シロ(3-3)

 扉を開けて抜けた先、シロの目に真っ先に飛びこんだのは解体室の床を埋め尽くす大量の装飾品だった。宝石混じりの煌びやかな指輪や耳飾り。少女なら一度は憧れたことのあるような、そんな品々が解体室に並ぶ。


 その装飾品を前に、シロは身体を震わせていた。


「なに、これ……?」


 潜入中であることも一瞬忘れてシロは呆然と呟く。ここにいてはいけない。シロの本能がそう叫ぶ。本能的な恐怖は、装飾品の放つ魔力によるものだ。


「これ全部が呪具? そんな、ありえない」


 魔覚が優秀とは言えないシロでさえ理解できるほどの禍々しい魔力。認識しているだけで飲みこまれそうにに感じるその魔力は、魔道具と似て非なる禁忌の道具が持つ特徴の一つだ。


 呪具。それは魔力の代わりに血肉や記憶、果ては感情を生贄に捧げることで魔法を超えた奇跡を引き起こす道具のこと。呪具は所持使用を禁止されてはいないものの、あらゆる意味で人の人生を狂わせる道具として恐れられていた。


「これだけの呪具、どこから……」


 呪具も魔道具も冒険者達が冒険の末に時折見つける宝物の一つ。有力な商人でさえ二桁持っていれば多い方だ。それが部屋の床を埋め尽くすほどにあるのは異常だった。


「いや、いい。今はそれどころじゃない。それより、さっきまでいた人は何処?」


 シロは呪具に対する驚きから冷静さを取り戻し、一つの違和感に気がつく。焼却室にて解体場内を探った時、解体室には人の気配があったはずなのだ。それなのに解体室には誰もいなかった。まるで消えてしまったかのように。


「おかしい。音は何も動いてなかった。それなのにどうしーー」


「こちら白の五十一。これにて搬入完了」


 考えをまとめようとするシロの声を遮って、唐突にシロの背後で男の声が響いた。確かに誰もいなかったはずの場所に突如現れた気配にシロは振り返り、そこに仮面を被った白装束の男を見る。男はシロに目もくれず懐から取り出した装飾品を床に放っていた。


「回収作業の準備に移行。白の八十八、応援を頼む」


「了承。奇跡の再使用まで後二十分。経過後回収を行う」


 装飾品を全て放った仮面の男が誰にともなく声を響かせた瞬間、今度はシロの目の前で虚空から白装束の仮面の女が現れた。


 得体の知れない二人の会話を見つめ、シロは一つの仮定に思い至る。今回の奴隷狩りの元凶が仮面の者達であると。


 奴隷商とはあくまで奴隷を売ることで利を得ている商人に過ぎない。つまり奴隷を売る相手が存在するのだ。この部屋に集められた呪具が報酬だと考えれば、『回収』とは奴隷を引き取ることに他ならない。


 なら、殺してしまえばいい。元凶さえいなくなれば奴隷も売られることはなくなると、シロは二本の短剣を引き抜き仮面の二人に襲いかかった。


「ふっ!」


 シロの鋭く吐いた息にも気がつかず、仮面の二人は短剣に首を貫かれる。暴れることもなくどさりと力をなくし、仮面の二人は静かに息絶えた。


 消えたり現れたりする得体の知れない存在を相手に緊張していたシロは、肩透かしを食らったように呆然と二人の死体を見つめる。


 そこで異変は起きた。メリメリと異様な音を響かせて、二人の死体が丸まり始めたのだ。骨と肉が無理矢理に潰される音が響き、死体は小さな球体に変わっていく。最後には球体すらも虚空に飲まれ、カランと二つの短剣がその場に残った。


 その異常な光景を震えながら見ていたシロは、血の一滴も付着していない短剣を手に取り呆然とする。白装束と仮面だけが、先程までそこに誰かがいたことを示していた。


「とにかく、これで元凶はーー」


 理解できないことは頭の隅に追いやり、自分は上手くやったのだと納得しようとしたシロの言葉がそこで止まる。


 シロの眼前には、初めからそこにいたかのように仮面の男が一人立っていた。


「白の四十七、転移。五十一と八十八の死亡と転化を確認。奴隷商の裏切りと推測。応援を頼む」


「了承。白の三十、転移。奴隷商の一党を転化後、回収に移る」


 仮面の男による呼びかけに、仮面の女が現れる。殺した二人と新たな仮面の二人は明らかに別人であったが、まるで最初の状況に戻ったかのような感覚にシロは頭を抱えた。


 急がなければならない。仮面の者達が代替可能な存在である以上、奴隷達が回収されるのは時間の問題だ。そうシロが判断した瞬間、乾燥室に繋がる扉が開かれた。


「おい、さっきからうるせぇな。こっちは寝てんだぞ」


 乾燥室で寝ていた奴隷商の組員が、音を聞きつけやってきたのだ。少し不機嫌な様子で組員の男は仮面の男に近づく。それと同時に、仮面の二人が裾から出した短剣を構えた。


「これから処理を開始する」


 有無を言わさぬ雰囲気に場の空気が張り詰める。対する組員の男は向けられた武器を見つめ、小さく舌打ちをすると拳を構えた。


「もとから変な奴らだとは思ってたが、てめぇら武器構えてるってことは覚悟できてんだろうな? おい、起きろ。敵襲だ!」


 組員の男による号令で、乾燥室や廊下から荒くれ者達が集まり始める。


 シロにとって幸運だったのは、仮面の二人も奴隷商の組員もシロに気がつかず互いを敵だと思っていることだった。


 今のうちに奴隷を保護するしかない。ぞろぞろと集まる荒くれ者と奇妙な仮面の二人が向かい合うのを横目に、シロは無人になった乾燥室を抜けて奴隷達が捕まっている梱包室へと忍びこんだ。

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