アーヴェン(1-1)

「火口の近くまで来ると流石に対策をしていても熱いな」


「うにゃー、アタシはここで待ってるわ……。上にはルーとアーヴェンだけで行きなさい」


 ボルタレ火山の頂上付近。熱さ対策も兼ねた火耐性装備に身を包んだクロが息も絶え絶えに座りこむ。


 クロに慌てて駆け寄ったのは火耐性装備の下に『寒冷』の付与道具をしこんだルーチェだった。


「そんな! この先に見たこともない景色があるかもしれませんよ?」


「それでも、今回アタシは無理ね。これ以上熱くなったら気を失って最悪死ぬわ」


 既に視点が定まっていない瞳でクロはぼんやりとルーチェを見つめ、水筒からごくごくと水を飲んだ。


 その様子をちらと眺めながらアーヴェンは深く息を吐き出す。


「猫人族は熱さに強いとか言って『寒冷』の付与道具を断るからだろうが。とはいえ無理をさせるわけにはいかないからな。今回はここまでにするか」


「いいわよ、上に行きなさいってば。アタシの失敗でアンタ達まで付き合う必要はないわ」


 クロはアーヴェン達二人を追い払うように手で促すと、地面に倒れこむ。登るにしろ降りるにしろ、しばらくクロは動けそうにもなかった。


「わかった。一応念のためにと買っておいた使い捨ての魔道具がある。とっておきだがこのままじゃクロが死にかねないからな。使うぞ」


 有無を言わさぬ口調でアーヴェンが小さな石を取り出す。その石に魔力を通した瞬間、石は割れて周囲に冷気が溢れた。


「『寒冷』の魔道具だ。しばらくこの場所は寒くなる。まぁ周囲と混ざり合って涼しい程度だろうがな。ひとまずここで休むといい。俺達は頂上を見てくるさ」


「あーっ、涼しいわね! とにかく、行ってきなさい。いい場所あったら教えなさいよね」


 クロは息を吹き返すように起き上がり、再び水筒の水をごくごくと飲んだ。


「はい! 先に下見をしてきますね」


 クロの様子をしばし見つめ、ひとまず体調に問題はないようだと確認したアーヴェンとルーチェは頂上を目指して登山を再開した。


「それにしても、準備がしっかりしてありますね。付与道具に魔道具、高かったのでは?」


「そこそこにはな。だが痛くも痒くもないぞ。そもそも、お前達に会うまでは一人で中堅の冒険者をしてたんだ。金なら沢山あるさ」


 一歩一歩と山肌に手をかけながら二人は登る。他愛のない会話をする余裕があるくらいには付与道具の効果は強力だった。


「その、答えたくなければいいんですが。どうしてアーヴェンさんは一人で?」


 今まで気になっていながらも聞けずにいた話を、二人きりとなった機会にルーチェは問いかけた。


「別に深い理由なんてないぞ。俺の戦い方が悪くてな。報酬が減るからと一派を断られてきただけだ」


 アーヴェンの戦い方といえば、圧縮した剣気を解放することで魔物を内側から爆発させるものだ。


 冒険者を志した時、最も魔物を打ち倒すのに便利な戦い方を考えたアーヴェンはその技術を手に入れた。


 アーヴェンにとって重要なのは知らないことを知ること、見たことのないものを見ること。魔物の討伐は障害の排除でしかなく、綺麗に倒すことなど考えていなかったのだ。


「冒険者には金稼ぎが目的な者の方が多い。それを悪いことだとは思わないが、俺とは合わないんだ。だから一人だった。お前達と会うまではな」


 アーヴェンが楽しそうな笑みを浮かべてルーチェを見つめる。


 クロとルーチェに出会ってからの冒険はアーヴェンにとってかつてないほど心躍る物だった。冒険の良さが理解できる仲間を、アーヴェンは心の底でずっと待ち望んでいたのだ。


「そうだったんですね。たしかに、クロさんもアーヴェンさんも冒険自体を楽しんでますから気が合う……あら?」


 にこにこと微笑みながら話していたルーチェの言葉がそこで止まった。


「道がありませんね」


 ルーチェが見上げたのは、突然急になった斜面。もはや小さな崖と呼んでもいいような険しい山肌は、歩いて登れそうになかった。


「登るにはあそこに跳ばないと駄目か。クロがいれば簡単なんだがな」


 アーヴェンは少し目を細めて登るべき場所を探し出して深く息を吐き出す。


 誰か一人でも登れば引き上げることも容易いだろうが、普人族の跳躍力では厳しい高さだった。


「さて、どうするか」


「あの高さですよね。……また大移動の時みたいに足場になってもらって大丈夫ですか? 多分、届きますので」


「なるほど、あの時のか……。よし、わかった。任せるぞ」


 アーヴェンは屈んで手を差し出した。


 その手に助走で勢いをつけたルーチェが足を乗せ、跳躍のために強く蹴る。その瞬間に合わせアーヴェンもルーチェを押し出すように手を持ち上げた。


「よいしょっ、と!」


 ルーチェの身体は軽々と宙に舞い、目指していた足場に着地する。後は縄を上手く使ってアーヴェンを引き上げるだけだった。


「それにしても人の手なんて不安定な足場でよく跳べるな。たしかに上手くいけば高くはとべるんだろうが」


「それは、慣れてるからですかね。弟に土台になってもらって高い所に登ったりしてたんですよ」


 ルーチェは昔を思い出して微笑む。


 庭に生えた木の果実を取ったり、こっそり庭から城の二階に跳んだり。弟と遊びのために協力して跳ぶことがルーチェは多かったのだ。


「くくっ、やんちゃだったわけだな」


「もう、あんまり笑わないでくださいよ。って、見てください! 火口ですよ、火口! 着きましたね、頂上!」


「あぁ、そうだな。やたらと熱いが、面白いなこれは」


 アーヴェンとルーチェは火口を見下ろす。


 そこにはどろどろと焼け溶けた岩が溜まっており、時折爆音を響かせて吹き上がっていた。

 

「あれが溶岩ですか……。なんというか、初めて見ましたが凄まじいですね」


「間違って入りでもしたら即死だろうな。それにしても何がどうなったらああなるんだか、興味深いな」


 アーヴェンはその瞳を子どものように輝かせて溶岩を見つめる。その横顔を見てルーチェも微笑んだ。


「これは一見の価値ありですね。あとでクロさんにも言っておきましょう」


「あぁ、そうだな。そろそろ戻るか。熱いのもそうだが、クロが死にかけてるかもしれんからな」


「たしかに、様子は見ないとですね」


 こうして火口を存分に眺めたルーチェとアーヴェンは山を降りてクロと合流した。


 そして火口を見れなくて悔しがるクロと談笑しながら三人は山を降り、ふもとでアーヴェンだけ離脱することになる。


 アーヴェンには一人でやらなければならないことがあったのだ。

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