第2話 桜味って

「“桜味”って、何だと思う?」

「えぇ……」


 また佑菜、唐突に。

 あ、もしかしての事?


「佑菜が言ってるのって――コレでしょ。毎年恒例、スタバの力作。“満開桜フラペチーノ”」

「残念、有佐さん残念」

「2回言った」

「まぁ、それもアリだけど――今は違うっ! もっと抜本ばっぽん的な話っ」


 米国アメリカ人ばりの身振りで、訴え掛けて来る、佑菜。


 今日は新境地開拓なんて、わざわざ佑菜は遠回りして。土手沿い歩いて、帰宅してるけど。


 ……元気だなぁ。

 私なんてもう、ちょっと眠い。5限の体育で疲れた。

 天気も良いし、ここで寝たい。原っぱの胸に、飛び込みたい。


「あー、佑菜の“抜本的”って?」

「有佐は桜味ってさぁ、何の疑問も持たずに飲むでしょ?」

「みんなもね」

「ふふっ、あたしは違うのだ」


 のだ。


「有佐、よく考えてみて。桜味の食べ物ってさ、どれもこれも美味しいじゃん?」

「うん、私もめっちゃ好きっ」

「でも、そんな訳なくない? “桜”って、美味しくなくない……!?」


 グッと拳を握り込み、一筋の汗を額から。


 ……佑菜っ、


「今日、ちょっと厚着してる?」

「あー、ウン、失敗した。で、桜の話題なんだけどっ!」


 んー、有耶無耶うやむやは無理かぁ。


 佑菜、額に汗かいたまま――


イチゴ味の食べ物ってさ、苺が美味しいから成り立つじゃん? だったら桜味だって、桜が美味しくないと無理だよね?」

「ん、まぁ、微妙にそうかも」

「でも“桜が美味しい!”なんて、あたしは聞いた事も無いよっ。だからホントは“桜味”って、存在しないんじゃない……!? って」


 えぇー。


「佑菜、本当ホント変な事言うよね……。じゃあ、人工甘味料? てかそこまで疑うならさ――? 桜の花」

「うん、あたしもそう思ってた」

「え」


 マジで食べるの?


「ちなみに、桜の花なら――ここにっ!」


 ぇ? あ、本当だ。

 佑菜のてのひら、花弁が3つ。


「って、佑菜それ、どこの桜……?」

「あ、うん、家族がね。4月下旬でも咲いてたよ〜って。昨日、出先で拾って来たやつ」

「うわぁ、それ食べるの……」

「あげない――ぜ?」


 頼まれてもやだよ。


「よっし、まずは香りからっ」


 スン――って、佑菜が花を。

 まぶたを閉じて、瞑想めいそうを。桜の花弁と、麗しく。


 ……絵になるね。


「……ズルぃ」

「え? 有佐、なんか言った?」

「いーえ、何でも無いっ。それで、匂いするの?」

「ん〜、まぁ、一応は? 少ししおれちゃってるからかなぁ。ま、いっか。では、実食っ!」


 ぱくっ。

 あ、マジで食べた。


「……ど、どう、佑菜?」


 佑菜の探る表情が、百面相みたく悩みながら――


「んん、なんか苦ぃ……。野草を食べてるって感じ……」

「野草でしょ」

「ん〜、あ! でも“桜味”っ! 甘くはないけど、ほんのり桜っ! 苦味の奥に、桜味があるっ!」

「へ、へぇ〜」


 意外。

 ちゃんと桜味なんだ……。


「でも、大して美味しくないかな。有佐は食べない方がいいよっ」

「ウン、そうする。ところでさ、さっきの佑菜をこっそりと――写真に撮ってみたんだけどっ」


 って、花弁の香りを優しく探る、佑菜の写真をスマホで開示。


 佑菜、穴が開くぐらい見詰めて――


「……え、めっちゃアイドル」

「自分で言う?」


 事実だけどさ。


「いやー、しっかりじゃん! 有佐先生センセー、盛るの上手うまっ!」

「…………」


 別に、加工も何もしてない。

 被写体の実力、なんですけれどっ。


「……有佐? あれ、怒ってマス?」

「いや別に、怒ってませんー。でも佑菜、あんまそれ言うと嫌われちゃうよ?」

「え。映え写を褒めちゃダメなの……!? あ、そーだ! 今度はあたしが有佐の事を、バッチ激写してあげるよっ。ほらほら、何か花持って〜!」


 ぅえ、私も!?


「ぃ、いや、いいよそういうの……」

「ほらぁ、遠慮せずに有佐ぁ〜! あ、この白い花でどう?」


 ん、この傍の木――“花水木ハナミズキ”。

 綺麗……。ま、まぁ、それじゃ――


「1枚、だけなら。仕方無く……?」

「んふふ、よしっ。じゃあ――撮りますっ!」


 ぇ、えっと――うん、佑菜みたく。

 根元に落ちた花弁から、清潔なのを3つ取って。

 こう、顔の前に――


「おぉ、有佐、めっちゃいいっ……!」


 カシャッ。


 う、撮られ、た……。


 …………。


 花水木の花弁。

 これも、桜と同じぐらい。

 愛らしくって、もしかして――


 ぱくっ。


「あ、食べた」

「ん、えっと、佑菜の……真似マネ


 っ、お、美味しくなぃ……。

 何やってんだろ、私……!?


「……ねぇ、有佐」


 ?


「“花水木”の花って、猛毒だけど大丈夫?」

「――え」


 マジ?


「ぁ、ど、どうしよ佑菜っ!? 私、もう飲み込んじゃった……!?」

「大丈夫」

「でも猛毒――病院まだやってるかなぁっ……!?」

「大丈夫。今の、普通にウソだから。んふふふふっ!」


 …………。


「……ぅ、お腹、痛いっ」

「へ? 有佐?」

「っ、あ――」


 膝付いて、野原にパタリ。


「あ、有佐っ!?」


 「マジの毒!?」って、佑菜の慌てた声がする。

 あはは、変な嘘なんか吐くから。


 このまま少し、楽しんじゃおっと!


「――あ、もしもし。救急ですか!?」

「待って佑菜、それはヤバい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る