コラジオ(4)
「ありがとうございました!」
日も傾き始めた頃、コラジオは最後の客を元気よく見送って大きく息を吐く。冒険者専門店を設立してから既にしばらく経過していたが、成果は上々だった。
毎日の来客。尽きない注文。増える冒険者。想定通りの結果にコラジオは満足していた。
「ははっ、お疲れ様コラジオくん。っと、労ったところで悪いんだけど、ついさっき今月分の報告書ができたからカリーナ店長に持っていってもらえないかな?」
「あぁ、コーシさん。任せといてくれよ。久しぶりにカリーナ店長に会うのが楽しみだ」
コラジオはコーシから一枚の羊皮紙を受け取り、にやりと笑う。冒険者専門店で働くようになってから、カリーナと会う機会はめっきりとなくなっていた。カリーナからの視線が冷たいものではなくなっていることはわかっていたが、前回の告白以降まともに話すのは今回が初めてだ。今はどう思われているのか知るのがコラジオは楽しみだった。
***
「お久しぶりです、カリーナ店長」
「ええ、久しぶりね。今日が初めての報告になるのかしら」
「そうですね。こちらが報告書です。私は読めないので、何を書かれていてもわかりませんけど」
コラジオは冗談混じりに言って笑う。すると、カリーナもクスクスと小さく笑った。
「貴方も立派な商人になったのだから、読み書きは習った方がいいわよ? 今度教えてあげてもいいけど、ね」
いたずらっぽく笑みを浮かべてカリーナは報告書を受け取り、目を通す。コーシの記した内容は、纏めれば冒険者専門店が上手くいっているということだった。
「うん、事件もないみたいだし良い感じね。これなら、まぁ大丈夫かな?」
小さく頷いたカリーナは、少し考えるように顎に手を当てて斜め上を見上げる。
「何が大丈夫なんです?」
「んーとね。宰相様が冒険者専門店を見に行きたいんですって。こちらとしても嬉しい話ではあるんだけど、問題が起きたら大変なことだから……」
「ただ大きな好機ではある、ですね? なら是非とも来ていただきましょう」
「そう? 貴方がそう言うのなら」
決意をこめてコラジオはカリーナを見つめる。真摯な視線を受けたカリーナは満足そうに頷くと、書類に筆を走らせた。
「これをコーシに渡しておいて。宰相が来店する旨と日時、注意事項を書いておいたわ。あぁ、それと」
書類を受け取るコラジオの手にカリーナは自らの手を重ねて微笑む。
「貴方はその方が素敵よ。宰相との会談が上手くいったら、きっとお父様も交際を許してくれるわね」
「それって……」
「それじゃあ頑張ってね、コラジオくん」
くすくすと笑ってカリーナはコラジオに手を振る。顔が真っ赤になるのを感じながら、コラジオは勢いよく礼をして逃げ出すように執務室から出て行った。
「上手くいってくれると、いいな」
扉が閉まったのを確認して、カリーナはぼそりと呟く。その頬は少し赤く染まっていた。
***
「おぉ! ここが冒険者専門のお店かね! あれは武器! これは防具! これは……なんだろうね。面白いな!」
冒険者専門店に元気な、それでいてどこか風格のある声が響いた。その元気さに違わず、声の主は若い青年だ。
人呼んで、天才ジェーニオ。若くして宰相となった鬼才の頭脳家が、冒険者専門店で目を輝かせていた。
接客をするのは、コラジオだ。溢れる威圧感を可能なだけ抑えて、コラジオは丁寧にお辞儀をした。
「ようこそおいでくださいました、ジェーニオ宰相殿。私がチアーレ冒険者専門店の店長を務めます、コラジオと申します」
「ほう、君が! 冒険者業界の発展を願って専用のお店を作ったと噂の! ふむふむ、迫力があるね! 顔の傷がいい味を出しているよ!」
楽しそうに笑ってジェーニオはコラジオの手を取り、ぶんぶんと振り回す。突然の接触にコラジオは驚きながらも、笑顔を崩さずにその手を握り返した。
「私も天才と噂のジェーニオ宰相殿に出会えて光栄です。本日はどのような商品をお探しで?」
「何をというのがあるわけじゃないさ。ただ、面白いことをする若き国民を見たかっただけとも言える」
対面したジェーニオは片眼鏡を通してじっとコラジオを見つめる。その視線はカリーナとはまた違う見定める目であるとコラジオはわかった。
「ベーネ商店を盛り上げ、チアーレ商会に新たな店を作らせた異才。だが、器ではないね。君は決して優秀な人間ではない。運が良かったのだろう。ある種の人を惹きつける魅力はあるのかもしれないがね」
ジェーニオの語る言葉には否定のできない重みがあった。たしかにジェーニオの言う通りなのだろうとコラジオは思う。だが、コラジオはそれでいいのだと頷いた。
「えぇ、私は運の良い人間です。素晴らしい人達に出会い、ここまで協力して来ることができただけの凡人。残念ながら、ジェーニオ宰相殿と並ぶような天才にはなれませんね」
「くくっ、そのようだね。いやはや、私に並ぶ友人を作れるかと思って来たのだが。どうやら作れるのは誠実なだけのお友達らしい」
「ええと、それは……?」
含み笑いを漏らし、ジェーニオはいたずらっぽく片目を瞑り居住まいを正す。言葉の意味に理解が追いつかず考えこんだコラジオを見て、ジェーニオはこほんとした咳払いをした。
「というわけで、何だね。君は運が良いな! どうやら私も君が気に入ったらしい。頭の良いだけの堅物なら周りに沢山いるのでね。君のような友人も、たまには欲しいと思ったのだよ。……その、どうだろうか?」
手を差し出し、ジェーニオはちらとコラジオの表情をうかがう。その姿には威厳も何もあったものではなかった。
「これは失礼しました。凡人なもので、すぐには理解できず。私でよければ是非とも、友好的な関係であれたらと!」
コラジオは慌ててジェーニオの手を取ると、ぶんぶんと振り返す。こうしてジェーニオとコラジオは仲良くなり、以後ジェーニオとの会談は他愛のない会話で円満に終わった。
「いやはや、楽しい時間だったよ。君のような若者と話すのは久しぶりだったからね。本当に、楽しかった!」
気を良くしたジェーニオは今度はチアーレ商会で買い物をさせてもらうと約束して、その日は帰ったのである。
***
「ーーってな流れで、功績を讃えられた俺っちはカリーナさんとのお出かけをできることになったんだ」
「なるほど、よかったですねコラジオさん」
会談から数日後。コラジオはカリーナの誘いを受けて、二人で遊びに出かけていた。その途中に、コラジオはフェクトとの約束を果たすために効果屋を訪れていたのだ。
「コラジオくんがこのお店を使ったんだろうなとは思っていたけど、このお話も本にするのかしら?」
「えぇ、そうですね。私が書くものは冒険譚が多いですが、こんな話もたまには良いでしょう」
カリーナの問いかけにフェクトは筆を走らせながらに笑顔で答える。フェクトの浮かべる穏やかな笑顔は、普段の笑顔とは違ってカリーナも嫌な気分にはならなかった。
「っと、悪いフェクトの旦那! 今日はせっかくのお出かけだから、色んなところに行くつもりなんだ。また進捗があれば話すから、今日はここまでで!」
「私とコラジオくんの仲を逐一話されるのも、恥ずかしいんだけどね」
カリーナは少し頬を赤く染めてコラジオから視線を逸らす。そんな普通の女の子のようなカリーナを見れることが嬉しくてコラジオは笑った。
「仲がよろしいようで何よりです。それでは、ご武運を」
「おう! ほら、カリーナさんも行こう!」
「あっ……もう! フェクトさん、お邪魔しました!」
コラジオに手を引かれ、カリーナは困ったように笑うとフェクトに向かって一礼だけして効果屋を出て行った。
「貴方、旦那とか俺っちとかその話し方はどうにかすべきよ?」
「お、おう。頑張るよ」
「それとその傷も薬で……」
楽しそうな二人の声が遠ざかっていくのを聞きながら、フェクトは指輪を撫でて優しく微笑んでいた。
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