コラジオ(3-2)

「効果を返却したい、ですか?」


「頼む! 俺っちの目標のためには、元に戻らないといけないんだ!」


 効果屋に辿り着いてすぐ。コラジオはフェクトに詰め寄り、深く頭を下げていた。


 取引を無かったことにするなど、商人としては許されない行いである。それを承知の上で、コラジオは元の自分に戻りたいとフェクトに願ったのだ。


「詳しくお話を聞いても?」


 突然やってきて頭を下げたコラジオに困惑しながらも、フェクトはにこりとした笑顔を貼り付けて問いかけた。


「あぁ、それは俺っちがーー」


 言葉が途切れる。話をしようと顔を上げてフェクトの笑顔を見た瞬間、コラジオの顔が強張った。怖気が奔ったのだ、フェクトの笑顔に。


 そして、コラジオはカリーナが何故その笑顔を不愉快だと言ったのか今になって理解する。


 その笑顔は偽物なのだ。人を見る目を養ってこようとしたコラジオだからこそわかるようになった、本心とはちぐはぐな表情。それはフェクトが自らに付与した効果に過ぎないのだと。


「……その笑顔も、効果なのか?」


「おや。見破られるなんて珍しい。感覚の優秀な獣人族の方々にはよく見破られるのですが、貴方のような只人にはなかなか気がつかれないのですけどね」


 小さく笑い声を響かせて、フェクトの表情が無に戻る。愛想はないのかもしれないが、その方がコラジオにとってはちぐはぐな姿を見るよりも遥かに接しやすく感じた。


「俺っちも、こう見えてるのか……」


 フェクトに感じた違和。何かがズレているような気味の悪さが付与した効果によるものだとすれば、コラジオも同様の違和を抱えていることになる。


 人を見定める能力に関してコラジオより遥かに長けたカリーナからすれば、それは見るにたえないズレとなるのだろう。そう気がついて、コラジオは今までの悩みが氷解した。


「やっぱり効果のせいなんだ、フェクトの旦那。俺っちがカリーナに認められるには効果はあっちゃいけないんだ」


「……なるほど。貴方の目標は大商人になることではなく、カリーナさんと結ばれることなのですね?」


「そう、だな。もちろん大商人に俺っちはなりたい。でもそれ以上にカリーナに誇れる自分でありたいんだ」


 声に出して、コラジオは自分の想いを再確認する。たしかに、効果のおかげでコラジオは商人として成り上がってこれた。けれどそれはコラジオの力ではない。借り物の力で得た栄光なのだ。それでは、誇れない。


 効果をきっかけとしてコラジオは多くの人と交友を持ち、商人としての目を鍛えてきた。その力だけで、栄光を勝ち取る時が来たのだ。


 できないはずがない。効果を得る前から、大物になるかもしれないとカリーナは言ってくれたのだから。その言葉をいつも通り、信じればいいのだ。


「決意は固いようですね。いいでしょう。それに、好きな人にはありのままの自分で挑むべきですからね」


 真っ直ぐな瞳のコラジオに、フェクトは頷く。少し懐かしむように左手の指輪に触れて、フェクトは小さく微笑んだ。その表情は、作られた物ではなかった。


「フェクトの旦那も、好きな人が?」


「いましたよ。高潔でお節介な女性でした」


 フェクトの語り口は、過去を懐かしむ響きだった。


「その人は、もう?」


「亡くなっていますよ。といっても、悲しい別れをしたわけではありませんから安心してください」


 そう言いながらも、フェクトの表情は少し憂いを帯びていた。大切な人を失った寂しさを思い、コラジオは言うべき言葉を失ってしまう。


「婚姻はしていませんでした。私達の関係は主従に近いものでしたからね。残されたのは、約束とこの指輪だけです」


「約束?」


「えぇ、困っている人を助けるという約束です。そしてその約束に従って、貴方の未来を応援しているのです」


 フェクトはコラジオの手を両手で取り、祈るように掲げた。その瞬間、コラジオは自分が書き換えられるような異様な感覚に襲われる。


 そしてフェクトが手を離した時、自分の中から【ほわほわ】とした雰囲気が消え去り【ズンッ】とした威圧感が漏れていることにコラジオは気がついた。


「これで、元通りです。けれど、貴方は成すべきことをわかっている。目標を達成した後の話を楽しみにしていますよ」


「あぁ。ありがとう、フェクトの旦那。この恩は必ず返すよ」


 返ってきた本来の自分を認識して、コラジオは大きく頷いた。ここからは、ありのままの自分だ。


「それじゃあ、また今度!」


 決意をこめて鋭く息を吐き出すと、コラジオは恭しく一礼をして効果屋を去った。


「えぇ、待ってます。ご武運を」


 扉が閉まる寸前にフェクトの励ましの声が優しく響いた。


***


「……なんというか、昨晩大冒険でもしてきたのかい? 中堅冒険者でもこれほどの威圧感を出す人はいないよ? 最初誰だかわからなかったくらいさ」


「あー、どうもコーシさん。実はこれが本来の私なんです。今までは付与道具で雰囲気を変えていたんですが……」


「なるほど! どこか君が妙に感じていたのはそれが原因だったわけだね。僕はいいと思うよ。君は君だからね!」


 コーシは豪快に笑ってコラジオの背を叩く。ドンッと激しい衝撃にコラジオは前に倒れそうになりながら笑った。『君は君だ』と態度を変えないでいてくれることが嬉しかったのだ。


「それにしても凄いな、まるで別人だ。人の姿を変える魔道具は見たことあるけれど、雰囲気を変える付与道具なんてね。雰囲気の差だけで、ここまで違って感じるものなんだなぁ」


 コーシは片目を瞑って、コラジオを頭の先から足の先までじっくりと眺めて感心の声を漏らす。


「そうなんですよね。ここまで変わってしまって、今までの商談相手が同じように接してくれるか心配ですよ」


 コラジオは苦笑いを浮かべ、頬の傷を掻いた。


「大丈夫だろうさ。君は誠実だと評判だからね。むしろこれで君を見限るような相手は、それこそ見る目がないのさ」


 コーシは自らの瞳を指差して笑う。その言葉はするりとコラジオの心に沁み入った。


「見る目……」


 それこそが、商人の最たる武器の一つ。カリーナやコーシがそうであったように、見る目があればコラジオを怖がりはしないのだ。ならば、コラジオにどう接するかが試金石となる。最初の頃の作戦と、やることは同じだ。


「それでは、働いてきますね」


「よろしく頼むよ、コラジオくん!」


 送り出す声を聞いて、コラジオは店へと繰り出した。


 そうして雰囲気の変わったコラジオの商人生活が始まる。始めこそ全ての人がコラジオの変化に戸惑った。恐怖し、離れて行く人もいた。逆に、面白いと近寄ってくる人もいた。けれど一番多かったのは、変わらずにコラジオと交流してくれる人達だった。いつの間にか、コラジオには多くの仲間がいたのだ。


「そんで、冒険者向けの専門店を開くと」


「あぁ、そうとも。今の俺っちとコーシさんならば冒険者を相手に商売をしても問題ないからな」


 コンパを呼び出したコラジオは新たな計画を練っていた。冒険者専門店の設立だ。


 コラジオの周りには冒険者の仲間が多くいた。ベーネ商店の頃からの常連や、威圧感を取り戻してから仲良くなった人達まで多数。そんな冒険者達と交流を深めたコラジオは、冒険者組合とチアーレ商会の橋渡しとなって専門店を作ることを思いついたのだ。


「確かに、コラジオさんとコーシさんなら逆らう奴もいないだろうが……。今のままでもいいんじゃねぇのか?」


 コンパが疑問だったのは、わざわざ新たな商店を作ろうとしていることだった。冒険者向けの販売はコラジオが窓口となり現在も行われているのだ。店を建てる必要はないように思えた。


「まず一つ目、冒険者が気兼ねなく入れる店が作りたい。そして二つ目、予め品物を注文するだけじゃなく多くの品物を冒険者に吟味してもらいたい。最後に三つ目、冒険初心者用の施設を作りたい。これが理由だ」


 『そして四つ目、店長になりたい』という言葉は飲みこんでコラジオはにやりと笑った。


「コラジオさんの言うことが成されたら、冒険者にとっては嬉しい話だ。でも、コラジオさんには得があるのか?」


「ある。ここまで俺っちを持ち上げてくれた冒険者達に報いれることが一つ。それと、冒険者なら俺っちをそれほど怖がらずに店に入ってくれることだ。つまり、冒険者が増えてくれれば俺っちのお客様が増えてくれることになる」


 商人や冒険者との商談によって地位を高めてきたコラジオだが、元の雰囲気に戻ったことで一つだけ致命的な問題を抱えていた。コラジオの放つ威圧感によって、接客が成立しないのだ。その問題を解決するために、そしてもう一段上の商人になるためにコラジオは冒険者向けの専門店を作るのである。


「あー。コラジオさん怖いもんなぁ。それなら納得だ」


 コンパは頷いてコラジオに協力することを約束する。


 そうして、コラジオを店長としたチアーレ商会第六支部冒険者専門店が開かれることになった。

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