ニセモノの恋人

 大学入学後、私もシュウもそれぞれにサークルや授業で忙しく、なかなか会えない日が続いていた。


 初めは毎日のようにしていた通話も1日、2日と間隔が開き始めた。

 シュウはアルバイトを始めたようで、いつも帰ってくると疲れて眠ってしまうらしい。




「カンナ~、ご飯食べよう。」


 私の向かいの席に生姜焼き定食を持ったアリサが座った。

 同じ学科に進み、授業も被っていることが多いため、アリサとは大学に入ってから一緒にいることが増えた。


「シュウはゴールデンウイーク帰って来るって?」


「どうだろ。最近あんまり話してないからわかんない。」


「そうなんだー。私もシュウに会いたいな。」


「…会いたいの?」


「いや、そういう意味じゃなくって、普通に友達としてだよ!カンナを差し置いて二人で会おうとか思ってないから。」


 アリサがあまりにも焦るので笑ってしまった。


「ごめん、冗談のつもりだった。」


「もー、カンナの話し方だと本当か冗談かわかんないよ~。」


 アリサはプーっと唇を突き出した。

 私はアリサがいるから、何とか大学生活に馴染めてきたけど、シュウはどうだろうか。

 同じ高校から獣医学部に進んだ人はいないはず。


 最後に通話したのは1週間前。

 大学のオリエンテーションや授業の予備登録の話は聞いたが、友達の話はしていなかった。

 明るいシュウのことだからきっと上手くやっているだろうけど。



 夜、久しぶりにシュウから電話がかかってきた。


「カンナ、久しぶり。」


「久しぶりだね。」


「元気にしてた?」


「元気だよ。シュウは?」


「俺も元気。」


 ゴールデンウィークの話をいつ切り出そうか考えていると、


「あのさ、ゴールデンウィーク帰るの難しいかもなんだよね。」


 シュウから先に話題を出した。


「何かあるの?」


「バイトのシフト結構がっつり入っちゃっててさ。サークルも週2であるし。」


 シュウはフットサルのサークルに入った。

 新歓に行ったら楽しそうで、その場で入部したらしい。


「忙しいんだね。」


「ごめんな。夏休みは絶対帰るし、長くいるようにするから。」


「ううん。忙しいなら仕方ないよ。」


 私は寂しいとは言わなかった。

 慣れない環境で頑張っているシュウに甘えたことを言いたくなかったから。


 その後は他愛もないことを話して電話を切った。




 ゴールデンウィークがあっという間に過ぎ、梅雨に入った。


「もう、湿気で髪の毛爆発しちゃって大変。」


 アリサがハンドタオルで髪を拭きながら私の隣に座った。

 もう授業が始まるのに教授は遅れているようだった。


「カンナ、この後ランチ行かない?」


「うん、食堂でしょ?」


「いや、今日は食堂じゃなくて外行こ。ちょっと話したいことあるの。」


「わかった。」


 授業が終わり、私はアリサと大学から歩いて5分ほどの小さなカフェに来ていた。

 店内にはゆったりとしたピアノミュージックが流れていて、お客さんは私たちのほかにおばあさん二人組だけ。結構穴場であまり大学の人もここには来ていないようだった。



「話って何?」


 運ばれてきたパスタを食べながらアリサに聞いた。


「シュウと上手くいってる?」


「うん、3月から会ってないけど、時々通話してるよ。」


「え?3月から会ってないの?」


「ゴールデンウィークも帰って来られなかったからね。仕方ないよ。」


「じゃあ、あのウワサはもしかしたら本当なのかな。」


「ウワサ?」


「なんかね、リホに聞いたんだけど。あ、リホの彼氏が本大の獣医学部なのよ。」


 リホはアリサの友達。高校時代にシュウにちょっかいをかけていたキレイどころ軍団の一人だ。


「で、そのリホの彼氏が言うには最近シュウにべったりの女がいるんだって。学科もサークルも同じで彼女面してるとか。厚かましいよね。地元に彼女いるって知らないのかな。」


 私はあまり嫌なことを考えないようにしていた。しかし、こうなることを全く想像しなかったわけではない。

 どう頑張っても私は近くにいられない。お互いの生活があるから。

 物理的な距離が心の距離に繋がるのはドラマや漫画で何度も見てきた。


「シュウは今、その子のほうが良いと思ってるのかな。」


「ねえ、一回シュウに会いに行かない?」


「アリサも来てくれるの?」


「邪魔じゃなければ行くよ。考えたくないけど、辛い場面をカンナ一人で見ることになったらかわいそうだし。」



 私たちは中間テスト明けの金曜日午後に出発することにした。

 学校でのシュウの様子を見たかったから、シュウにはこのことを言っていない。


 そして、いよいよ出発の日。

 待ち合わせをしている大学の正門前に行くと、軽自動車が1台停まっていて、助手席からアリサが降りてきた。


「カンナ、お待たせ。兄ちゃんが車出してくれるから後ろ乗ってー。」


 てっきり電車で行くと思っていたが、アリサが電車代を浮かそうとしたのかお兄さんを呼んでくれたらしい。


「こんにちは。よろしくお願いします。」


「カンナちゃん、こんにちは。アリサから話聞いてるよ。こちらこそよろしくね。」


「ごめん、カンナ。男側の意見聞こうと思って話したら、何かしゃしゃり出てきちゃって。俺も行くって聞かなくてさ。」


「ううん、ありがとう。」


 アリサのお兄さんは見た目が派手なアリサとは対照的に穏やかそうな人だった。

 元カノに浮気をされた過去があり、この手の話にはすごく敏感なのだそうだ。


 車は3時間もかからないうちに本大付近に着いた。が、時刻は午後5時を過ぎていた。さすがにシュウももう学校にいなさそうな時間である。


「思ったより遅くなっちゃったけど、せっかくだし大学見学しよー。」


 アリサはそう言って、車を降りた。


「僕はどこか駐車場探してくるからカンナちゃんも降りて待っててくれる?」


「はい、ありがとうございます。」


 アリサと私はお兄さんが来るまで門をくぐってすぐのベンチで待つことにした。


「カンナ、リホと仲良かったっけ?」


「私はあんまり話したことなかったかな。」


「いま大学に来てるって話したら会いたいって言うからちょっと行ってきて良い?」


「もちろん。私はここで待ってるね。」


「了解、兄ちゃんにもカンナがベンチで待ってるって連絡しとくわ。じゃあ、後でね。」


 アリサが行ってしまい、私は一人になった。

 今日は勢いだけでここまで来たけど、失敗した気がする。無性に心細いのだ。

 知らないところに一人でいることもそうだが、ここに来た理由が余計にそう感じさせていたのかもしれない。


 校舎の向こうから男女の集団が歩いてきた。

 ジャージを着ているから何か運動系のサークルの人だろうか。


 集団がこちら側にやって来ると、その中に見知った顔を見つけた。シュウだ。

 その視線の先には目をキラキラさせながらシュウに話しかける女の子がいた。


 あの子が例の…。すると、私の視線に気づいたシュウと目が合った。


「え?カンナ…?」


 シュウがこちらに来ようとすると、例の子がシュウの腕を掴んで「誰?」と言った。


 彼女面ね。どんなものかと思っていたが、想像以上のものだった。いや、私が勝手に”面”だと思っているだけで、とっくに本物の彼女なのかもしれない。


 そんなことにモヤモヤしていると、


「カンナちゃん、お待たせ。」


 アリサのお兄さんが私の方へやってきた。


 それを見たシュウが大きな声を出した。


「カンナ、誰だよ。そいつ。」


 そして例の子の腕を振り払って私のところへ来た。


「どういうことだよ。状況が全然読めない。全然連絡ないと思ったら、いきなり来て。しかも新しい彼氏同伴でさ。何これ?別れ話?」


 シュウが一気にまくし立てる。こんなシュウを見たのは初めてだった。


「そういう君こそどうなの?さっき腕を組んでたのは新しい彼女?」


 アリサのお兄さんが私を庇うようにしてシュウの前に立った。


「彼女じゃないですよ。ただの友達です。」


 ただの友達というのをシュウの口から直接聞けたことは安心したが、友達ってあんなに距離が近いものなのか、私はモヤモヤがまだ解消しきれずにいた。

 例の子は友達と言われたのがショックだったのか、顔を真っ赤にしている。


 嫌な空気が私たちの間に漂う。すると、そこに


「ごめーん、思ったより長話になっちゃった。え、てか何これ?」


 アリサが走って戻ってきた。


「あ、兄ちゃん、カンナとちゃんと合流出来たんだね。良かった。」


「アリサ?」


「シュウじゃん!久しぶりー!会いたかったー。…って、わ!」


 アリサがハグをしに行きそうな勢いだったので私は思わずアリサの服の裾を引っ張った。


「はいはい。カンナがシュウの彼女だってことはちゃんと分かってるから。いくら友達でもノータッチね。わかってるから安心して。」


 アリサは例の子を見ながら言った。アリサなりの牽制なのだろう。


「兄ちゃんも、みんなもここで解散しよう。せっかくの二人の再会を邪魔しちゃダメだよ。」


アリサのお兄さんは私の方に向き直った。


「アリサは仕切り屋だな~。カンナちゃん、またね。何かあったらいつでも聞くから。」


「お兄さん、本当にありがとうございました。アリサもありがとう。また月曜日学校でね。」


「うん。カンナ、また月曜日に。」


 そう言って、アリサとお兄さんは去った。野次馬のようにいたシュウのサークルの人も散り散りに去っていった。例の子も含めて。


「…何か、恥ずかしいところ見られたな。」


「ごめんね。いきなり学校まで来て。」


「いや。俺はカンナに会えて嬉しいよ。遠いところ来てくれてありがとう。」


 それから私は今日ここに来た理由をシュウに話した。


「俺が悪かったよ。誤解させるようなことしてごめん。あの子はサキって言って、学科とサークルが一緒だったからそれで仲良くなったんだ。あ、仲良くって変な意味じゃなくて。」


 シュウが一生懸命に説明を続ける。


「俺さ、友達の作り方知らなくて。ずっとカンナがいたから友達が全くいないところから始めるって物心ついてから初めてだったんだよな。最初ホームシックがひどかったんだ。こんな状態でカンナに会うの恥ずかしいってゴールデンウィークに帰らなかったけど、後悔してるよ。」


 言われてみれば、私にもずっとシュウがいた。大学はシュウがきっかけで知り合ったアリサがいる。だから、シュウの状況を考えることが出来ていなかった。


「私もごめん。もっとちゃんとシュウの気持ちや状態を考えれば良かった。」


「カンナは悪くないよ。サキは大学に入って初めての友達なんだけど、ちゃんと彼女がいることも話してるから。距離が近いのはキャラだと思ってたけど、辞めるようにちゃんと話す。嫌な想いさせてごめん。」


誠実なシュウを見ていたら、これ以上責めようという気にならなかった。私はただ黙って聞いていた。


「元を辿れば俺が変なところでかっこつけたのが悪い。しかも、アリサの兄ちゃんを彼氏だと思ってヤキモチまで焼いて…。結局恥ずかしいところ見せたし、全然かっこつかないわ。」


 シュウが困ったような顔で笑う。


「私もシュウのウワサ聞いて、浮気してるかも?って勝手に悪い方向に考えてた。ちゃんと話せば良かった。ごめんね。」


 ポツポツと雨が降ってきた。シュウがカバンから折りたたみ傘を出し、私を入れてくれた。


「結構強く降ってきたなあ。カンナ、今日は泊まってく?」


「うん。」



 それからシュウの部屋に行き、雨音を聞きながら会えなかった3か月間のことをありったけ語り合った。夜は長かった。









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