ルーチェ(2-8)

 がやがやと騒がしい声が響く酒場。その中でも一際豪華に料理が置かれた机にルーチェ達三人は座っていた。


「さて、というわけで換金も済ませたところで祝勝会兼歓迎会としよう」


「いいわね! これもまた冒険者って感じだわ!」


 大狼の素材を売って得た硬貨を机の真ん中に置きアーヴェンは満足そうな笑みを浮かべる。クロもまた満面の笑みだった。冒険者組合に売り渡した素材は、その綺麗さによって想定の三倍にもなる額となったのだ。


 それに加えて兎の草原に大狼が現れたという情報にも、報告報酬としてアーヴェン達は金を受け取っていた。


 そのため、アーヴェン達は日銭どころではない金額を得ることに成功していたのだ。三人で分けても質素な生活ならば一月ほどは依頼を受けなくてもいいだけの収入を彼らは得ていた。


「その、いいのでしょうか。アーヴェンさんがここの食事代を全部払うとのことでしたが」


「構わない。なにせ俺はこの前チアーレ商会から貰った良い仕事を片付けたばかりでな。それに一応お前達が俺の一派に加わる形なんだから、俺が歓迎会の代金を払うのも当然だろ」


「太っ腹ね! それじゃあアタシは遠慮なく!」


 アーヴェンの言葉が終わった直後にクロは机の上の料理を食べ始める。肉を頬張り幸せそうに笑むクロの顔を見てルーチェの腹がぐぅと鳴った。


「くくっ、ルーも遠慮せず食べるといい。今日の立役者はお前だからな」


「うぅ……」


 笑うアーヴェンの視線を受けてルーチェは頬を染めて恨めしそうに見つめ返す。それが余計に面白くてアーヴェンは声を出して笑った。


「もう、知りませんからね!」


 少し怒ったように頬を膨らませたルーチェは恥ずかしさを誤魔化すように肉に食らいつく。溢れる肉汁が口と手を汚した。


 今まで食べていた高級料理とは違った豪快な味だが、それも悪くないとルーチェは思う。上品さに欠けた食べ方も豪快な味も、冒険者らしいと思えば心が躍ったのだ。


「ところでアーヴェン。アンタが言ってた良い仕事って何よ。アタシ達も受けられないの?」


「悪いが無理だな。一時的な依頼だったんだ。奴隷として捕まってた子達を保護したり、奴隷商の拠点を攻め落としたりな」


「ごほっ、奴隷ですか!?」


 アーヴェンの発した『奴隷』の言葉にルーチェが咽せる。クロもまた驚きの視線でアーヴェンを見ていた。


「なんだ二人して。変なこと言ったか?」


「変ですよ! この国に奴隷がいるはずありません!」


「いや、アーヴェンの話は本当よ。何せアタシも奴隷の一人だったからね。アタシが驚いたのは、アーヴェンがアタシ達を助けてくれた一人だって知ったからよ」


「え?」


 クロが今までになく真面目な顔でアーヴェンを見つめた。ルーチェはその態度に、クロの言葉が嘘ではないことを理解して呆然と声を漏らす。


 サンジェ王国と言えば奴隷を一切許さない国として有名だ。売るのは勿論、持ちこむことさえ許さない。そのはずだった。


「お父様は何を……」


 誰にも聞こえない程度の声でルーチェは呟く。


 国内にて奴隷商が現れれば国軍を動かしてでも排除するのがサンジェ王国だ。それが行われていないということは国王が黙認しているということだった。


 戦争の準備に続いて奴隷の容認。家族ながらに国王の思惑が理解できずルーチェは頭を痛めた。


「とにかく、助けてくれありがとねアーヴェン」


「なに、依頼だから気にするな。言った通り十分に金を貰っている。それに、奴隷商潰しの立役者はチアーレ商会の猫人族の娘らしいからな」


「へぇ、よく知ってるのね。まぁいいわ、この話はここまでよ。ご飯が美味しくなくなっちゃうわ」


 そこまで聞いて満足したのかクロは気を取り直して食事に戻った。その様子を見つめてルーチェは驚く。奴隷になったという悲惨な経験をしながらも簡単に切り替えられるクロの精神性をただ凄いと思った。


「そうだな。俺としては今後の冒険についての予定を組み立てていきたいところだ」


「あっ、いいわねそれ! 冒険者っぽいわ!」


「お前はそればっかりか」


 アーヴェンが呆れたように笑う。対するクロは「冒険者らしさは大事よ!」と楽しそうに笑っていた。


 その様子を見ていると、家族のことで悩んでいることがルーチェは馬鹿らしくも思えてくる。今は冒険者のルーなのだ。国のことなど忘れてしまおうと決めて、ルーチェは机に身を乗り出した。


「わたくしは今回の花畑みたいに綺麗な景色が見れる狩りに行きたいです! それと、実力を上げれるような場所がいいですわ!」


「なるほどな。ルーは街から出るのが目的だったか。それなら--」


 ルーチェの提案にアーヴェンが手帳に記した情報から数々の候補地を説明していく。それを聞きながらどこがいいここがいいとクロとルーチェは言い合いながらその日の食事会は楽しい時間として過ぎ去っていった。

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