第11話「義妹の告白」

「お、おい……さすがに買いすぎじゃないのか?」


 試着室で試着をしまくり、挙句の果てには澪好みの俺の服まで選び――――GUUに滞在してからかれこれ2時間弱。


 今日にしてやはり女の子の買い物が時間がかかるという言葉の意味を知った俺なのだが……それ以上に目が飛び出そうなくらいに驚くべきことがあった。


「買いすぎ? お兄ちゃんが嫌なら減らすけど……」


「い、いやっ……それは良いんだけど、澪は大丈夫かって」


「だって今日はお兄ちゃんが買ってくれるんでしょ?」


「そうだが……」


「じゃあ、いっぱい甘えないとね! 好き好き大好きなお兄ちゃんのために!」


 裏も表もない最高級な笑みを浮かべる澪の両腕にはパンパンになった買い物かごが二つぶら下がっていた。いや、まぁ、俺が奢ると言ったからにはすべて買うが……流石にこれは手が出ないな。


「あはは、そうだな! よし、お兄ちゃんに任せとけ!」


「うん!」


 結局、レジに行くと「お会計は5万7千3百円ですっ」と綺麗なお姉さんに微笑みながら言われて俺の財布は一瞬にして空っぽになったのだった。


「えへへ、ありがとうね! お兄ちゃん!」


「お、おう」


 まぁ、こうして笑ってくれるのならいいか。

 一生、服を買いにはいかないが……。


 というわけで気を取り直して、俺たちは買った服に着替え、大きな紙袋を駅前のコインロッカーに預けて、デートを再会した。


 ここまで来たら神様など気にしない。今日は思う存分に楽しむことだな。


 そうして俺たちは映画館にやって来た。札幌の駅前の施設には大きな映画館もついてあり、マイナーな映画から話題作もやっている。そんな中、澪はホラー映画がみたいらしく、「ピエロの逆襲」と言うスプラッターホラー映画を見ることになった。



「きゃああああ!」


「ひゃ!」


「んんn!!」


「こわいっ‼‼」


 可愛い悲鳴をあげながら、何度も何度も俺の手に触れ、抱き着き始める彼女。怖がる姿も可愛くて、思わず俺も抱きしめ返す。


 結局、映画の内容はほとんど入ってこなかったが先程のお金を取り戻せるほどに最高な2時間になった。


 それからは映画の半券を持ってゲームセンターで澪が欲しいと言っていたパケモンのキャラクターぬいぐるみを取ったり、一緒に太鼓の鉄人をプレイしたり、お腹が空いてクレープ屋さんや韓国料理屋さんをはしごしたりと、二人の時間をハチャメチャに楽しんで行った。


 最後には俺が寄りたかった本屋さんで、大学で使う参考書を買いながら将来の話をする。


「お兄ちゃんは大学卒業したらどこに行くの?」


「俺か?」  


 手にぶら下げた本屋の袋。

 夕暮れ時に、コインロッカーまで向かう道で澪がそんなことを訊いてきた。


 触れ合う肩からほんの少し暖かさを感じながら、俺は答える。


「大学卒業したら、か……まだ実感は湧かないかな」


「実感……」


「澪の方はどうなんだ? 一応、大学には行くんだろ?」


「私はお兄ちゃんと一緒がいい……」


「北道大学か?」


「うん……」


 まぁ、澪は頭がいいからな。高校ではオール5らしいし、ましては生徒会にも入っているから安心して良いだろう。


「そうかぁ……ちゃんと考えてて澪はえらいなぁ」


「別に……お兄ちゃんと一緒にいたいだけだから」


「あはは……歳的に難しいかな」


「むぅ……言わないでよっ」


 ずしっと脇腹を小突かれた。


「……まぁ、でも俺は進学かなぁ」


「就職しないの?」


「あぁ、ちょっと研究が楽しそうだし……うち、別にお金に困ってるわけじゃないだろ? 俺もバイトしてるし」


「内部進学?」


「ん、いやぁ……違うかな。もっとステップアップしたいからね、違うところ行くかも」


「いっちゃうの?」


「まぁ、でもまださきだぜ?」


「……」


 俺がそう告げると澪は少し俯いて、袖を掴んだ。

 彼女の背中からは少し悲しそうな雰囲気がして、それが伝わってくる。


「……やだよ」


「ん」


「やだよっ」


「ごめんよ、俺もやりたいことあるんだ」


「離れたくないよ!! やだよ!!」


「っ——ごめん」


 バツが悪くなり、視線を逸らす。

 本音が戻ってきたような気がして、変な考えもすらっと消えていく。


 さっきまで、澪の胸を見ていたのに……今では涙に目がいった。


「……ねぇ、お兄ちゃん」


 涙を流しながら、澪は俺の手を両手で包み込みながら、悲しそうな顔をこっちに向けてこう言ったのだった。

 

「私、お兄ちゃんの事が大好き」


 続けていった。


「お兄ちゃんじゃない。正也が好きなの。男の子として、大好きなのっ——」


 純粋な目が俺を見つめる。

 あんなにも俺にきつく当たっていた彼女がすさまじく優しい表情で、優しい口調で。


 俺は理解した。


 今まで、目を背けてきたんだなと。


「妹なのに……何言ってるんだろうね」


 すると、自ら言い換えて、否定した。


「私、無理なのに……彼女にはなれないのに」


 今更、他のいい男を見つけて——なんて言葉は出なかった。


「——っ」


 その後、俺は澪をひとしきり抱きしめていた。

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