第7話 全力の訓練

 演習場の隅っこで、ミレナとエーファとヴィットは、アルビーナと向かい合って立っていた。


「聞いたわよ、ミレナ」


 アルビーナが言った。


「ちゃんと読み書きを覚えているらしいじゃない。農奴だからって馬鹿にしちゃいけなかったわね。優秀な人材っていうのはどこにでも隠れているものなのね」


 相変わらずアルビーナの褒めは分かりづらい。ミレナは「ありがとうございます」と言っておいた。


「それで、何で私たち三人だけでアルビーナ様と訓練なんです?」

「あなたたちの魔法は規格外だから、他の子と一緒だと訓練にならないのよ」

「はあ、そうですか。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!!」

「よろしく、お願いします……」

「そうね」


 アルビーナは頷いた。


「ではまず、ミレナ。あなたの最大の魔力で、銃を撃ってごらんなさい。的はあれ」


 アルビーナは木でできた人形を指差した。


「なるべく多くの弾を撃ち出した上で、全弾命中させなさい。いい? 全力でやるのよ」

「分かりました」


 ミレナは薄く黄金に輝くマスケット銃を取り出すと、すっと構えを取った。集中力を高めて、魔力を練り上げる。


「行きますよお……せーいっ!」


 途端に魔法の火花がピカピカと飛び散り、魔法の銃弾が連射され始めた。

 ミレナは銃の構造や仕組みやその理論など知る由も無かったので、実のところこれは半分くらいは、マスケット銃の見かけをした魔力早撃ち器と言って良かった。引き金を引くのはあくまで攻撃開始のきっかけ。実際にやっていることは、魔力で作った弾丸を、魔力でひたすら撃ち出すという、単純な力技。ただし猛烈な速さと強度が求められるので、並みの魔法使いでは使いこなせない。

 全力を出し切ったミレナは、はあはあと荒い息を吐きながら銃を消し去った。アルビーナの方を見る。


「ど、どうでしたか?」

「ええ、いいわね。相変わらず規格外。戦場でも通用するでしょうね」

「やったあ」

「そこで、まずは魔力の更なる底上げ。今よりもっとたくさん弾を出せるようになりなさい。あと、飛距離も伸ばすように」

「? 今のままでも通用するんじゃねえんですか?」

「私、考えたのよ」


 アルビーナは年格好に似合わぬ賢しげな笑みを浮かべた。


「通用する、だけじゃ駄目なのよ、魔法部隊は。敵を撃滅。殲滅。全滅させる。それがこれからの時代の魔法部隊の役割よ。そしてその中心を担うのが、あなたたち三人というわけ」

「はあ、なるほど」

「だからもっと鍛えなさい」

「どうすれば鍛えられますか?」

「実践あるのみ。ひたすら撃って撃って撃ちまくりなさい。的なら召使いがいくらでも作るから、とにかくたくさんやるの。分かったわね?」

「はい」

「それからお勉強も欠かさずやること」

「はい」

「ミレナは以上よ」

「あれ、私だけもうおしまいですか?」

「ええ」


 アルビーナは頷いた。


「あなたには、難しいことを考えずに戦える、強力な主戦力になって欲しいのよ。だとしたらひたすら鍛えるのが一番。ある程度鍛えられたら、また私から色々教えるわ」

「……分かりました。私はまだまだってえことですね。気張ります!」

「その意気よ。じゃああとは個人で練習。分からないことがあったら先輩に聞きなさい」

「はい」


 ミレナは敬礼した。それからエーファとヴィットに「それじゃ、エーファもヴィットも頑張ってなあ」と声をかけて、その場を去った。


「あ、ありがとう」

 エーファは言った。

「……」

 ヴィットは黙って険しい顔をしていた。


 ミレナは召使いの案内に従って、的がたくさん用意してある方へ向かった。


 それからはミレナは全ての練習時間に全力を尽くした。全力で魔力を練り上げ、全力で狙いを定め、全力で撃った。頭がくらくらするまで……否、くらくらしながらも全身全霊で訓練に取り組んだ。

 主戦力として期待されているなら、賞金もたくさんもらえるはず。だとしたらアルビーナの期待に応えられるようになるまで、休んでなどいられない。

 体力育成も課題だった。がりがりに痩せたミレナは、装備を身につけて動けるほどの筋力も無い。ここはノランなどの先輩に指導を仰いで、走り込みをはじめとした体力向上のための訓練に勤しんだ。


 暗くなって辺りが見えなくなってからは、部屋に戻って、明かりを灯して勉強に励んだ。ラウラは徐々に難易度の高い本を持ってきてくれるから、それを読んだり、模写したりした。

 読み書きというのは単に文字が読めて書けるだけでいいわけではないことをミレナは知った。きちんと自分の頭で噛み砕きながら読む必要があるし、文章も頭の中で物事を整理しながら書く必要がある。これまた、大変な訓練だった。

 時には寝る間も食べる間も惜しんで、ミレナは射撃と運動と勉強に取り組んだ。ラウラは心配して休むように進言したが、ミレナは生返事をして、隠れて勉強を続けた。


 これくらいの苦労が何だ、と思っていた。

 ティモは寒い家で独りぼっちで、きつい労働を毎日こなしているに違いない。それに比べたら自分は百倍は恵まれている。だからその分、ミレナには頑張る義務があるのだ。


 そんな風に一日中全力を出していたものだから、ミレナは七日程でぶっ倒れた。

 射撃の途中でふっと意識が遠のいて、手の中から銃が消え失せた感覚だけを覚えている。そこから先は真っ暗闇だった。


 目が覚めると、ミレナはふかふかの布団に横たわっていた。ぼんやりとラウラの姿が見えた。

「いけねえっ、訓練の途中っ……」

 ミレナは飛び起きて、ぐらっと激しいめまいに襲われた。

「ミレナ様」

 ラウラが急いでミレナを寝かしつけた。

「いけませんよ、無理をなさっては」

「無理なんかしてねえ」

「してます。ミレナ様は、過労で倒れたんですよ」

 ラウラは珍しくこわい顔をした。

「ミレナ様、私の忠告を無視して、お休みにならなかったでしょう。これはその報いです」

「……そんなあ」

「ずっと頑張っていては体に障ります。適度な休息を取らないと、勉強も訓練も捗りません。逆効果ですよ」

「そうなんだべか……私、失敗しちまったのか」

 ミレナも珍しく沈んだ様子だった。

「どうも私は愚図で……自分のことになるとよく分からなくなっちまうし……。家では一日中畑仕事をしてたもんで……ずっと頑張る他に方法を知らなかったんじゃ」

「……慣れないことを、根を詰めてなさっては、倒れもするでしょう」

「そうか」

「そうです。これからは適度に休憩を挟んでください。私も気をつけますから」

「分かった」

「今は充分にお休みになってください。でないと、魔法兵士として働けませんよ」

「そりゃあ困るなあ。分かったよ」


 ミレナはおとなしく目をつぶった。

 結局ミレナは、しばらく寝込んでいた。


 途中、エーファが見舞いに来たので、ミレナは「あれまあ」と言った。

「まさかエーファが来てくださるとは思いませんでした……」

「あっ、あのっ、ミレナにはよくしてもらっていたので」

「私、何かしたっけか? 覚えてねえです。すみませんなあ」

「どっ、同期として、話しかけてもらったり、優しく接してもらったりしたので……あの、なので、敬語は結構です」

「そうか。私は大したことしてねえのに。ありがとうなあ」

「どういたしまして。そ、それで、これ、街に出た時に買ったお菓子だよ。良くなったら、食べてね」

「あれまあ……! お菓子なんて高そうなもん、もらっちまっていいのか?」

「是非。お見舞いの品だから」

「ありがとうなあ」

「う、うん」

 エーファは遠慮がちに微笑むと、長居せずに退室した。


 そんな感じで療養生活が続いた。医者の許可が出て動けるようになるまでには、三日かかった。


「もう大丈夫でしょう」

 医者は言った。

「お医者様に診ていただくなんて初めてじゃ……お代は高くつくんでしょうか」

 ミレナは心配になって医者に尋ねた。

「いえ、私は王宮付きの医師ですから、あなた様のお金を頂戴することはございませんよ」

「そうか……良かったあ」

 ミレナは胸を撫で下ろした。


 そして翌日から、ラウラに稼働時間を監視してもらいつつ、訓練に戻ったのだった。


 頑張りすぎは良くないと知ったミレナだったが、頑張ったお陰か、嬉しいことに進展もあった。

 復帰したミレナはほどなくして、かなりの遠距離から銃弾を撃てるようになっていった。


 このことは、ペーツェル王国軍にとって、非常に有利なことであった。

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