シロ(3-2)

 廃棄された魔物解体場へと向かいながら、シロはチアーレと決めた潜入計画を思い出す。今回の作戦でシロが成せねばならないことは仲間のクロを含めた奴隷全員の保護だ。それさえ達成されれば、チアーレの動かせる冒険者で拠点を制圧することができる。


 このような作戦になった理由の一つは、幸運にもチアーレが『結界』の魔道具を入手したことにある。その魔道具を使えば、使用者は一度だけ周囲からの干渉を断つ結界を張ることができるのだ。その魔道具をシロは念のためにと二つ渡されていた。


 後ろ暗い物を扱う商人は、管理と見張りのしやすさから商品を一箇所に集めている可能性が高い。そう判断したチアーレは、結界で奴隷を保護する策を思いついたのだ。


 そしてもう一つ、シロが潜入作戦を任されたのには理由がある。チアーレが商会の力を使って入手した解体場の間取り図から、シロならばこそ侵入できる道を見つけたからだ。


「ついた」


 間取り図の確認を頭で繰り返しながら、シロは解体場の前へとたどり着く。解体場の出入り口は間取り図から知っていた通り正面口と裏口、そして搬入口の三つだった。だが、シロはそのどれも選ばない。


「よっ、と」


 軽く跳躍したシロは軽々と解体場の壁を駆け上がる。目指した先は解体場の屋根、そこの角から突き抜ける煙突だ。


「少し煤っぽい。それに酷い匂い」


 煙突から下を覗いてシロは眉を寄せる。解体場内は染み付いた魔物の血肉や薬品の匂いが混ざり合い、言いようのない匂いに包まれていた。


 嗅覚は頼りにならないと判断したシロは意識を耳に向ける。音から確認したところ、煙突の先には誰もいなかった。


「行く。にゃ」


 降りれば敵地だと覚悟を決めて、シロは煙突に飛びこむ。勢いを殺すことなくシロは煙突の底に着地し、間髪いれずに部屋の中に飛びだした。用心棒が奴隷商にシロの情報を伝えていた場合、音の対策をしたうえで煙突を見張っている可能性もあったからだ。


「誰もいない……」


 周囲を見回してシロはひとまず安堵する。奴隷商や用心棒が猫人族についての知識が少なかったのか、それとも用心棒が奴隷商に情報を伝えなかったのか。理由をシロが知ることはできないが、安全に潜入できたのは幸いだった。


 音の対策がないならばシロの耳は解体場の全域の音を拾うことができる。耳の指向性から同時に全てを把握することはできないが、それでもかなり動きやすくなるのは事実だ。


 シロが降り立ったのは焼却室だったが、最近使用された形跡はなかった。奴隷商らにとっては物置程度の扱いのようだ。


「奴隷は、どこ?」


 シロは捕まった奴隷を探すために、音に意識を向ける。焼却室から出た先の廊下に響く呼吸音は十人分。巡回する足音が二つ。焼却室の出入り口は廊下に続く一つしかないこと、そして廊下が一直線であることを考えれば絶望的な状況だ。


「でも、この配置は外への警戒とは違う?」


 廊下の両端である正面口と裏口に二人ずつ見張りがついていることはシロにとって特に違和を感じるものではなかった。だが正面口側に最も近い二部屋の前にもそれぞれ見張りが二人ずついることに気がつき、シロは首を傾げる。


「見取り図だと、あそこは確か事務室と梱包室。中に何が……?」


 見張りがいるということは、守るべきものがあるということだ。


 音を聞けば梱包室には多くの人が存在することがわかった。一方で事務室から感じる人の気配は三人分だけだ。


「梱包室が本命。なら、事務室は奴隷商がいるはず」


 他の部屋の音を確認していき、奴隷の捕まっている部屋は梱包室で間違いないとシロは判断する。事務室横の休憩室では談話する男達の声しか聞こえず、解体室からは武器を研ぐ音が聞こえるだけ。残る乾燥室でも複数の寝息が聞こえる他にはもう人の気配はなかったのだ。


「にゃぅ。経路は……」


 最も早く梱包室にたどり着く道は、焼却室から廊下へ出て直接梱包室に入る経路となる。だが、その経路は廊下の見張りの多さから危険度が高かった。ならばとシロは見取り図を思い出し、二つの道を想定する。


 二つの道はどちらも焼却室から廊下に出て正面の廃棄室に入るところまでは同じだ。そこから搬入路に出て、廊下と同じように梱包室に直接向かうのが一つ。解体室と乾燥室を経由して梱包室に向かうのがもう一つの道となる。


「搬入路に見張りがいないのが気になる」


 経路の一つである搬入路にシロは耳を向け、足音どころか呼吸音一つ聞こえないことに眉を寄せた。搬入路は外に繋がる搬入口があるはずだ。ならば見張りがいて当然のはずだった。


「悩んでても、わからない」


 もう少し様子を探りたい気持ちになりながらも、シロは小さく首を横に振る。悩んでいる間に誰かが焼却室に来る可能性を考えれば、悩んでいる暇はないのだ。


「ひとまず、行くしかない」


 行けばわかると結論を出し、シロは行動を開始した。


 焼却室は裏口に最も近い部屋だ。気をつけるべきは裏口の見張りだが、僅かに扉を開いて見つめればその二人はどちらも裏口側に視線を向けていた。残るは巡回する二人の見張り。死角が無いように移動している二人だが、その周期には若干のずれがある。

 

 機を見計らいシロはゆっくりと扉を身体を出せるだけ開けると、廊下へ出て扉を閉めなおした。巡回する見張りの視界にシロの姿が晒される。だが見張りはシロに気がついた様子はなかった。


 安堵に一息吐いたシロはこのまま梱包室に行けないかと廊下の先へ目を向ける。だが、梱包室と事務室の扉は見張りにより完全に防がれてしまっていた。


 やはり廃棄室を経由するしかないと、シロは廃棄室に繋がる扉へ飛びこんだ。


「うっ、くさい」


 部屋に入った瞬間に襲いかかった匂いにシロの頭が一瞬眩む。嗅覚の鋭敏な猫人族にとって、ここから先の道は地獄に等しかった。


「搬入路は……。閉じられてる」


 最短の道を突き進みたいと思うも、そう現実は甘くない。搬入路に続く出入り口は鉄製の鎧戸によって塞がれていた。近づいて見れば鎧戸には鍵がかかっている。これが搬入路に誰もいない理由なのだ。解体室や洗浄室にも搬入路への出入り口があるが、全て閉じられていることは想像に難くない。


 搬入路を完全に閉じることで、奴隷商は見張りの数を重要な場所に集中させているのだ。


「なら、解体室しかない……」


 漂う悪臭に小さくえずきながらも、シロは覚悟を決めて解体室に繋がる扉に手をかけた。

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