第5話 魔法の実験
朝日が昇る。柔らかな光がミレナの瞼を照らす。
「朝じゃあー! 仕事じゃあー!」
ミレナは飛び起きた。
そして、自分が藁の布団ではなく、ふかふかでぬくぬくのベッドに座っていることに気がついた。それから、肌触りのいい寝巻きを着ていることにも。
「あっ」
遅れて、昨晩何があったかを思い出す。
「ティモ……」
自分はこうして暖かい布団にくるまれて気持ちよく朝を迎えているのに、可愛い弟のティモは、寒い中震えながら起床して、かじかんだ手で冷めたポリッジを啜り、たった一人で農具を背負って働きに出かけている……そう思うとやり切れなかった。
だが、へこたれている場合ではない。ミレナはここで優秀な魔法兵士となって、お金をガッツリ稼ぐのだ。気合いを入れ直さなければ。
ミレナは身支度を整えた。髪の複雑な編み込み方は分からなかったが、三つ編みならできるので、それで後ろで一つに結った。与えられた制服なるものを着込む。ふりふりの飾りがついたシャツに、厳つい軍服ふうの灰色の上着。同じく灰色のズボンとベルト。革でできた長靴。
「おやまあ、私も軍人さんらしくなったもんじゃなあ」
鏡の前で腕を組んだりして、偉そうな格好をしてみる。
さて、アルビーナからは朝八時に裏庭の演習場来るようにと言われている。それまでに軽く食事を摂りたい。
部屋の机の上には王宮の地図が乗っていたが、読み方が分からなかった。
ミレナは廊下に出て、その辺を歩いている召使いを捕まえた。
「すみません、私が朝ごはんを食べられる場所って、どこだかご存知ですか?」
「はいっ!?」
召使いはびっくりしたように固まって、それからカクカクと緊張したように頷いた。
「もちろんです。ご案内いたします」
「ありがとうございます」
「いえっ、そんな、お礼なんて……」
ミレナは召使いについててくてくと食堂に向かった。
そこには、ほかほかのパン、ハム、ソーセージ、チーズ、卵料理など、素晴らしい料理がずらりと並んでいた。
「これが朝ごはんですか? 昼ではなく?」
「はい。朝ごはんにございます」
「こんなに豪華なんですか? ひゃー」
「ごゆっくりお召し上がりください」
「案内ありがとうございました」
「とんでもございません。では、失礼します」
ミレナは周りの人の動きを観察しいしい、粗相の無いように気をつけて料理を受け取り、なるべく教わった通りにお行儀よく食べた。
腹がくちくなると多幸感に包まれると共に、ティモを思って悲しくなる。自分ばかりこんな贅沢をするなんて後ろめたかった。
さて、八時になったので予定通りミレナは裏庭に赴いた。案内の召使いにお礼を言って、集合場所に駆け寄る。そこにはアルビーナと、何人かの先輩軍人と、官僚と、エーファとヴィットがいた。
「おはようございます。……あんれえ、私、遅れちまいましたか?」
「いいえ、時間通りよ。大丈夫」
アルビーナはにこやかにミレナを見上げた。
「さあ、今日は新人三人の魔法の実験をするわよ」
そう、アルビーナから授かった力を、今こそここで試すのである。
「まずは先輩方がお手本を。……ノラン!」
「はい」
誰かと思えば、昨日のパーティーで話しかけてくれた黒髪の男性だった。
「あなたの弓の力をお見せなさい」
「承知しました、アルビーナ様」
演習場にはちょっと歪な人型の的がたくさん並んでいる。ボロ布で包まれているが、中身は堅い木材であるらしい。
ノランは持っていた魔法の弓を構えると、空中からパッと矢を取り出した。それをヒュウと放つと、矢は三つに分裂し、不自然な軌道を辿って三つの的の頭に命中した。
「お見事。ご苦労様」
「勿体無いお言葉です」
ノランは爽やかな笑顔でアルビーナに応えた。
これが魔法か、とミレナは感心した。
アルビーナは頷くと、「では、新人の実験に移るわよ」とこちらに向き直った。
「まずはヴィット。思うがままに魔力を解放して、あの人形を攻撃してご覧なさい」
「はっ」
ヴィットは敬礼すると、バッと両手を広げた。
ヴィットの手には立派な作りの黄金の槍が、ヴィットの目の前には光り輝く半透明の馬が現れた。ヴィットは馬に飛び乗り、演習場を風のように駆けた。
おおー、と先輩方からどよめきが上がる。
「はあーっ!」
ヴィットは槍で人形がを次々と突き刺し、薙ぎ払った。演習場をぐるりと回って元の位置まで戻ってくる。
先輩方から拍手が上がった。
「いい感じね。素晴らしい身のこなし。槍の威力も申し分なし。何より、馬が勇猛果敢で素早い。さすが、騎士の子ね」
アルビーナは言った。手に持った紙に何かをさらさらとメモする。
「はっ。お褒めに預かり光栄です」
ヴィットは堅苦しく礼を述べた。
「次、エーファ。先輩方が槍を突き出すから、それから身を守ってみて頂戴」
「ひっ、ひええ!」
エーファは、先輩方から魔法の槍を向けられて、縮み上がった。
「い、嫌です私は本当はこんなことやりたくないんですうーっ!!」
頭を抱えてしゃがみ込む。
途端に空中に光り輝く透明な壁が出現し、先輩方の槍の穂先を防いだ。それどころか壁はスススと音もなく前進し、先輩方を押し戻し始めた。
おおお、と先輩方は動揺の声を上げた。
「もういいわよ、エーファ。盾の大きさも充分、それに操り方も完璧ね。やるじゃない」
「う、嘘……」
エーファは呆然として、魔法を解いた。
「最後、ミレナ。魔力を解放して、人形を仕留めてみて頂戴」
「はあい」
よく分からなかったが、あの時みなぎっていた力を使えばいいのだろう。ミレナはお腹にグググと力を込めた。その力が腕に伝わる。ぽん、と手の中に銃らしきものが出現した。
「マスケット銃ね」
アルビーナが言う。
「へえ、そんな名前があるんですか」
ミレナはしげしげと手の中に現れた銃器を眺めた。すらりと長細くて、引き金の近くは三角っぽい形になっている。よく手に馴染む感じがした。
とりあえずミレナは銃を構えた。正しい立ち方や構え方は、自然と理解していた。的に向けて引き金を引いてみる。
途端、ダダダダダダダと際限なく魔法の弾が飛び出してきて、その全てが各人形に次々と命中した。全ての人形を撃ち終えると、最初の人形に戻って撃ち直しが始まる。
「おお〜」
ミレナは自分で感心しながらも引き金を引き続けた。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ。
カチッ、と音がして、弾が出なくなった。
「ありゃ」
「……もう結構よ」
アルビーナが緊迫した声で言った。ミレナは首を傾げた。
「あの、どうかなさいましたか?」
「どうかも何も」
アルビーナは若干恐れを成しているようだった。
「……そんなに連射できる銃なんて見たことがないわよ!!」
「えっ? そうなんですか?」
「そうよ。銃の装填には時間がかかるものなの。だから一発、多くても数発撃ったらそれでおしまい、次は再装填するまで銃は使えない。そのはずなのに……」
「はあ、そうですか」
「私、あなたのこと、他の弓兵と同じく、三発くらいずつを必中で出せる程度だと思っていたわ。それが銃器に変わった程度だと。……全然違った! あなた、常識外れもいいところよ!」
「えーと」
「こういうのを何て言うのかしらね……。まるで世界の理を覆しているような……。私が力を与えておいて何だけど、もう、ズルいほどに強いわよ、あなた!」
「よく分からねえんですが、私、褒められてます?」
「そうよ! 素晴らしいわ、ミレナ!」
「そんじゃあ、これで敵をたくさん倒せますか?」
「当然!」
「そしたら、賞金をたくさんもらえますか?」
「もちろん!」
「やったあー! ありがとうございます!」
ミレナは銃をパッと消してしまうと、にこにこと笑って喜んだ。
だが、チッ、と大きな舌打ちが聞こえた。
「農奴ごときが、運が良かっただけで調子に乗りおって」
「?」
ミレナは先輩方の方を見た。ノランが、悪口を言った先輩を、「まあまあ」となだめている。
「あのー」
ミレナは先輩に話しかけた。
「私、また何かやっちまいましたか? すみません、私、気が利かねえもんで……。お気に障ったんでしたら、謝ります。すみませんでした」
「いや、昨日も言った通り、これは君が謝ることじゃないんだ」
ノランは言った。
「ほら、君。君の方からミレナに謝るんだ」
「誰が謝るものか。農奴ごときに頭を下げるなんざ御免被る」
「こら……!」
「いえ、先輩に謝っていただくなんて、とんでもねえことでございます」
ミレナは首を振った。
「私が今後気をつけますんで……ただ、何を気をつけたらいいんか、よく分からねえんですけれども……」
「何だと?」
「あっはは」
ノランは笑った。
「あなたたち、そろそろお遊戯の時間はおしまいよ」
アルビーナは言った。
「みな、それぞれの訓練に戻りなさい。私は今回の結果を鑑みて作戦を立てるわ。その間、新人三人は、お勉強の時間よ」
ミレナは目を丸くした。
「お、お勉強……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます