アーヴェン(1-2)

「ここが、その場所か……」


 アーヴェンは火山近くに生い茂る森に訪れていた。


 手帳を取り出したアーヴェンが周囲を見渡して、薮に隠れる。手帳に記されていたのは魔物の生息域、そして大移動の予兆時に生息域から離れた魔物達の移動先だった。


 それらを照らし合わせれば、一つの事実に気がつくことができる。ある場所を中心として魔物達が移動しているのだ。その場所が、アーヴェンの訪れた森である。


 アーヴェンの目的は一つ。魔物の大移動を引き起こした原因を特定することだった。


「そして現れたのは、奇妙な白い服の連中か」


 薮から覗く先に森の中で行動するには不自然な白の装いで歩く人影を発見したアーヴェンはその後を追いかける。


 アーヴェンが一人で行動しているのには理由があった。


 危険な魔物などがいた場合に、一人でいる方が隠れてやり過ごすことが容易になること。


 そして大移動の余波を上位の冒険者が片付けている状況で、一番強いのがアーヴェンであったこと。


 その二つの理由に加えて、原因が移動する可能性も踏まえてアーヴェンは大移動の翌日という最速の日程で一人での冒険に踏み出たのだ。


「追いかけた先に怪しげな建物と。一人で来て正解か。ルーとクロに隠密の経験はないだろうからな」


 懐に忍ばせた『消音』の魔道具により声も移動音も消したアーヴェンが、建物を見上げて苦笑いを浮かべた。


 荘厳な雰囲気を滲ませる大きな建物は森の中に建っているにしては不似合いなほどに綺麗さを保っている。


 まるで何処かからそのまま持ってきたかのように、建物は森の中で異様な存在感を放っていた。


「本当ならシロあたりが得意なんだろうがな。奴隷商人の撲滅に忙しいから仕方ない、か」


 建物に入り、人目を避けながらにアーヴェンは奥へ奥へと進む。


 魔物の大移動が発生した場所に集った見るからに怪しい集団。その目的をアーヴェンは調べる必要があると判断した。


「資料か何かがあると良いんだが……」


 しばらく奥に進んだアーヴェンは大きな机とそれを椅子で囲む大きめの部屋に辿り着く。


 会議室のような場所だろうと気がついたアーヴェンは紙の類がないかと周囲を見渡し、棚の引き出しを一つ開けた。


 まさにその時だ。

 

「--くそ、何もわからないのでは意味がない!」

 

 大きな声に合わせてドンッと音が響く。壁を殴りつけたような音だった。


 そして二つの足音が部屋へと迫る。


「まずいな」


 資料を探すことに意識を向けて、アーヴェンは人の接近に気がつくのが遅れていた。


 会議室に隠れられるような場所はない。どうか別の場所へ行ってくれと願うも、足音は迷うこともなく会議室へと向かっていた。


 咄嗟にアーヴェンが隠れたのは大きな机の下。少し覗かれれば見つかるようなその場所で息を潜めた。


「では報告をさせていただきます」


「良い報告か? 魔物の大移動は仕方ないとしても、ナコには姫の捜索も任せていたが」


「申し訳ありません、黒師様。姫の捜索に関しても手がかりはなく……」


 部屋に入ってきたのは、黒の装束に身を包んだ男と白の装束に身を包んだ男だった。


 その二人の会話にアーヴェンは固唾を飲みながらも耳を傾ける。


「そうか……。ひとまずその資料を、見せてみろ」


「はい。これが今回の報告書--」


 ナコの言葉が途中で止まり、バサッと紙が落ちる音が響いた。


 アーヴェンの目前に散らばる資料。ナコが資料を落としたのだ。


「申し訳ありません」


 ナコが屈み資料に手を伸ばす。


 その瞬間、机の下でアーヴェンとナコの視線が確かに交差した。

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