ルーチェ(2-7)
「大きい魔物が来てる! 一体だけ!」
「さっきの鳴き声は、大狼か? あり得ない、なんでここに」
クロが杖を構え、アーヴェンが槍を取り出す。二人は瞬時に戦闘態勢を整えていた。
「跳んだ! もう来るわ!」
「----!」
クロの声と大狼の咆哮はほぼ同時。草原の起伏により姿の見えていなかった大狼が突如としてルーチェ達の視界に飛び出た。
漆黒の毛に覆われたその体躯はそこらの一軒家に勝る大きさ。鋭い爪を構えた大狼はルーチェ達を紅の瞳で見据えていた。構えた前脚を薙ぐつもりなのだ。その巨体から振るわれる攻撃を避ける余裕はルーチェ達には無かった。
「お前達は下がれ!」
アーヴェンが前に出て槍を構える。瞬時に練られた剣気が槍先に集った。
「ふっ!」
突き出した槍が大狼の前脚を貫く。その程度では大狼の質量による勢いを抑えることはできない。それはアーヴェンも理解していた。
「弾けろ!」
槍先に集めた剣気の解放。それは爆発を生み出す。内側からの衝撃に大狼の前脚が後方に弾かれた。
「やるじゃない!」
クロが笑いながら影の刃を大狼に向かわせる。着地したばかりで避けれない大狼に影の刃は無数の裂傷を刻んだ。
「このまま押し切れ!」
剣気をまとわせた槍の一突き。大狼は横に跳躍することでそれを避けた。当たってはいけないことを既に学んだのだ。
「----!」
大狼は咆哮し姿勢を下げる。その瞬間、大狼の身体に魔力が迸った。
「まずい、魔法がくるぞ!」
アーヴェンが声を張り上げる。その瞬間、大狼の口から漆黒の吐息が吐き出された。瞬く間に広がった漆黒の霧は周囲を闇で閉ざす。それは毒の霧だった。
「くそ、まずいぞこれは……」
「わたくしの側に寄ってください!」
霧を吸いこみ、朦朧とするクロとアーヴェンの耳にルーチェの声が響く。咄嗟に声の方向に振り向けば、ルーチェの周囲だけ霧が晴れていた。
「浄化の魔道具です! ひとまずはここに!」
「おい、後ろだ!」
再びの呼びかけ。その瞬間を狙って大狼はルーチェの後ろから襲いかかった。アーヴェンが警告するも間に合わない。大狼の爪がルーチェに迫る。
「大丈夫、アタシがいるわ! 『堅体』!」
一人霧の中で息を潜めて周囲の音に耳を澄ませていたクロがルーチェの前に跳び出して、魔術で身体を硬化させた。
ゴッと鈍い音を響かせ、大狼の爪にクロが弾き飛ばされる。衝撃に大狼の薙いだ前脚が止まった。
その一瞬があればアーヴェンには十分。まとった剣気を槍先に凝縮させ、アーヴェンは大狼の胴に渾身の突きを打ちこんだ。
「----!」
痛みに絶叫する大狼。だがアーヴェンの攻撃はそこで終わりではない。凝縮した剣気が解き放たれ、大狼の内部で第二の衝撃を弾けさせた。
「今だ、二人とも!」
「はい!」
「『--沼となれ』!」
ルーチェの返事と、クロの詠唱が重なる。次の瞬間、大狼の足元が泥濘の沼と化した。慌てて動こうとするも泥が絡まり大狼は身動きができない。
その間に剣気を練り終えたルーチェが跳躍。沼から逃げ出すのを諦めて再び漆黒の吐息を吐き出そうとした大狼の首に一筋の線が奔った。
ごとり。盛大な音を響かせて大狼の首が落ちる。ルーチェの一撃により大狼の首は綺麗に断たれのだ。
「クロ、他に魔物は!」
「……大丈夫! もういない!」
クロの言葉に、アーヴェンとルーチェは安堵して深く息を吐き出した。
軽い気持ちでやってきた初心者用の狩場。そこでアーヴェン達は中堅冒険者が狩るような魔物と戦ったのだ。緊張したのも当然だった。
「やったんですよね」
少し呆然としながらにルーチェが呟く。手が震えていた。それは恐怖からでも、嫌悪感からでもない。喜びの震えだった。
クロの魔法により動きを止めてもらっていたといはいえ、ルーチェは巨大な魔物を剣の一振りだけで倒したのだ。戦闘の高揚も合わさって、ルーチェは強敵を打ち倒す快感に浸っていた。
「あぁ。準備もなしに、黒霧狼を狩るなんて大物新人だな。俺一人でも準備さえしていれば倒せる魔物だが、これだけ綺麗に倒せるかと聞かれたら俺には無理だ」
倒れ伏す大狼に寄り、アーヴェンは首の切断面を眺めて呆れたように笑う。滑らかで歪みのない直線に断たれた首は、ルーチェの剣気がそれだけ鋭かった証だ。
アーヴェンの戦闘方法でならばボロボロになってしまう死体も比較的綺麗なまま。素材としての価値も十分だった。
「これ凄くにゃい!? アタシ達、最高の一派になれるわよこれ! それに、いくらになるのかしらねこれ!」
クロは喜びながらに飛び跳ねて、瞳を輝かせる。そして猫人族として狩りをしていた時の癖なのか、クロはすぐに短剣を取り出すと大狼の解体を始めた。
素材の回収はそれほど時間もかからなかった。慣れた手つきのクロがいたからだ。そうして解体も終えたアーヴェン達は当初の予定通りに帰路についた。
アーヴェン一派の最初の冒険は、異常が起きたものの無事に成功で終わりを迎えたのだ。
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