ルーチェ(3-1)

 鬱蒼とした森。生い茂る木々によって足元が漆黒に染められるほどの樹海にて、金色に輝く獅子が駆けた。


 その獅子はただの獅子ではない、魔物だ。見た目のまま金獅子と呼ばれるその魔物は本来砂漠に生息する強力な魔物だった。


 生態に合わない土地で走り回る金獅子の姿は暗い森の中で一際目立つ。


 ルーチェとクロは木々の隙間を縫って金獅子を追いかけていた。


「そっちいったわよ、ルー!」


「はい! 任せてください!」


 音に意識を向けたクロがルーチェに報告を飛ばす。その直後、ルーチェは剣気を練り上げて剣を振り切った。


 ザンッと空気を切り裂き剣気が刃の形を成して飛ぶ。途中の木々さえも抉りながら進んだ剣気は金獅子の脚を一本切り落とした。


「脚に当たりました!」


「油断するな! 金獅子の魔法には自己回復があるぞ!」


 声を張り上げて報告するルーチェに遠くからアーヴェンの警告が返ってくる。その合間にも金獅子は咆哮を響かせて魔力を練っていた。


 発動した魔法は自己回復ではない。閃光だ。


 短い悲鳴を漏らしてルーチェが目を閉じる。あまりに強い光はルーチェの視界を白に塗り潰していた。


「残念ね! アタシは見えない程度何ともないわ!」


 木々を蹴り三次元的な跳躍を繰り返したクロが目を閉じたままに金獅子の前へと舞い降りる。その手には皮袋が握られていた。


「さぁ、喰らいなさい!」


 脚を一本失って俊敏には動けない金獅子に皮袋が叩きつけられる。その衝撃によって弾けた袋から撒き散らされたのは強力な催涙粉末だった。


「----!」


 まともに目と鼻に催涙粉末を浴びた金獅子が甲高い咆哮を響かせて倒れこむ。その隙に視力を取り戻していたルーチェが少し離れた場所から狙いを定めて剣を振った。


 研ぎ澄まされた剣気が金獅子の首を切り飛ばす。どさりと倒れた金獅子の身体から金の光が消えた。金獅子は息絶えたのだ。


「ちゃんと倒せてるわげほっ! ごほっ! ちょっと催涙爆弾吸っちゃったわ!」


 金獅子の死を確認しに寄ったクロが激しく咳をする。ほんの少しとはいえ催涙粉末の匂いは猫人族にとっては致命的な威力だった。


「こっちきてください、クロ。浄化します」


 少し呆れた顔をしてルーチェは『浄化』の魔道具を発動させる。浄化の効果は範囲内の汚れを範囲外に取り除くというもの。汚れの範囲は使用者の意思と使用する魔力量によって決定される。


 催涙粉末を汚れと判断したルーチェが魔力を注げば、クロに降りかかった粉末は簡単に弾き飛ばされた。


「ふぅ、はぁ。あぁー、助かったわ。死ぬかと思ったわよ。こんなのをぶつけられた金獅子も可哀想だったわね」


 猫人族と同じ猫の系譜を持つ金獅子を見つめてクロは眉根を寄せる。魔物を殺すことに躊躇いのないクロでさえそう思うほどに催涙粉末は強力だった。


「でもそのおかげで倒せましたからね。アーヴェンの事前準備のおかげです」


「それもそうね。ところでアイツは……心配するまでもないか」


 話題に出したことで遠くで響くアーヴェンの音に意識を向けたクロは、肉が破裂するような音を聞いて小さく笑った。


「ほらルー、解体するわよ。アーヴェンの方も戦い終わったみたいだからね」


「そうですか! わかりました!」


 初めての狩りから既に一週間。その間にも初心者向けから順に狩りを進めていたルーチェは解体も平常心で行える程度には冒険に慣れていた。

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