて、またしてもご馳走にありついた。
ワインを飲んで酔っ払ったアルビーナが、ミレナの席のところまで来てミレナを立たせると、「今回の勝利の立役者よ〜!」と乾杯を促したので、ミレナはあわあわしてしまった。
「それにしてもミレナは酔っ払わないわね〜。お酒強いの?」
「さて……お酒なんてのはあんまり飲んだことがないもんで……」
「飲み足りないんじゃないの! もっと飲みなさい! ほらほら!」
「分かりました」
ミレナはグラスに注がれたワインを一息に飲み干した。ワーッと拍手と歓声が上がる。
「いい飲みっぷりね! いいわね!」
「アルビーナ様、あのう、私なんかにはお構いなく……」
「何を言ってるのよもう〜! 我が軍の英雄のくせに〜!」
「英雄ですかあ」
「そうよお〜」
「もったいねえお言葉です……」
アルビーナはすっかり調子に乗っていた。それを見て素直にミレナを称賛する者もあれば、ミレナのことを妬んで陰口を叩く者もあった。ミレナは机に並べられた豪勢な料理の数々を前に、またぼんやりとティモのことを考えていた。
わいわいと宴の夜は更けていった。
数日後、ミレナはヨアヒムに呼び出されたので、再び謁見の間に行っていた。
「そなたには特別の軍功がある」
ヨアヒムは無表情のまま言った。
「よって、賞与を三十万ペドル、及び一ヶ月の休暇、及び勲章を与えるものとする」
「三十万……」
残念、百万には遠く及ばなかった。こう言う場合どの程度もらえるものなのか、ミレナには分かっていなかったから、覚悟はしていたが。
「何ぞ不満でもあるのか」
「いえっ、とんでもございません。ありがとうございます」
ミレナは千ペドルの硬貨が三百枚入った袋を大事に抱えて部屋まで戻った。そしてそれを丁寧に机の中に仕舞って、鍵をかけた。
ティモの身柄は買えなかったが、今はそんなことより。
「休暇じゃ……。ティモに土産を持っていってやれるぞ」
ミレナはラウラに頼んで、保存のきく食材を一揃え用意してもらうことにした。そして自分はエーファの案内でバーチュの街に出て、自分の給料で色々と買い物をした。
「布は……長持ちする丈夫で着心地の良いやつがいいな。そいつで穴の空かないシャツとズボンを縫ってやるんじゃ。あっ、裁縫道具も新しいのにするべか。それから靴も、穴が空かなくて丈夫で動きやすいやつが欲しい」
「わ、分かった。お店を案内するよ」
人々が行き交う中、ミレナは大量の荷物を抱えて歩く。上機嫌で必要なものを買い揃え、王宮に持って帰った。
部屋に入ると、荷馬車丸々一つ分の食料が運び込まれていた。小麦粉、芋、干し肉、燻製肉、チーズ、バター、その他諸々。
「わあ、ラウラ、こんなに持ってきてくれたんだべか。ありがとうなあ」
「お安い御用です。出発は明日の朝ですよね。それまでにみんな馬車に積んでおくよう手配いたします」
「それは助かるなあ」
そんなわけで翌日の朝早く、二台の馬車が王宮からバーチュの街を出て南東に下った。ミレナの故郷のブレッカー領はそこから馬車で三日ほどの遠方に位置する。ミレナは御者の案内に従って、宿を借りながら、家まで帰った。
最後に寄った町で、ミレナは、パンやミルクなどの日持ちしない食べ物をどっさり買い込んだ。
それからブレッカー領の農地に入る。
王宮の馬車が二台も乗り込む騒ぎに、農奴たちは何事かと農作業の手を止めて顔を上げる。
「ティモ〜、姉ちゃんが帰ったぞ〜」
ミレナは馬車から飛び降りて家の戸を開ける。ティモはちょうど夕食の支度に皿を出していたところだった。ティモはびっくりしてコトンとテーブルに皿を置いた。
「……姉ちゃん?」
「そうじゃ、姉ちゃんじゃ」
「もう帰ったんだべか?」
「休暇をもらったんじゃ。一ヶ月くらいここにいられるぞ」
「姉ちゃん……」
ミレナとティモは歩み寄って、抱擁を交わした。
「姉ちゃん、お前にいいもんたっくさん買ってきたからな。御者さ〜ん、すみませんが運ぶのを手伝っていただけねえでしょうか」
「運ぶって?」
「お土産じゃ! びっくりするぞ〜」
そして運び込まれた品々にティモは本当に腰を抜かすほど驚いた。
「さ、姉ちゃんは荷解きをするから、ティモはパンをお食べ」
「これが……パン……? こんなにふわふわで……こんなにたくさんあるんだべか……? これ本当に食べちまっていいんか」
「そうじゃ。王宮の人らは毎日そいつを食べとる。ティモも遠慮せずに食いな」
ティモは恐る恐るパンを頬張った。
「うっま……! うまい! こんなパンは初めてじゃ!」
「そうじゃろ。あ、ちゃんと飲み物も飲まんと喉を詰まらすぞ。今日はミルクも買ってきたからたんとお飲み」
「……」
ティモは一心に食べ、飲んだ。
「こんなに上等な食べ物は食べたことがない……。お腹がいっぱいになるって、こんな感覚だったんだなあ……」
ミレナは夢が一つ叶ったことに思わず感涙しそうになった。
「そうか。喜んでくれて姉ちゃんは嬉しい」
「ありがとうなあ、姉ちゃん」
「何の。王宮の立派なパンを食べるたんびに、姉ちゃんはお前に対して後ろめたい思いをしとった。だから今日はたくさん食ってもらうと決めとったんじゃ。夢が叶って姉ちゃんは満足じゃ」
二人は笑い合った。
そして久しぶりにミレナは藁の布団で眠りについた。
寝心地は非常に悪かったが、隣の藁布団ではティモが安らかに眠っているのだと思うと、これ以上なく幸せな気持ちだった。
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