ライイング ライアー

 季節は夏になった。

 うだるような暑さに頭がボーっとする。

 今日も1日何とか乗り切って、帰りのホームルーム。

 1枚のプリントが配られた。


 プリントには”進路希望調査”と書かれていた。


「提出期限は今週末だ。この内容をもとに三者面談をするから忘れずに提出するように。じゃあ、日直、号令。」


「起立。さようなら。」


「「さようなら。」」



 暑い時間に移動するのが億劫な私はシュウの部活が終わるまでエアコンの聞いた図書館で暇つぶしがてら勉強するようになっていた。


「お待たせ。」


 迎えに来たシュウからは汗と制汗剤の混ざったような男の子の香りがした。




「カンナは進路とか考えてるの?」


「うーん。ぼんやりとは考えてるかな。」


「へー。たとえば?」


「私はこの町が好きだから、町おこしに関わる仕事したいんだよね。だから観光とか英語の勉強したいと思ってるの。」


「そっか。カンナらしいな。」


「一応、大学は市大志望なんだ。家からも通えるし。」


「結構具体的に考えてるじゃん。」


「まあ、一応ね。シュウは?」


「俺は……まだあんまり考えてないかな。」



 妙な間があったな。


「地元進学組?」


「……うん。の予定。」


 やっぱり変な間がある。汗もかいている…が、今は夏。ただ暑くて汗をかいているだけかもしれない。それに進路希望はデリケートな話題であることは確かなのでこれ以上ツッコむのはやめることにした。



「ま、どこ行くにしても勉強は頑張らないとね。シュウは普段部活漬けだし。」


「そうだな。学力はありすぎて困るもんじゃないしな。」


「ねえ、夏休みの宿題一緒にしようよ。」


「おう。今年は余裕持って終わらせようぜ。」


「毎年それ言ってるけどね。」


「部活のない日曜日に会おう。夏休み中に4回もあるし、絶対ギリギリにならないって。」


「うん。わかった。」



 結局シュウが進路希望調査に何て書いたのかはわからなかった。

 でも、夏休みに会う約束が自然に出来たのは嬉しかった。




 今日はシュウの三者面談の日。シュウのお母さんが帰りに家まで送ってくれるというので私も終わるまで図書館で待っていることにした。


 シュウの面談が終わる時間が近づいてきたので教室に向かった。

 教室からは話し声が漏れていた。まだ面談は続いているようである。


「本大の獣医学部はかなりの難関だが、今から頑張ればいくらでも巻き返せる。頑張ろうな。」


 担任の元気な声が聞こえてくる。


「はい。頑張ります。」


 シュウも元気に答えた。



 本大って家から2時間以上かかるはず…ということは大学生になったらシュウは地元離れて一人暮らしするのかな。


 この間は考えてないって言ってたけど学部まで明確に目標があるんじゃん。


 何で濁されたんだろう。そんなことを考えていると面談を終えたシュウとシュウのお母さんが教室から出てきた。



「あら、カンちゃん。」


「おばさん、こんにちは。」


「こんにちは。いま車取ってくるから正門のところで待っててね。」



 シュウのお母さんが来るまで門の前で二人待っていた。


「遅いなあ。母ちゃんはどこに車止めたんだよ。もう。」


 さっきの話が聞かれていたことを知らないシュウは吞気に言った。


 私は聞いてみようか迷った。でもシュウが自分から言うまで待っていることにした。

 シュウは帰りの道中も進路の話をしなかった。





 夜、寝る前にモヤモヤが再燃し始めた。どうしてシュウは秘密にしたいんだろう。

 私は言ったのに…。この先も黙ってるつもりなのかな。



 モヤモヤがぐるぐるしているうちに私はいつの間にか眠っていた。




 次の日の昼休み。二人でお弁当を食べているとアリサが来た。


「ねえ、シュウ。昨日の面談で担任から何て言われた?獣医学部って難しいんでしょ?」


 シュウがしまった、という顔でこっちを見た。


 何で私がシュウから聞いていないことをアリサが知ってるわけ?

 私は何事もなかったかのような顔でお弁当を食べ続けるが、内心はモヤモヤが昨日よりさらに大きくなっていた。

 急いで食べ終えるとさっさと席を立った。これ以上ここにいたくなかったのだ。



 午後は慌ただしく、シュウとは話さないまま放課後になった。


 一緒に帰ったら問い詰めてしまいそうだったから私は先に帰った。


 ”用事を思い出したので先に帰るね”とメールを残して。




 次の日はシュウが迎えに来るよりも早く家を出た。


 しかし、忘れてはならない、この田舎町。

 電車は1時間に一本なのだ。駅で電車を待っているうちにシュウに追いつかれた。



「何で何も言わずに先に行ったの?」


「何でだと思う?」


「昨日のこと怒ってるのか?」


「昨日のことだけじゃないもん。」


「昨日のこと以外って何。俺何かしたっけ?」


「わからないならいい。今はシュウと話したくない。」


「わかった。じゃあ話しかけない。」


 シュウはそう言うと、ホームの端まで歩いて行ってしまった。



 シュウと仲直りをしないまま夏休みになった。

 そして迎えた1回目の日曜日。シュウからは連絡が来なかった。


 私も意地になって連絡をしなかった。

 本当はこんなつもりじゃなかったのに。


 付き合ってから初めての夏休み。

 来年はきっと受験勉強で忙しくなるから今年は二人でたくさん遊びに行きたかった。


 夏祭りも行きたかったし、一緒にすると約束した夏休みの宿題も何となく手を付けられずにいた。


 2回目の日曜日。シュウからはやっぱり連絡が来ない。

 このまま夏休みが終わるのは嫌だ。私は宿題をカバンに詰め込み、シュウの家に向かった。




 ピンポーン。

 出てきたのはシュウのお母さんだった。


「カンちゃん、いらっしゃい。」


「こんにちは。シュウはいますか?」


「いるよ。辛気臭い顔でずーっとグダグダしてて嫌になっちゃう。部屋に行って見てきてくれる?」


「はい、お邪魔します。」


 ガチャ。

 シュウの部屋のドアを開けると、この暑いのにシュウは頭までブランケットを被り、ベッドに横になっていた。私にはわかる。あれはふて寝だ。なぜなら私もこの2週間を同じように過ごしてきたから。


 シュウの姿を見たら、モヤモヤしていた気持ちよりも夏休みを半分もくだらないケンカで消化してしまったことに対する悔しさが芽生えてきた。


でも、何て声をかけたら良い?謝る?それはちょっと悔しい。でも、シュウに笑ってほしい。


「…ライイング ライアー」


 私がボソッと呟くとシュウがブランケットから頭を出して言った。


「どういう意味?」


「見たまんま。横たわっている噓つき。」


「何だそれ。」


 シュウはハハッと笑った。私が大好きな笑顔で。


「シュウのことだけど。」


「その英語は合ってるのか?」


「わかんない。わかんないから勉強しなきゃねえ。」


 私はひねくれた返事をしながらも久しぶりにシュウの笑顔を見て嬉しくなった。


 宿題をテーブルに広げるとシュウがやっとベッドから出てきた。


「カンナ、ごめんな。つまんない意地張って。」


「本当だよ。」


「アリサとはもうあんまり話さないようにするから。」


「え?」


「けど、どんなに考えてもわからなかったんだ。それ以外に何を怒ってるのか。だから謝りたくても何に謝ったら良いかわからなくて。」


「ちょっと待って。話が見えない。」


「カンナは俺がアリサと仲良くしてることを怒ったんだろ?後は何に怒ってたんだ?」


「何それ。私はそんな嫉妬深くないし。今まで二人が話してるのを嫌がったこともないじゃん。」


 思わず笑ってしまった。


「じゃあ何が嫌だったの?」


「私が知らないシュウの進路希望をアリサが知ってたこと。それからどうしてシュウは教えてくれなかったんだろうと思って、それにもモヤモヤしてた。」


「そっちか。」


「だから言ったじゃん。進路決めてるのに決めていないって言ったライイング ライアーめ。」


「さっきから何なの。そのライイング ライアーって。」


「ふて寝する噓つきシュウのこと。何か語呂良くない?」


 シュウはまたハハッと笑った。


「たしかに語呂良いな。ライイング ライアー。」


「でしょ?」


「進路希望のことは黙ってて悪かったよ。希望調査の紙を落としたのをアリサが拾ってくれたんだ。それでアリサは偶然知ってたの。」


「そうだったんだ。」


「カンナにも言おうと思ったんだけど、地元離れるってなんか言いづらくて…ごめん。」


「うん。シュウもいろいろ考えてるんだよね。私も勝手に怒ってごめんね。」


「いや、最初から俺がちゃんと言えば良かったんだよ。ごめんな。」


「お互いに謝りあって変なの。」


「本当だな。2週間も謝れなかったのが嘘みたいだ。これからはちゃんと話すようにするよ。ライイング ライアーにはならないから。」


「フフ、お願いしますよ。夏休みが半分過ぎちゃったのもったいないな。シュウとやりたいこといっぱいあったのに。」



「部活がない日はいくらでも付き合うから。」


 そう言ったシュウの顔が私の顔に近づいて来ようとした時、ガチャっと部屋のドアが開いた。


「スイカ切ってきたよー。」


 シュウのお母さんがスイカが乗ったお皿を持ってきた。


「もう、母ちゃん。ノックしてよー。」


 シュウが唇をブーと突き出した。


 それを見てシュウのお母さんも私も笑った。













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