ルーチェ(2-3)

「いらっしゃいませ! 本日はどのようなご用でしょうか!」


 冒険者専門店へと入ったルーチェに明るい声がかけられる。店の中は冒険者組合と同様に荒々しい男達で溢れかえっていたが、店員は若い女性だった。


「あ、ええと。依頼で注文書を届けに来たんですが……」


 初めて店というものに入ったこともあり、緊張に口調も変えられないままにルーチェはおずおずと注文書と皮袋を取り出す。店員はそれらを受け取り、少し眺めた後に優しく微笑んだ。


「確認させていただきました! 冒険初心者の方ですね。これにて依頼は達成となりますが、報酬金で商会を利用してはいかがでしょうか」


「商会を利用、ですか?」


「はい! 例えば、初心者向け冒険道具の貸し出し。また、冒険初心者の方への一派のご提案など商会は冒険者の方々へ金銭と引き掛けに多種多様な協力をしているのです」


 『他にも』と述べて店員は、冒険初心者用狩場の地図や情報も販売していると告げる。それらの話を聞いて、ルーチェは商会に仲間を探してもらうことを決めた。


 戦いに自信がないことに加え、ルーチェは世の常識にも疎いと自覚していたのだ。仲間がいれば色んなことを教えて貰える。純粋に戦力の増強にもなるため街から出ることもより容易となるはずだ。装備や道具よりもまずは情報を得る機会こそが必要だとルーチェは判断した。


「それなら、仲間が欲しいです。可能ならば冒険者の知識が豊富な人だと嬉しいですね」


「なるほどなるほど。それなら丁度良い一派がありますよ! アーヴェンという商会お抱えの冒険者が今までは一人で活動していたのですが、活動域を広げたいと一派の募集を始めまして。今のところ最近冒険者になった猫人族の女性が一人だけ加わっています。アーヴェンはそこそこ優秀な冒険者ですし、猫人族の方を含めて何より貴女と歳も近い二人です。もし気になるならば、今連れてきますが?」


 店員の声は明るかった。その語り口からアーヴェンが悪い人物でないだろうことは想像に難くない。善良で有名なチアーレ商会のお抱え冒険者ならば安心だとルーチェも安堵する。女性が一派にいるということもルーチェが安心した理由の一つだった。


「ぜひ、お願いします」


「はい! ではそちらに腰かけて少々お待ちください!」


 軽やかに椅子を示して店員は店の奥へと去っていく。そうして少し経った頃に戻ってきた店員の後ろにいたのは、ギラギラとした目つきの槍を持った青年と杖を携えた黒毛の猫人族の少女だった。


「よう、俺はアーヴェン。仲間になりたいって聞いてきたんだが……」


「アタシはクロミャウラ! クロって呼んでくれればいいわ!」


「あ、えっとわたくしはルーです」


 自己紹介を返すルーチェにアーヴェンの見定めるような視線が突き刺さる。だがその視線などお構いなしにルーチェの意識はクロに向いていた。その姿は、街の出入り口で途方に暮れていた時に出会った冒険者と同じだったのだ。


「貴女はあの時の……」


「ん? アタシ、アンタに会ったことあるっけ?」


「あぁ、いえ! 少し街中で見かけただけです。ただ少し運命めいたものを感じて」


 ルーチェは言葉通り奇妙な縁をクロに感じていた。クロに出会わなければ、ルーチェは冒険者組合に向かうこともなかったはずなのだ。そうなれば、ルーチェはフェクトにも出会わず追手に見つかってしまっていただろう。自覚はないが、ある意味でクロはルーチェの命の恩人だった。


「ふーん? 運命ね、確かにそうかも。なんだかアンタを昔から知ってたみたいな気がするのよね。その雰囲気かしら? アタシの友達の昔の頃にそっくりだわ」


 クロはルーチェからシロに感じていた物と同様の【ピリピリ】とした威圧感を感じて、少し首を傾げる。


 さらさらの長い金髪を揺らしてクロを見つめるルーチェは可憐で華奢だった。クロの猫人族としての感覚からもルーチェからは戦いを経た戦士の気配はしない。それなのに、冒険者らしい荒々しい雰囲気をルーチェは纏っていたのだ。


「クロの友達がどうとかは知らないが、雰囲気だけなら一端の冒険者だな」


「確かに! 見た目は綺麗な女の子だけど、それだけじゃないって感じするわ!」


「そう、ですか?」


 アーヴェンの言葉にクロも賛同する中、ルーチェは苦笑いを浮かべる。【ピリピリ】とした効果の強力さに驚きながらも、自分の実力に見合わぬ評価をされていることが少し怖かった。


「あぁ、実力はともかく雰囲気ってのも大事だ。そもそも実力は今から上げていけばいい話だからな。俺はルーを歓迎するぜ」


「アタシも歓迎するわ! 同い年くらいの女の子ってだけでも最高だし、仲間は多いに越したことないもの!」


 がしっとルーチェの手を握るアーヴェンにクロの手が重なりぶんぶんと振られる。予想以上に歓迎されていることにルーチェは驚きながらも、同年代と普通に会話をしている状況に少し頬が緩んだ。


「ってわけで、初の狩りでもいってみるか。必要な物は俺がだいたい持ってるから、今からでも大丈夫か?」


「ええと、はい。でも武器とかは……」


「それでしたら!」


 ルーチェが呟いたところで、店員が割りこむ。その手に持っていたのは皮袋と一振りの剣だった。


「こちらが初心者にもおすすめの剣です。それと、この皮袋に報酬金から紹介料と剣の貸し出し料を引いた硬貨が入っております。それとも、何かお得意の武器などありましたか?」


「あ、いえ。剣が一番得意だと思います」


「それは良かった!」


 明るく笑う店員から剣と皮袋を受け取って、少し困ったように笑いながらルーチェはアーヴェンを見つめた。


「安心していい。お抱えの俺が言っても信用できないかもしれないが、チアーレ商会は本当に親切だからな。料金も適切だし、十分優秀な剣だ。ってわけで、物は試しだ。今から行くぞ」


「はーい! 初めてってことは、やっぱり兎の草原?」


「そうだな。そこでルーの実力を見るとしよう。それでいいな?」


 クロとアーヴェンが会話をしながら店から出て行く。それを追いかけるルーチェに、アーヴェンは振り向き問いかけた。


「はい、わかりました。あまり強い自信はありませんが……」


「そうか? 不健康には見えんし、魔力も十分持ってそうだから大丈夫だと思うけどな」


「だと良いのですが……。とにかく、頑張りますね!」


「あぁ、そうしてくれ」


 意気込んで拳をぎゅっと握るルーチェを見つめてアーヴェンは小さく笑う。


 こうして、ルーチェは初めての冒険に出ることになった。

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