秘めた本音

 私たちは高校3年生になった。

 3年生のクラスは選択教科によって分かれていたため、理系のシュウと文系の私は初めての違うクラス。

 同じ教室にシュウがいないことに慣れるまで1か月以上かかった。



 シュウは部活を引退し、季節は付き合ってから2度目の夏休み。

 私たちは勉強のモチベーションを上げるために、お互いの志望大学のオープンキャンパスに一緒に行くことにした。

 今日はシュウが志望する本大に行く日。

 電車で片道2時間以上かかるため、朝早くに集合した。


 隙間時間を活用しようと参考書を持ってきた私たちは、電車の中でほとんど話さなかった。

 横目でシュウを見ると真剣に単語帳を読んでいる。


 私も本を開いてはいるが、内容が頭の中にほとんど入って来なかった。


 電車に乗っている間に、来年から私とシュウがこれだけ離れるんだということを思い知らされているような気がしてやけに寂しくなったのだ。


「カンナ、朝早かったから疲れただろ?」


 シュウが小声で話しかけてきた。


「ううん、大丈夫。受験のこととか色々考えてボーっとしちゃってた。」


 半分本当で半分嘘。


 シュウは「そっか。」というとまた単語帳に目を移した。



 本大に着くと、多くの人が行き交っていた。

 親御さんと一緒に見学に来た高校生、大学説明のボランティアをする大学生。

 みんなワクワクしているように見えた。

 もちろん、シュウもワクワクしている。


「獣医学部の模擬授業があるらしいから行っていい?」


「うん、私も聞いてみたい。」


 模擬授業はヒトと動物の共生についての話だった。

 授業を聞いている間、シュウの目はキラキラしていた。

 私はシュウの楽しそうな目が好きだ。

 だからシュウがやりたいことを見つけて、それに向かって努力しているのを応援したい。ただ、離れ離れになる寂しさが心の大部分を占めているのも事実だった。


 お昼ご飯は大学内の食堂で食べた。


「シュウ、今日楽しそうだね。」


「うん、今日来て本当に良かったよ。カンナさ、クロって覚えてる?」


 クロというのは小学校で飼育していたウサギのことである。

 小学3年生のとき、私とシュウはウサギの飼育係をしていた。用務員さんと一緒にウサギ小屋の掃除をしたり、エサをあげたりする係だった。

 しかし、ある日いつものようにエサをあげに行くとクロは小屋でぐったりしていた。用務員さんがお墓を作ってくれ、シュウと二人で泣きながら積んできたお花を並べた。

 小学生ながらに辛くて悲しい経験だった。


「覚えてるよ。」


「俺さ、クロが具合悪いことに気づけなかったのがすごく悲しくて悔しかったんだ。動物は人間と違って体調を口で伝えられない。それに気づける医者になりたい、とあの時に思ったんだ。」


 私はシュウがそこまで考えていることを知らなかった。


「そうだったんだね。」


「だからカンナと離れるのは寂しいけど、俺は獣医になるためにこの大学に来るよ。」


 そう言ったシュウの表情はたくましかった。クロのお墓の前で泣きじゃくっていた、あの9歳の男の子ではない。


「シュウは目標持って頑張ってるんだね。応援するよ。一緒に頑張ろう。」


「ありがとう。まずは合格しなきゃいけないけどな。」


 この時、私は決めた。シュウに寂しいとは言わない。目標に向かって頑張っているシュウの気持ちを下げてしまうようなことは口にしないということを。



 あれから何度シュウが寂しいと言っても、私は寂しいと言わなかった。


 冬が明け、季節は春になろうとしていた。


 3月1日。卒業式の日。

 私たちは無事に高校を卒業した。

 受験の結果はまだ出ていないが、私とシュウは違う大学を受験したため、同じ学校で過ごせるのはこれが最後の日だった。


 それぞれの両親と記念撮影を済ませた後、私とシュウは高校の周りを二人で歩いていた。


「なんかあっという間だったよなー。」

 シュウは泣いて真っ赤になった目を擦りながら笑った。

 昨日は『俺は泣かない』と言っていたが、自分が卒業証書をもらう前に既に涙目になっていたのを私は知っている。


「小学校に入学してから今日まで12年。シュウと同じ学校に通えて本当に楽しかっ…」


 最後まで聞く前にシュウが私を抱きしめた。

 卒業式では泣かなかった私だが、堰を切ったように涙が溢れてきた。


 もうシュウと同じ教室で勉強することはない。

 学校の廊下ですれ違うことも。


「カンナはどうして寂しいって言わないの?俺はすごく寂しいよ。」


 シュウの腕に力が入る。


 もう言ってしまっても良いだろうか。そう考えるよりも先に口が動いた。


「寂しいに決まってるじゃん。」


「じゃあ、何で言わないの?」


「寂しいのと同じくらい、いやそれ以上にシュウを応援したいと思ったからだよ。」


 シュウはまた泣き出した。

 私たちはそれ以上何も言わずに抱き合っていた。




 シュウと私はそれぞれ第一志望の大学に合格。


 ようやく受験から解放された私たちは二人で近くに最近出来たショッピングモールに来ていた。


「カンナ、1つだけ約束しよう。」


 シュウは抹茶ラテを飲んで言った。


「うん?」


「俺たち前みたいに顔を見て話すことが難しくなるだろ?だから、思ってることはちゃんと伝えあおう。良いことも悪いことも。」


「わかった。」


「本当はカンナが寂しがってることは前から気づいてた。でも、それは一緒にいるからわかったんだ。」


「そうだったんだ。」


「近くにいられなくてもカンナのことをずっと考えてるから。何でも話してね。」


「うん、約束するよ。」




 3月最後の土曜日。

 シュウは本大近くの学生マンションに引っ越して行った。








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