ルーチェ(2-1)

「ん、んぅ……」


 窓から差しこむ光を浴びてルーチェは目を覚ました。見慣れない天井をぼーっと眺めて、ルーチェは前日の出来事を思い出す。


「あぁ、わたくしは逃げてフェクトさんに……」


 効果を入れ替えてもらった時に感じた、血が煮え立つような熱さを思い出してルーチェは眉根を寄せた。生まれてから生贄の血を色濃く持っている自覚があったルーチェだが、血が何かに反応したのは初めてだったのだ。


「おや、おはようございますルーチェさん。お身体の方はいかがでしょう?」


 ルーチェの呟きを聞きつけて、フェクトが寝台のある部屋へとやって来る。ルーチェは自分の身体を確かめるようにしばし動かして、フェクトに視線を向けると小さく微笑んだ。


「調子はもう問題ありません。後はわたくしの力でどうにかしますので、冒険者組合に向かいたいと思います」


「それは良かった。ですが、その前に見て欲しいものがありまして」


 フェクトはそう言うと、普段のにこりとした笑顔を崩して困った微笑みを浮かべる。


「見て欲しいものですか?」


「えぇ。ついてきてください」


 ルーチェはフェクトに促されるまま、効果屋の外にある小さな庭へと出た。ルーチェは庭を眺めて、フェクトの言う見て欲しい物を探る。けれど庭には細やかながらに可愛らしい花が咲いていること以外に変わったところはなかった。


「ここに昨日、白装束の者達がやってきました。そこでその中にいた一人に伝言を頼まれまして」


「白装束……。追手ですか! フェクトさんは何もされませんでしたか?」


「えぇ、それは問題ありません。それで伝言ですが、ルーチェさんがこの街にいる限り彼らは貴女を必ず捕まえると」


「そう、ですか……」


 ルーチェはフェクトの言葉を噛み締めるように沈黙する。追手がいるであろうことは認識していた。そして諦めることはないであろうことも。それが確認できただけだ。そう理解はしていても、命の危機が近づいているという恐怖はルーチェの身体を震わせた。


「彼らが貴女を見つけた手段は、貴女の血を生贄として使用した呪具でした。ルーチェさんが血を取られた覚えはありますか?」


「血を? 初めに一度だけ、少し。けれどそれだけです」


「ならば、あの呪具を再び使用してくることはないでしょう。容易に貴女を見つける手段は白装束の方々にはないはずですね」


 フェクトは安心させるような優しい声音でルーチェに語りかけた。励ましてくれているのだと理解して、ルーチェは意識を切り替える。怯えていても追手は来るのだ。できることをするしかないと。


「でしたら、わたくしは急いで冒険者として強くならないといけませんね。早くこの街から出れるくらいの冒険者に」


「そうですね。まずは冒険者組合に行くのがいいでしょう。夜になったらここに帰ってきてかまいませんし、仲間ができたのならその方々と過ごすのも良いでしょう。とにかく貴女は生活する地盤を築くべきですね」


「わかりました。それでは行ってまいります」


 フェクトの言葉に強く頷いて、ルーチェは新たな一歩を踏み出すために効果屋の外へ出ようと扉に手をかけた。


「あと、最後にですが……。少し荒々しい口調を心がけるといいですよ。冒険者ですから」


「なるほど……。わたくしじゃなくて、オレ? それじゃ、オレも行ってくるぜ。ですかね?」


「えぇ、よろしいかと。それでは、ご武運を」


 フェクトはにこりとした笑顔を崩さずに、ルーチェに手を振って見送る。最後にルーチェは小さくお辞儀をして、自分の口調を確かめるように呟きながら効果屋を出て行った。

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