シロ(3-1)

「なるほど、そうしてシロさんは奴隷商の居場所を突き止めたわけですね」


 潜入調査の翌日。陽が傾き始めた夕暮れに、シロはチアーレの提案で効果屋に訪れていた。その目的は二つ。フェクトへの途中報告と、新たな助力を得ることだ。


「うん。倉庫の下水路が繋がる場所で怪しいのは一箇所だけ」


「それが、廃棄された魔物解体場ですか」


 昨晩シロが持ち帰った情報は、チアーレの持ちだした下水路図によって奴隷商の拠点を割り出す決め手となった。下水路が繫がる先で、奴隷を収容できるほど大規模な施設は一つしかなかったのだ。


「そう。今晩、そこにわたしが潜入する」


 シロは緊張混じりにぐっと拳を握りしめる。奴隷商の拠点が見つかったのだ。そこに、助けなければならない仲間がいる。


「そこで効果屋をご利用したいと」


「用心棒は強かった。それに奴隷商も警戒してるはず」


 用心棒との戦いは、相手がシロの魔法を知らなかったことでなんとか不意をついて逃げることができたに過ぎなかった。もう一度戦えば、逃げることもできずに殺されてしまうだろうことは想像に難くない。


「少しでも手札は多いに越したことはないと」


「ん。【ひっそり】のおかげで潜入調査が成功した。他にも力が得られるなら助かる」


 真剣な眼差しのシロに、フェクトはにこりとした笑みを返した。


「わかりました。では、どのような効果をお望みでしょうか」


 フェクトの問いかけにシロは用心棒を思い出す。潜入は【ひっそり】の効果さえあれば問題なかったのだ。ならば次に望むのは、万が一に見つかってしまった場合の戦闘に役立つ能力となる。


「戦いにおいて切り札になるものが欲しい。強敵を怯ませられるようなのが理想」


「それなら丁度いい物があります。直接シロさんに付与するのではなく、道具なのですが……」


 フェクトが取り出したのは透明な小さい宝石が一つ埋めこまれただけの簡素な指輪だった。


「それは、魔道具?」


「同じようなものと考えていただいて構いません」


「にゃっ! すごい!」


 実物を見たことはなかったが、シロは魔力を注ぐだけで魔法を発動させる道具があると聞いたことがあった。魔法を付与して特性を与えられた道具である付与道具も希少だが、誰でも魔法が使えるようになる魔道具はそれよりも遥かに価値がある。


「こちらの指輪は魔力を流すことで宝石部分が【カッ】と強い光を放ちます。かなり強い光なので目眩しに使えるかと」


「今使っても大丈夫?」


「構いませんよ。ただし使用してから数分は再使用できませんのでお気をつけてください」


 フェクトから指輪を受け取り、シロは指輪をじっと見つめた。見た限りは普通の指輪。一つ売るだけで豪邸を建てられると噂される魔道具にはとても思えないが、フェクトは嘘を述べないと確信していたシロは丁寧に指輪を着けた。


「それじゃあ、魔力を……。うにゃぁっ!?」


 魔力を流しながら指輪を見つめたシロの目が一瞬で真っ白に染められる。眩しいを超えて痛いの領域に至った光を直接受けたシロは、目を開けているのか閉じているのかさえわからなくなった。


「このように、受けると数秒は周囲が見えなくなります。自分が受けないように、使用時は手のひらで目を覆うと良いでしょう」


「う、にゃぁ。これは、確かに切り札」


 少しくらくらとした気分の悪さを覚えながらシロは小さく頷く。


「対価は、何がいる?」


「そうですね。では一つ、頂きたい効果があるのです」


「それは、どんな効果?」


 こくりと首を傾げるシロに、フェクトはにこりとした笑み浮かべる。その笑顔に、シロはぞわぞわとした不気味な薄寒さを感じて少し視線を逸らした。


「まさにそれです。【ぞわぞわ】とした不気味さ。なかなかに貴重なんですよ」


「にゃっ。その、ごめんなさい」


 自分の気持ちがフェクトに悟られていたことを知ったシロは気まずさに頭を下げる。だが、フェクトは気にした様子もなく声を出して笑った。


「ははっ、気にしないでください。獣人種ともなると感覚が鋭敏ですからね。不気味に感じても無理はありません。それで、その効果を頂くのはどうでしょう?」


「もちろん構わない。けど、わたしはもう【ぞわぞわ】しなくなる?」


 シロがふと気になったのは効果を渡した場合の影響。もし不気味さを今後感じなくなってしまうのならば、それは危機察知能力の低下に他ならない。魔道具の対価としてはそれでも安いものなのかもしれないが、鋭敏な感覚で生きている猫人族としては大きな損失だ。


「いえ。永続的に頂いてしまうと貰い過ぎになってしまいますので、今の効果だけを頂くので問題ありません」


「それなら、良かった」


「はい。では、いただきます」


 フェクトがそう告げた瞬間、シロが感じていた不気味さは即座に消え去った。


「ん。色々ありがとう」


 シロはフェクトに微笑んで、ちらと窓から外を見つめる。陽はかなり傾いて、路地裏は薄暗くなっていた。


「にゃ。もうそろそろ行かないと」


「そうですね。では、ご武運を」


「ん。またね」


 シロは最後にフェクトへ手を振って効果屋を出る。そこからシロは意識を切り替えて、街の影へと姿を溶かした。

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