ルーチェ(2-2)

「よう、あんた。冒険者組合に何か用かい? 見たところ、冒険者志望ってとこか?」


 冒険者組合に入ると、ルーチェに真っ先に声をかけたのは前回と同じ冒険者の男だった。そこで、ルーチェは初めて効果の力を実感する。前回は依頼者だと即座に思われていたにも関わらず、今は冒険者志望だと見られるくらいに印象の変化があったのだと。


 それよりもルーチェが驚いたのは、前回と見た目も変わらないはずなのに男がルーチェを初めて見たような扱いをしていることだった。


「あ、ええと……。あぁ、そうだぜ。オレはこれから冒険者として強くなりたいのさ! 冒険者になるにはどうしたらいいんだ?」


 なるべく自信満々な様子で胸を張ってルーチェは男に問いかける。怖いと思う気持ちは変わらないが、どうすればいいか迷っていた前回とは違う。自らの表情に感情が出ないようにするのは王族として慣れっこだった。


「気の強い嬢ちゃんだな。いいぜ、あっちの受付に行ってきな。冒険者登録ならあそこでやれるからよ」


「ありがとう、な! そんじゃ、行ってくるぜ」


 ルーチェは咄嗟に出そうになった敬語を抑えてぎこちなく男に手を振る。幸い冒険者の男はルーチェに強い関心はないようで、気にした様子はなかった。


「おや、女性の方……。ここに来たということは冒険者登録ですか?」


 男に示された受付まで行くと、そこには優しい笑顔の受付嬢が待っていた。荒々しい男ばかりの空間に同年代の女性を見つけて、ルーチェは少し安堵する。


「あぁ、オレはルー……。ルーだ。冒険者登録したくて来たんだが、何をすれば良いんだ?」


「なるほど、ルー様ですね? 冒険者登録は簡単です。こちらの魔道具に手を置いて魔力を流したまま、私の質問に答えていただければ登録完了となります」


「真実の鐘ですか……」


 受付嬢が指し示した鐘型の魔道具を見てルーチェは少し眉根を寄せる。真実の鐘とは、そこに手を触れた者が魔力を流しながら嘘を述べれば鐘が鳴るという魔道具だ。主に街の治安部隊の捜査などで使われる魔道具だが、正式な契約を結ぶ場合などにも多く見られる比較的汎用されている魔道具であるとルーチェは知っていた。


 正体を知られるわけにはいかないルーチェにとっては、質問によっては非常に困る魔道具なのだ。


「博識ですね。その通り、これは真実の鐘です。これで貴女が罪を犯していないか、そして犯すつもりがないかを問います。よろしいですね?」


「それなら、はい」


「あぁ、ご安心ください。貴女が何者であるかを私達は問いません。素性を隠したまま冒険者活動をしたい方々もいますからね。法と規則を守るつもりならば良いのです」


 にこりと笑う受付嬢の言葉に、ルーチェは口調が元に戻ってしまっていることに気がついて頬を赤く染めた。王族として、動揺してしまっていた自分が恥ずかしかったのだ。


「まっ、オレに罪は無いからな。さっさと登録させてもらうぜ」


「はい。ではこちらに」


 受付嬢に促されるまま鐘に手を置き、ルーチェは質問に答えた。問われたのは最初の言葉通り罪の有無と規則を守るつもりがあるかどうかだけ。他の事柄についての質問はなかった。


「では最後にこちらの書類を書いていただければ登録完了となります。もちろん読み書きに不自由があれば代筆を私が行いますが、どうしますか?」


「オレなら問題ないぜ。よこしな」


 ルーチェは受け取った書類を眺める。書くべき箇所は一つだけ。自分の名前だ。残りは冒険者としての遵守すべき規則が書いてあった。名前を書くということは、その規則を守ると誓うのと同義なのだ。


 そこにルーチェはルーとだけ記して受付嬢を見つめた。


「偽名でもいいのか、これ?」


「構いません。登録名がその名前になってしまいますが、それで問題なければ」


「なら、これで構わない」


 ルーチェはそのまま書類を受付嬢に渡す。受付嬢はにこりとした笑みのまま書類に判を押すと、一枚の金属板をルーチェに差し出した。


「はい。これで貴女はルーという名前で冒険者に登録されました。こちらの金属板は冒険者札と呼ばれていまして、貴女の冒険者としての身分と力量を示す物になります」


「なるほど?」


 冒険者札を受け取ってルーチェは裏と表を見つめる。表にはルーの名前が刻まれており、裏には奇妙な紋様が刻まれていた。


「冒険者組合の特別技術により貴女の情報を魔術陣により記録してあります。今は何の情報もありませんが、望むなら魔力波登録や魔力量登録なども行えますよ」


「便利なんだな」


「はい。情報が多いほど、私達も仕事の斡旋がしやすくなりますからね。というわけで早速ですが、冒険者になった貴女に最初の依頼を出します」


 受付嬢は振り返ると、一枚の紙を取り出す。見れば、それは注文書のようだった。


「チアーレ商会冒険者専門店にこの注文書を届けてもらいたいという依頼です。ついでに貴女はお店の方に冒険者として必要なものを聞くと良いでしょう。こちらが注文の前払い金です。今回はお釣りが貴女の依頼達成代となる仕組みですね」


 受付嬢は注文書に合わせて硬貨の入った皮袋をルーチェに手渡す。その袋を受け取りながらルーチェはすぐに金が得られるようでありがたいと思いながらも、冒険者を信用しすぎではないかと不思議に思った。


「これをオレが持ち逃げする可能性は考えないのか?」


「ありえるとは思いますよ。ですが、それならば貴女は冒険者になれないだけです。即座に冒険者登録が取り消され、貴女はいずれ憲兵にでも捕まることでしょう。野盗に堕ちるか、冒険者となるか。そのためのふるいにその程度の硬貨を失うくらい何てことはありませんからね」


 受付嬢は笑顔のままにそう言い放つ。その笑顔の圧にルーチェの顔が引き攣った。冒険者を普段から相手にしているだけあって、受付嬢には逆らってはいけないと感じさせる圧があるのだ。


「な、なるほどな。まぁオレはすぐにでも達成してくるぜ。それじゃあ、ありがとな受付嬢さん」


「えぇ、頑張ってくださいね!」


 手を振る受付嬢に見送られ、ルーチェはチアーレ商会の冒険者専門店へと向かった。

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